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家入レオ「言葉は目に見えないファッション」vol.44戌の日の御参り

  • 2021.12.24

クォーター・ライフ・クライシス。それは、人生の4分の1を過ぎた20代後半〜30代前半のころに訪れがちな、幸福の低迷期を表す言葉だ。26歳の家入レオさんもそれを実感し、揺らいでいる。「自分をごまかさないで、正直に生きたい」家入さん自身が今感じる心の内面を丁寧にすくった連載エッセイ。前回はvol.43巡り巡って

vol.44戌の日の御参り

家からクロスバイクをかっ飛ばす。信号が全部青だったおかげで3分は稼げた、と朝から幸先良いスタート。ペダルを踏み込む足取りもなんだか軽い。駅近の駐輪場の傾斜ラックにクロスバイクを入れ、早足で地下に続く階段を駆け下りながら上着の左ポケットからスマホを取り出し、電源ボタンをダブルクリック。自動改札機に交通系電子マネーが表示された画面をかざし、タッチ音を背中で聞き流しながらホームへ急ぐ。階段の途中で速度を落としたのはホームに電車が来ていないと分かったから。上着の右ポケットからワイヤレスイヤフォンを取り出し両耳に装着しアルバムの『ひこうき雲』を再生した。ホームの発車標を見上げながらほっとひと息つく。ここ最近夜型になりつつ私にはちょっとハードな早起きだったけど無事集合時間に間に合いそうだと思った。

1週間前に貰ったLINE。「戌の日の御参りに一緒に行かない?」普段はその日その時これからどう?な間柄なので、前もって約束することは稀なことだったりして。赤ちゃんを授かったと夫婦が教えてくれたのも、疲れ切った私が2人の家に転がり込み優しさに癒され1泊お世話になった挙句。翌朝ボサボサ頭で彼女が焼いてくれたパンケーキと彼が淹れてくれたコーヒーを目の前にした食卓でだった。中学校からの同級生である彼女を笑顔にしてくれる彼は、私にとっても大切な人で、上手に言えないけど頼れるブラザーって感じなのだ。私と彼の少年のような掛け合いをいつも母の眼差しで見守ってくれている彼女が、本当にお母さんになるのか、と嬉しくて、嬉しくて。まばゆい朝の光。貸してもらったパジャマの肌触り。ペタッとしたフローリングの飾らない生活の幸せ。今この場所に3人ではなく、4人いるという奇跡が途方もないことに思えて胸がいっぱいになった。だから妊娠5カ月目。安定期に入って最初の戌の日に神社に安産祈願に行く大事なイベントに誘ってくれたことが嬉しくて、なんとか一緒に行けたら良いなとその場で手を合わせたくらいだった。そして当日。鳥居の前に並んだ2人に、もう少し左、そー笑って!とファインダーを覗き込みながら声をかける私がいた。いつかこの写真を2人の子供が見る日が来るんだな、となんとも不思議な気持ちでシャッターを押して。押しながら、もしその子がお父さんともお母さんとも仲良く出来ない日が来て、自分に自信を無くしてしまうことがあったら。手土産のケーキを一緒に頬張りながら、今日のこの御参りのことを話して聞かせてあげようと思った。「喧嘩しちゃったかもしれないけどさ…あんたが生まれてくる前からお父さんもお母さんも楽しみで楽しみで浮き足立っちゃって大変だったんだよー」って。そしてその子を年の離れ過ぎた弟か妹みたいに可愛がって。親に言えないことは全部お姉ちゃんに言ってごらん!と、遊園地や動物園に連れて行ってあげたいと思った。

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