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モテる男の破局は早い【彼氏の顔が覚えられません 第39話】

  • 2015.8.6
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恋人のヤマナシイズミは、人の顔が覚えられない。それどころか、表情も読みとれないし、自分で表情を作ることもできない。いつも真顔で、何を考えているか。

モテる男の破局は早い【彼氏の顔が覚えられません 第39話】

(c) beeboys - Fotolia.com

「次からは、なるべくデート中も離れないようにしような」

ただ、俺と別の男を間違え、なんとなく落ち込んでいるように見えたとき。そう声をかけて見せてくれた、うれしそうなイズミの表情が、また可愛くてしょうがなかった。

いつもポーカーフェイスのイズミが、俺に対してだけ見せる表情がある。本人も気づいていないだろう。それを見るために、俺はイズミと、恋人になったのかもしれない。

***

けれど3月中頃の俺は、そんなイズミから逃げていた。過去の恋愛感情を告白してくれたマナミからも逃げていた。よこはまコスモワールドのトイレ。洗面台で、なんどもバシャバシャ顔を洗って。もう一度出直すために。

鏡に映る、どんよりした顔の男。誰だこいつ。こんなサイテーなのが俺か。俺なのか。パンッ、と両方の頬を叩く。痛い。痛いが、まだ足りない。相変わらずだらしない。もう一度、パンッ。

と、隣の洗面台の男性が、こっちをチラチラ見ている。あ、やべ、いまの俺、なんだか不審者みたいか…慌てて顔を向けて謝る。「すいません、うるさくて…」と、目が合って。

「おま…え、やっぱ、カズヤ!?」

「タナカ先輩!?」

大都会、学校以外の場所で知り合いに会うなんて、どんな確率だろう。今年に入って2度目だ。

「こんなところでお前…まさか、デート?」

「えと…これは、その…」

マズい。またイズミを放って、マナミなんかと一緒にいることがバレたら面倒だ。慌てて誤魔化す。

「先輩こそ、デートっすか?」

「あ、うん…俺は…その、カノジョできて、さ…」

か、カノジョ!? 早い!! 年末に別れたばかりって思ってたら…。

「誰すか、誰すか!? ちょっと水くさいじゃないっすか。教えてくださいよ! ささ、早くトイレ出て!!」

「わ、ちょ、押すな! 押すなよっ!!」

顔をふくのも忘れ、先輩とトイレの外に飛び出す。と、そこで、見たことある顔の女性に出くわし、ぎょっとする。

「あれ…タニムラくん!?」

「え、ちょ、先輩…!?」

また、だ。相手は軽音部の先輩。部内恋愛禁止が聞いて呆れる。

「た、頼む、カズヤ! このことは、他の部員にはナイショにしててくれっ…お願いだ!!」

「あ、ハイ。誰にも言いませんけど…」

逃げるように、俺の元から離れていく二人。その後ろ姿を見ながら、ボソッとつぶやく。

「自分たちでも、せいぜいバレないようにしろよ…まぁ、無理だろうけど」

年末に別れた女性も、結局バレたから破局したようなものだ。元・読者モデルだったとかで、何だかんだ女性ファンの多い先輩。部員の女子も、先輩のファンで入部したような輩がけっこういたりする。

そしてやつらは恐ろしいことに、誰か一人でも抜け駆けしようものなら総攻撃をしかける。タナカ先輩と破局させるどころか、退部にまで追いやる。

さっきの女性の先輩も、攻撃に耐えられそうなメンタルには思えない。集団の中で、迎合してしまうようなタイプだ。どんな手違いで先輩とデキてしまったのかは知らないが、4月中に別れるのは目に見えている。もっと我の強い女性じゃなきゃ、先輩とは長続きしない。

そんな女性、いるだろうか…ふと思い出せるのは、高校時代の後輩のコモリ。あれくらい高飛車なやつなら、ひょっとしたらうまくやっていけるかもしれない。ただこの時点では、コモリが今年、うちの大学に進学してくるかどうかもわかっていない。

…なんて、人の心配より、自分の心配だよな。

俺はしっかり顔をふき、マナミの元へ戻る。彼女に言うべきことがある。その内容は、もう決まっている。

(つづく)

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(平原 学)

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