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あのキスはどういう意味? キスが紡ぐ千変万化の物語。

  • 2021.12.26
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挨拶のキス、ハリウッド流キス、フレンチキス、ロシアキス、官能的、政治的なキス……。コロナ禍では反逆的行為にまでなってしまったキス。キスに興味をそそられたフランスの社会学者が書いた興味深い本を紹介しよう。

キスをめぐる千変万化の物語をフランスの社会学者が読み解く。photo : Getty Images

社会学者のジャン=クロード・コフマンが選ぶ最高のキスは、映画『霧の波止場』のキスだ。このアイコニックなキスについて、彼はこう語る。「このキスを選んだ理由はミシェル・モルガンの表情豊かな瞳です。加えて、キスを求めているのは彼女であって、男性が強要しているわけではないところもいい」

夫婦生活に起きる問題やカップルが一夜をともにした翌朝の行動について、「捜査官のようにルーペを使って」分析を行なってきたコフマン。ミクロ社会学のパイオニアである彼は『Ce qu’embrasser veut dire (キスの意味)』(1)という非常に興味深い著作を発表し、波乱に満ちたキスの叙事詩を書きあげた。何世紀もの間キスは恋愛、婚約、結婚の儀式に伴う行為とされてきたが、その中で無視されてきた側面を取り上げた。

長い時間をかけて、キスは親密な者の間で交わされる行為と変化していき、その過程でキスの習慣が消えそうになった時期もあった。しかし完全になくなることはなく、キスの儀式は生き延びてきた。17世紀の貞操団体の圧力にも、コロナの感染予防対策にも耐えた。

「クリスマスになると互いを強く抱きしめ、キスしたくなること自体、キスが持つ力を示しています。キスは音楽でいう“対立旋律”のようなものになりました。よりよく生きるための手助けをしてくれる優しいメロディなのです。過度に厳しい社会において、キスは社会に同調して進むのではなく、反対方向に進むのです」。フレンチキスは時代遅れ?否、むしろいままでにないほど反逆的なのだ。

従属

「長い間、口づけは愛とは関係ない政治的な行為でした。社会的つながりを明確化するためのもので、口、手、足にしていました。しっかりと体系化され、制約や従属関係を明確に表すものでした。

私は口づけを二つに分類しています。まずは共同体を強固にする“水平”の口づけ。例えば中世の騎士たちは互いの口に口づけをしていました。その熱情は友愛を表していたのです。二つ目は権力を強化する“垂直”の口づけ。従者はひざまずき、主君に服従を誓う時のキスです。権力者たちの前で、手の甲にキスをするのは降伏を表す仕草でした。侮辱のキスもありましたよ。戦に負けた戦士は、お尻に口づけをしていたのです!」

肉体的な、挨拶のキス

「友情は育てるもの。身体と身体を近づけることを必要としています。医者に行ったときに服を脱ぐという“儀式”が行われますが、この儀式では服を脱いでも裸だとは感じません。それと同じように、ビズ(挨拶の時、頬にする軽いキス)という儀式は親密になり過ぎることから逆に守ってくれます。頬を触れ合い、相手の匂いを嗅ぎ、肉体的であるけど抑制された接触により、近づきたいという意思を相手に伝えます。

友人にビズをするのは、冷え切ってしまった社会的なつながりに対する抵抗です。ビズをしないと不快感を生じさせます。コロナ禍では友情が試されましたね。外出禁止令が明けた時は特にそうでした。「あなたはビズをする人?」と。相手は感染予防対策を厳守する人なのか、思わず反発してしまう人なのか、探り合いがなされました。この“ビズの戦争”の中で自分もどちら側に付くのか選ばなければなりませんでした」

家族

「クリスマスは家族の再会を表す象徴的な集まりです。会いたかった家族とハグできる季節です。クリスマスイブは家族と親密に接触することを強く願う時。自分を開放し、相手に身を委ねる時。ソーシャルディスタンスを守らないことで起こり得る悪影響について、常に考えている脳みそを休ませてあげる時。この時だけは、抑制を解き放った生き生きした行動が重要です。

クリスマスは欠かすことのできない待ちに待った集まりです。おいしい食事をし、クリスマスツリーを囲んで集い、肌と肌を触れ合わせる時。その時、抱き合いキスをするのは家族であることの究極の証とも言えます」

魔法

「現代社会では恋のキスはあまりにも月並みに扱われてしまっているので、性に関する調査においても対象項目として取り上げられません。装飾のように扱われ、片隅に置かれてしまっています。

しかし地味に見えがちなその姿に惑わされてはいけません。恋のキスはいまでも重要な役割を担っています。“ただの遊び”のキスと対称的に、私が“入口チケット”キスと呼んでいるものがあります。最近は、恋愛はどのように始まるのか、よく分からなくなってきていますが…。しかし人は物語の始まりを必要としていて、キスはその役割を担うことがあります。キスの魔法により、一つの人生がひっくり返ってしまうことだってあります。どのようなキスなのかによって、唇が触れた瞬間から、二人が描いていく物語が始まります。

逆に悪いキスは関係の終わりを告げることが多いです。2人に1人以上の人が、失敗したキスによって関係に終止符が打たれたことがあると明かしています」

ハリウッド

「『カサブランカ』のハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマン、『フィラデルフィア物語』のキャサリン・へプバーンとケーリー・グラント…。1920年代後半から1960年代の間、キスを全世界に広めたのはハリウッドでした。そして矛盾するように1934年からはヘイズ・コード(注:アメリカ映画製作配給業者協会による自主規制条項)が導入され、アメリカの映画監督にはヌードや性行為に関するいかなる描写も禁じられました。

唯一許可された性的なときめきがキス!くちびるが貞節に閉じたままであっても、このいかにもハリウッド的なイメージは恋愛という新たな宗教のアイコンとなりました」

#MeToo

「従来描かれてきた、奪うようなキスの時代はもう終わりです。映画ではよく見られるシーンですよね、男性がかなりワイルドに女性にキスをし、女性は平手打ちを返す。その後、ふたりは情熱的に燃え上がる……#MeTooムーブメントは、こんな恋愛物語の台本を書き直しました。

キスの前にまず言葉があり、『イヤ』と言ったら、それは“ノー”だということがはっきりしました。互いに惹かれ合っているということを確認せずに、飛び込んではいけないと男性は悟りました。一歩進んだ関係に踏み込むことを相手は望んでいるのか。相手の身体のリアクションから男性が読み取らなければならない巧妙な言語です」

反乱

「ロマンチシズムに関する新たな欲求があるのではないでしょうか。これは潜在的な欲求であって当人も気づいていないかもしれませんが、確かに存在していると私は思っています。

私たちはいま、個人が情報を蓄積していく社会に暮らしています。それぞれが自分なりの真実と道徳と運命を創造しなければなりません。それはとても疲れる作業であるだけでなく、人との結びつきを弱体化させてしまっています。お互いに相手を警戒しています。接触が少なくなっていた社会にコロナ禍が追い討ちをかけました。しかし密かにパーティーを開いていた若者たちもいました!我々は人に囲まれて暮らし、慰められ、優しく触れられることを必要としています。

19世紀の商業社会に反発して生まれたロマン主義同様、キスの反乱は新しい社会への希望を胸に秘めています。将来は、絶対にたくさんのキスであふれると私は信じています。物事を複雑にする新たなウイルスが登場しないことを願いつつ!」

(1)Jean-Claude Kaufmann著、『Ce qu’embrasser veut dire (キスの意味)』、Payot & Rivages社刊

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