1. トップ
  2. 恋愛
  3. 小説『徴産制』のリアリティ。男が性転換&子づくりする未来で...?

小説『徴産制』のリアリティ。男が性転換&子づくりする未来で...?

  • 2021.12.29
  • 345 views

「女になって、子を産め。国家は僕にそう命じた――」。

田中兆子(たなか ちょうこ)さんの小説『徴産制』(新潮文庫)は、疫病により女性人口が激減した日本で、男に性転換を課し、出産を奨励する「徴産制(ちょうさんせい)」が施行された未来を描く連作短編集。

一見、突拍子もない設定に思える。しかし、制度の中身も時代の流れも、まるで未来を見てきたかのように緻密。さらに、事の発端が疫病ということもあり、こんな未来を迎える可能性もなくはないかも、と思わされる。

【徴産制】
日本国籍を有する満十八歳以上、三十一歳に満たない男子すべてに、最大二十四ヶ月間『女』になる義務を課す制度。

2093年「徴産制」施行

まず、徴兵制ならぬ「徴産制」が生まれた作中での背景にふれておこう。

■2087年
日本で女性にのみ発症し、若年層ほど死亡率の高い悪性新型インフルエンザが発生。
■2090年
終息宣言。死亡した日本人女性は219万人。特に10~20代が多く、死者の85%を占める。
■2091年
首相が「社会福祉保障等の持続可能社会実現に向けた性転換の義務化による出生率上昇促進案」、通称「徴産制」を提案。
■2092年
国民投票の結果、「徴産制」が賛成多数で承認され、成立。
■2093年
「徴産制」施行。

「徴産制」の目的は「子づくり」だが、「出産」そのものは義務ではない。「徴兵制」の目的は「戦うこと」であり、「殺人」そのものは義務ではないように。

また、産役に就けば国から給料が支給され、出産すれば報奨金が出る。出産した時点で産役は終了し、子供は基本的に国が引き取る。その後は、男に戻っても戻らなくてもいい。

架空の制度のため、こんな場合はどうなるか、あんな場合は、と疑問が浮かぶが、細かな点までカバーしている。本作の完成までに3年かかったそうだが、「徴産制」という構想をみっちり文章化していて圧倒される。

5人の「産役男」

貧しい農村に育ったショウマ、政治家を志す官僚のハルト、知人の日本脱出を助けるタケル、妻子持ちのキミユキ、男のいないテーマパークの開園にかかわるイズミ。

立場も職業も思想も異なる5人の「産役男(さんえきおとこ)」が登場する。「徴産制」に賛成か反対か。いざ女になり、女として生きること、妊娠、出産を経験し、何を思うか。産役を終えたら、男に戻るか戻らないか。彼らの心境が気になるところ。

女であるがゆえに味わう理不尽、矛盾、屈辱(かなり苛酷な場面も)、そして希望とは――。

ハルトの場合

ハルトは財政省に勤務する25歳。「徴産制」には大反対。「優秀な官僚は、産役免除されてしかるべきだ」と思っている。

しかし、表立って反対はしない。幼少の頃から1番にこだわるハルトの将来の目標は、国のトップ、総理大臣。産役逃れは致命傷になる。招集されれば産役に就くしかない。

そして招集令状が届いた。招集されたからには「産役男」のトップ、つまり、誰もが憧れる美女になり、最も優れた男とパートナー契約を結び、すみやかに妊娠、出産し、男に戻ろうと考えた。

徴産検査に合格し、性転換手術、産事教練を受け、優秀なパートナーと同居生活を始めた。しかし、ハルトは妊娠しなかった。招集令状が届いてから1年が過ぎていた。

「ハルトの予定ではとっくに妊娠しているはずだったのに、半年でバツ2。小さい頃から一度も失敗したことがない自分の人生において、信じられない状況だった」

妊娠するために、次々違う相手と、仕事のようにセックスし続けた。しかし、妊娠の兆候は見られない。妊娠した者への激しい嫉妬に駆られた。

「これから先の日本の若い男は、こんなふうに言われ続けるのだ。『子供を産んだ男はえらい。子供を産んで働いている男はもっとえらい。子供を産まず仕事だけしている男は、男として不完全である......』」

「男」を「女」に置き換えると、この見方は現代に通じる。ここからハルトはどんな人たちと出会い、「前時代的な価値観」を壊していくのか。

誰もが自分なりの幸福を

本書は、性差の問題を深く探究した作品に贈られる「センス・オブ・ジェンダー賞大賞」受賞作。田中さんはこうコメントしている。

「『徴産制』の世界は、結婚する必要がなくなった社会です。だからこそ、人との関係、特に愛する人との関係をどう築いていくかは、生き方そのものになっていきます。パートナーがいてもいなくても、誰もが自分なりの幸福を見い出せる希望を書きました」

奇想天外な設定に心をわしづかみにされた。期待は裏切られなかった。好奇心で読み始めたが、現代の問題と重なり、いろいろ気づかされる作品。

本作は2018年に新潮社より単行本として刊行された。本書は加筆修正のうえ文庫化したもの。

■田中兆子さんプロフィール

1964年富山県生まれ。8年間のOL生活ののち、専業主婦に。2011年「べしみ」で女による女のためのR-18文学賞大賞を受賞。同作を収録した『甘いお菓子は食べません』でデビュー。19年『徴産制』でセンス・オブ・ジェンダー賞大賞を受賞。ほかの著書に『劇団42歳♂』『私のことならほっといて』『あとを継ぐひと』などがある。

元記事で読む
の記事をもっとみる