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MBA人材の限界…企業の人事部が今"美大卒人材"に注目するこれだけの理由

  • 2021.12.23
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大手コンサルや役所で芸術系大学の採用が活発化しています。人事部は彼らに何を求めているのでしょうか。マーケターの桶谷功さんは「芸術系大学では4年間徹底的にユニークなものの見方を鍛えます。そしてそのユニークな視点で問いを立てる力が注目されているのです」といいます――。

水彩画
※写真はイメージです
コンサルや役所で求められる美大・芸大卒

こんにちは、桶谷功です。

いま、「アート思考」がブームになっています。これはどういうものかというと、ものの見方を変えることで問題提起をしたり、常識にとらわれない発想をしたりすること。そして、自分なりの答えを創り出すこと。

企業もこの動きを受けて、社内でアート思考ができる人間を育てることも大事だけれども、もともとそういう志向性や能力を持つ人を即戦力として採用しようと、美大や芸大卒の人たちを採用することが増えているそうです。

たとえばコンサルティング大手のアクセンチュアは2021年卒の採用活動から「クリエイティブ/デザイン」という職種を設け、多摩美術大学や武蔵野美術大学など美大・芸大出身者を約10名採用しました。また神戸市では19年度の採用試験から「デザイン・クリエイティブ枠」という試験区分を設けたといいます。

美大・芸大の4年間で徹底的に鍛えられる力

論理的な思考が重視されるはずのコンサルティング会社や、お堅いとみられがちな役所でこの動きが広まっているのは、MBAのような論理思考が限界を迎えているからではないでしょうか。

論理思考では、問題が「これですよ」と提起されていれば、それを効率的に解決することができるけれど、今は問題そのものを発見する力が問われている。そのためには過去のケーススタディから学ぶMBAより、常識を根底からひっくり返し、新しく問いを立てるアート思考が求められているのでしょう。

じつは私も京都市立芸術大学の出身ですが(大学でビジュアルデザインを学び、卒業後は大日本印刷でパッケージデザインをしていました)、芸術系の大学では4年間を通じて徹底的に「見る」ということに関して訓練が積まれます。

たとえば「100円玉の絵を描いてください」と言われたら、100人中99人が円を描くでしょう。でも100円玉を立てて真横から見れば、ギザギザの部分がはしご状の長方形に見える。美術・芸術系の大学や学部では、こんなふうにいかに自分ならではのユニークなものの見方をするかを叩きこまれるのです。

レンガの使い道をできるだけたくさん考える

私がファシリテーターを務める新製品開発やマーケティング開発のワークショップなどで、参加者の頭をほぐすためによく出すお題があります。それは、「いまから2分間で、レンガの使い道をできるだけたくさん挙げてください」というもの。実現可能かどうかにかかわらず、とにかく数を多く出すこと。みなさんもストップウォッチを用意して、考えてみてください。

レンガ
※写真はイメージです

……思いついたでしょうか?

常識にとらわれている人は、せいぜい3つくらいしか出てきません。

「ブロック塀の材料にする。板を渡して棚を作る。本を挟んでブックエンドにする……。これ以上思いつきません、降参!」というふうに。

私なら、こんなふうに考えます。

まず、物質としての特徴から発想を広げていきます。たとえばレンガの「重さ」に注目してみる。レンガはそこそこ重さがありますから、漬物石にできるかもしれないし、筋トレのダンベルがわりに使えるかもしれません。

次に「平ら」であるところに着目すれば、小さい台にもなる。きれいに洗えば上に食べ物を置いてもいい。積み木のように積み上げると、いろいろなものがつくれる。

「角がある」ところに注目してみると、凶器としてなかなか威力がある。

表面が「ざらざらしている」という触感に焦点を当てれば、「大根がおろせるかな」とか、「かかとをこする軽石がわりになるかも」という発想が出てきます。

「色」に着目すれば、黒板代わりに白いチョークで何か書くこともできる。

人と同じ見方をしていると同じものしか生み出せない

もう一つのやり方は、モノそのものでなく、行為のほうから発想する方法です。

「置く」「投げる」「撫でる」「叩く」というように動詞で考えてみると、「置く」→台、椅子、テーブルにする。「投げる」→投擲の練習。「撫でる」→暗闇で触覚だけでそれが何かを当てるゲームができるかもしれない。「叩く」→金槌の代わりに釘くらいなら打てるかも。

こんなふうに、見方を変えるだけで40~50案はたちどころに出てきます。

こういう訓練を美大生はしょっちゅうやっているわけで、人と同じものの見方をしている限り、同じものしか生み出せないことをよく知っています。

マーケティングのためにデータを見るときは、見慣れた風景を初めて見るような目で見直すことが欠かせません。人と違う見方をする人材がいれば、それが自然にできる。だからこそ今、企業はアート系の人材を採用し始めているのでしょう。

「美大卒は就職先が少ない」のウソ

ところで、「いくら採用が増えたといっても、美大や音大など芸術系の大学は企業からの求人が少ないんじゃないの?」と思うかもしれません。

実はあまり知られていないことなのですが、私の卒業した京都芸大のデザイン科の同級生たちは、ほぼ全員、誰もが名前を知るような大企業に就職しています。制作した作品を見てもらえば実力がすぐわかるので、就職試験すらほとんどない場合もあります。

ずいぶん前のことになりますが、私の場合はどうだったかというと、最初はある大企業の宣伝部に入ろうと思っていましたが、インターンを終えたあと落ちてしまいました。ほとんどの同級生が1社目で決まりますし、インターンにまで参加して落ちるということはまずないので、

「お前、何をやらかしたんだ」

と教授も驚いている。

実はインターン後の面接の際に人事部の方から、「いま自分の個性だと思っているものは個性でも何でもない。個性は入社してから(会社に合わせて)つくるものだ」と言われたので、若かった私はその言葉に「えっ?!」と反発してしまったのです。その5分後には大学に電話連絡があり、不合格が告げられました。

日本の大企業と相性が悪いことも

教授には、「次の会社の面接では変なこと言うなよ。後輩が苦労するんだから(笑)」とたしなめられましたが、じつは、アート系の人材と日本の大企業は相性がよくないこともあります。企業側からいえば、「人と違う発想をする社員=ほかの社員とは違う行動をとる、扱いにくい社員」ということになる可能性があるからです。

これは何かで読んだ話ですが、かつてのソニーでは、何かすごいものを思いついたら、直属の上司にはとにかく隠しておけといわれていたそうです。それで社長の盛田昭夫さんが通りかかったら、お殿さまに直訴するように、「こんなのをつくったんですけど」と言って見せる。順番に通していったら新しいものはつぶされる可能性大だけれど、一番の決定権を持つ人に見せれば、「これはすごいな」と言ってもらえる可能性があるといわれていた。つまり会社組織が大きくなると、ユニークな人材がいてもその能力を引き出すのが難しくなってくるということでしょう。

しかしMBA重視型の発想では行き詰まって、アート系人材の能力に賭けると決めたのであれば、次は彼らの自由な発想をどれだけ活かせるかという企業の度量が試されます。こういう人たちを採用するにあたり一番大変なのは、その上司が自分にまったくない発想に接したときに、どこまで許容できるかであると言えます。日本の企業や社会の中で、ユニークな思考や発想のできる人が今後どれだけ活躍できるようになるか、注目していきたいと思います。

構成=長山清子

桶谷 功(おけたに・いさお)
インサイト 代表取締役
大日本印刷、外資系広告会社J.ウォルター・トンプソン・ジャパン戦略プランニング局 執行役員を経て、2010年にインサイト社設立。初著『インサイト』(ダイヤモンド社)で、日本に初めてインサイトを体系的に紹介。他に『インサイト実践トレーニング』『戦略インサイト』(ともにダイヤモンド社)など。商品開発・ブランド育成などのコンサルティングを行っており、消費財・サービス・テック系企業などで実績多数。インサイト オフィシャルページ

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