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いじめを受け続けた81歳"少年野球のおばちゃん"が子どもたちに「これだけはするな」と伝えていること

  • 2022.1.3
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棚原安子さんは、夫とともに学童野球チーム山田西リトルウルフを立ち上げ、50年以上指導を続けてきた。81歳の“おばちゃん”棚原さんが、常々子どもたちに「これだけはするな」と伝えていることがある。その背景には、自身が小学校時代から受け続けたいじめの経験があった――。

小学校時代からいじめを受け続けた

山田西リトルウルフの「おばちゃん」こと棚原安子さん(81)は、小学校時代からソフトボールに憧れ、中学で念願のソフトボール部に入部。全国屈指の強豪校だった尼崎北高校では、サードでトップバッターというポジションを守り通した。高校卒業後は塩野義製薬の実業団チームで活躍したが、やはりサードを守っていたという。

山田西リトルウルフ 棚原安子さん
山田西リトルウルフ 棚原安子さん(撮影=水野真澄)

この経歴だけを聞けば運動神経抜群の体育会系女子の印象だが、意外なことに棚原さんは、小学校時代からいじめを受け続けていたという。

「特に高校時代はひどかった。私は身長が155センチと小さいんですが、同じチームに160以上の大柄な子も何人かいたんで、それがいじめられた原因かもしれません。チームの中に口の勝つ子がおって、もう言いたい放題言われてました」

もちろん、悔しい気持ちはあった。しかし、棚原さんは言い返すことをしなかった。

「女の子は3人寄ったら何とやらで、集まっては『あの子、めっちゃ腹立つなー』とか言い合うじゃないですか。そのターゲットにされてしまったわけやけど、これはいわば女の性やから、いくら反論しても絶対に収まるもんじゃないと判断したんです」

何を言われても平気な子なんて、いない

ついには、いじめグループのメンバーから「この子は何を言うてもこたえへん子や」と“お墨付き”をもらったそうだが、それは違うと棚原さんは言う。

棚原さんはいじめを受けても言い返すことなく、エネルギーをソフトボールに振り向けた。
棚原さんはいじめに対して言い返さず、エネルギーをソフトボールに振り向けた。(撮影=水野真澄)

「何を言われても平気な子なんて、世の中にいないんです。すべての言葉がこたえてるんやけど、言い返すか言い返さないかの違いがあるだけ。辛抱してることに、違いはないんですよ」

棚原さんは「サードで1番バッター」というポジションを死守することで、長期間におよんだいじめを乗り越えたという。サードのポジションを争った選手の仲間たちから、「あんたがいるから、あの子が試合に出られなくなったやろ」と因縁をつけられて、いじめの炎に一層油を注いでしまった面もあったが、「1番サード」を守ることは、棚原さんが生きていくために必要不可欠なことだった。

「いじめられて萎えてしまわないためには、エネルギーを湧かす必要があるんです。人間はそういうエネルギーを持てるはずなんやけど、それには、(いじめに対抗することにエネルギーを割くのではなく)違うものにエネルギーを湧かす必要がある。違う方向の体験や学習をたくさんして、自分の活力になっていくものを見つけることが大切なんや」

厭味、皮肉、ひとこと多い言葉は使うな

いじめを乗り越えた経験は、棚原さんのチームビルドに大きな影響を与えている。いじめっ子たちは、いわば最良の反面教師でもあったのだ。

「ああいう目に遭ったからこそ、ああいう人間だけにはなるまいって思えたんです。だからウルフの子どもたちにも、『厭味、皮肉、ひとこと多い言葉は使うな』と指導してます。もちろん、指導する大人たちもそういう言葉は一切使いません。子どもの体は勝手に大きくなっていきますけど、心をどう育てるかが一番大切なんです。その大切な役割を担っている大人たちが意地の悪い言葉を使っていたら、子どもは間違いなく真似をしますからね」

いじめられた体験と同時に、育った家庭の影響も大きかった。道楽が過ぎて家にお金を入れなかった父親に対して、母親は決して悪態をつくことがなかったというのだ。

「母はしつけに厳しい人だったし、かわいがるという形で子どもに愛情を注ぐ人ではなかったですが、とにかく夫婦喧嘩というものをしたことがなかった。だから、家の中がいつも穏やかだったんです。親子喧嘩もないし、兄弟喧嘩もない。家計は大変な状況だったけれど、家の中に争いというものがなかったんです」

家庭とは、子どもが生まれて初めて出会う社会だと棚原さんは考えている。その小さな社会を争いのない穏やかなものにしていく知恵が、家庭の外側にある大きな社会を生き抜いていく知恵に繋がっていく。

「減らん体を動かせ」

「いま、うちの旦那さんは要介護状態なんですが、旦那さんが『水』と言ったら『はい、お水』、『チャンネル』と言ったら『はい、リモコン』。『はい』と返事をした瞬間に、もう体を動かしているんです。だから、夫婦喧嘩なんて起こるはずがないんですよ」

数年前、夫の長一さんとグラウンドで。喧嘩をすることは全くないという。
数年前、夫の長一さんとグラウンドで。喧嘩をすることは全くないという。

一見、男尊女卑そのもののように思えるが、必ずしもそうではない。棚原さんは自分の子どもたちも、男女を問わずそのように育ててきたのだ。

「うちのご飯は、テーブルに何もない状態から始まるんです。うちは長幼の序を大事にしているんで、長男が『ご飯の支度!』と言うと、みんな一斉にご飯の支度に動き始める。テレビを見てても何をしてても、みんなさっと動き出すんです」

表面的な言葉の丁寧さだけでなく、そこに「動く」という行為が伴って初めて、円滑な人間関係が築かれていくのだ。

要介護状態にある夫の要求にふたつ返事で応じる棚原さんは、一見、夫を立てる古風な良妻を演じているように見える。しかし、棚原さんの主眼は「男を立てる」ところにあるのではなく、すぐに「動く」ことにある。そして、このすぐに動く姿勢こそ、棚原さんの家庭に、そしてリトルウルフに、争いのない穏やかな空気を醸成することに繋がっているのではないか。

「だって、それをやったからって体は減らないじゃないですか。だから私は、子どもたちにいつもこう言うんです。減らん体を動かせって」

81年の人生から導き出した処世術

組織が穏やかな空気に満ちていることは、素晴らしいことだと思う。

山田西リトルウルフには、監督の怒声に怯えながらプレーをしている子は見当たらない。どの子も、体を伸び伸びと自由自在に動かせることに喜びと誇りを感じているのが、見ていて伝わってくる。それはやがて確固とした自信となり、さらには強靭な自立心へとつながっていくことだろう。

子どもたちはみんな、いきいきとしている。
子どもたちはみんな、いきいきとしている。

しかし、意外にも、おばちゃんの人間観はクールなのだ。

「生まれ育ちって、絶対に一人ひとり違います。兄弟だって違いますよ。生まれ育ちの違う者同士が、大勢一緒におったらどうなります?」

ふたりしかいない夫婦でも、お互いの違いを擦り合わせるのは難事業だ。

「相手を変えようと思っても、絶対に無理なんです。生まれ育ちの違いは、絶対に消えてなくなることはありません。だからお互いを尊重して、歩み寄っていくしかないんです。そうすれば、夫婦も組織も円満になりますよ」

変わることのない相手を変えようとすれば、苦しかない。そんな不毛なことをするよりも、さっと体を動かした方がいい。体はいくら動かしても減らないのだから……。

おばちゃんが81年の人生から導き出した、これは冷徹な処世術なのかもしれない。

棚原さんのノックは遠く外野手のところまで飛んでいった。
棚原さんのノックは遠く外野手のところまで飛んでいった。

山田 清機(やまだ・せいき)
ノンフィクションライター
1963年、富山県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』 (朝日文庫)、『東京湾岸畸人伝』『寿町のひとびと』(ともに朝日新聞出版)などがある。

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