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直木賞候補作。「新しい星」に叩き落とされても、私たちは一人じゃない。

  • 2021.12.22
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先日、第166回芥川賞・直木賞の候補10作が発表された。

彩瀬まるさんの『新しい星』(文藝春秋)は、直木賞候補作の1つ。彩瀬さんは『くちなし』以来、2度目の候補入り。選考会は来月19日に行われる。

本書は、「愛するものの喪失と再生」を描く連作短篇集。

青子、茅乃、玄也、卓馬はかつて、同じ大学の合気道部の同期生だった。「普通」の人生を謳歌していたはずの4人に訪れる、思いがけない転機。それは、子供の死、乳癌、引きこもり、離婚。

「新しい星」「海のかけら」「蝶々ふわり」「温まるロボット」「サタデイ・ドライブ」「月がふたつ」「ひとやすみ」「ぼくの銀河」の8つの物語を通し、彼らの約10年間が描かれる。

ふいに叩き落された新しい星

青子は生後2ヶ月の娘を亡くした。自分の体が「子供を育みにくい性質を有している可能性」があると知った。それが決定的な理由となり、夫と離婚する。

「よい恋愛をしたと思っていたし、よい結婚をしたと思っていた。よい出産、よい子育てへ、道は真っ直ぐに続いていくのだと意識すらせずに信じていた」

ほんの数ヶ月のうちに身に降りかかった出来事は、体の奥深くに突き刺さり、じくじくと痛んだ。実家のリビングに転がりながら、「見知らぬ惑星に寝転んでいるような」気分になった。

「不時着した砂地から顔を上げ、そろりそろりと周囲を見回し、夫や子供を望まない人生を考え始める。(中略)ふいに叩き落とされた新しい星で、握り締めていられるものを見つけたかもしれない」

ほんのわずかでも、娘に触れた時間は素晴らしかった。娘はそばにいる。だから一人でもやっていける。青子はそう思った。

子供が死んだ。再婚を望まない。そんな「普通」からはみ出した娘を母は咎めた。溝は深まり、青子は実家を飛び出した。

分け合って耐える

青子と茅乃は10年以上の付き合いになる。その日、露天風呂でゆっくりしようと約束していた。普段と変わった様子はなかったが、ふと、茅乃は言った。「乳癌になったよ。来週、手術」。

「濁った感情の海が、青子の内側で水位を上げた。(中略)だめだ、自分の感情でいっぱいになったらだめだ。(中略)手桶を使い、新しい星に叩き落とされたばかりの友人の肩に湯をかける」

青子は玄也と卓馬に連絡し、4人は久しぶりに再会する。近況を報告し合い、みんな色々あると分かったところで、卓馬は言った。「四人で耐えた方がいいって思ったんだよ」。

学生の頃そうだったように、30歳を過ぎた今、4人は「それぞれが抱えた問題を、理不尽を、不安を、人と分け合って耐える」ようになっていく。

困難に人生を乗っ取られたくない

文藝春秋のインタビューで、彩瀬さんは辛いことを経験した時に、「困難に人生を乗っ取られたくない、と抗う気持ちが強く湧いてくる」と話している。

「困難によって自分の性質が否応なく変化することはあると思いますが、それが自分のすべてにはならない。そう思った時に、大変なことが起きてもそれに呑み込まれずに人生を生きようとするひとを書きたくなりました」

茅乃に乳癌が見つかった時、娘は5歳だった。月日が経ち、娘が受験生になる頃には病状も進んでいた。母親、妻、癌で闘病中の患者。この人生から出られない。茅乃はそう思った。

ある時、青子に自分の名前を呼んでほしいとお願いする。「茅乃」と呼ばれると、「どんな役割にも切り取られていない、完全で自由な自分」になれた気がした。

大切なものを失って途方に暮れたら――
私たちは一人じゃない。これからもずっと、ずっと

卒業して10年、20年も経てば、誰しも何度か「新しい星」に叩き落とされた経験をしているだろう。本書ですごくいいなと思うのは、仲間との関係が30代、40代も続いていて、つねに「今」を共有しているところ。この帯コピーのような気持ちになって、読み終えた。

■彩瀬まるさんプロフィール

1986年千葉県生まれ。上智大学文学部卒。2010年「花に眩む」で女による女のためのR-18文学賞読者賞を受賞し、デビュー。16年『やがて海へと届く』で野間文芸新人賞候補、17年『くちなし』で直木賞候補、18年同作で高校生直木賞受賞。19年『森があふれる』で織田作之助賞候補。他の著書に『不在』『さいはての家』『まだ温かい鍋を抱いておやすみ』『川のほとりで羽化するぼくら』など。

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