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モノクロで動物の世界に迫る、客観を突き詰めたドキュメンタリー。

  • 2021.12.15
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すぐそこにある、未知の宇宙へのまなざし。

『GUNDA/グンダ』

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© 2020 Sant & Usant Productions. All rights reserved.迷子の仔豚を母豚グンダが鼻先で導くミニマルな空間に憩っていると、人間観を含めた射程の遠大さに撃ち抜かれる。動物の目の高さで撮られた物語詩のよう。

すごい映画を観てしまった。音楽、セリフの類が一切ない。豚の家族を軸に、動物の営みをひたすら写す。というか、まなざしている作品である。食事に例えるなら、見栄えのする豪華なフルコースとは真逆の、どこの家の食卓にもある茶碗一杯のご飯なのに、米の一粒一粒まで艶やかで、食べる喜びにあふれる幸せなご飯とでもいおうか。

色を減らして(モノクロにして)情報量をしぼっていることで、余計に動物の一挙一動から目が離せない。映像に没入し、あたかも自分が豚と喋っている、何がしかの会話を交わしているかのような感覚に陥る。観るというよりも体験する、という言葉がふさわしい。

当然ながら、豚たちには目があって、耳があって、世界を知覚している。子に乳を与える母豚グンダの煙たげな、しかし深く満足しているかのような慈愛に満ちた表情に、人間の母親が抱くのと同じ、子への愛が滲む。そして、豚も鶏も牛も、人間のすぐ隣で懸命に生きている。そんなことを随所で強く感じさせた。

テロップに汚染され、視聴者を子ども扱いする昨今のテレビ番組とは対極にある。動物の動きに合わせて都合のいいナレーションをつけたりしないし、動物を代弁したりもしない。もちろん演出的な努力はいくつも隠れているのだろうが、出演しているのは、基本的に人間の意のままにならない生きた動物である。動物たちはなんの忖度も、おもねりも、格好つけたりもしていない「素」そのものだ。偶然の動き、無意識の表情、出会ってしまった場面を十二分に生かしつつ、「それでいいんだ」と確信をもってまとめあげた監督に敬意を表したい。

日常の何気ない場所が未知の宇宙にもなりうる、ということをこともなげに披露した本作は、昨今のドキュメンタリーの中では間違いなく傑出した一作である。

文:石川直樹/写真家辺境と都市の往還の旅を通して写真集や写真絵本を発表。2020 年、『EVEREST』(CCC メディアハウス刊)、『まれびと』(小学館刊)が、日本写真協会賞作家賞を受賞。公開中の映画『Shari』では撮影監督を務めている。

『GUNDA /グンダ』監督・脚本・編集・撮影/ヴィクトル・コサコフスキーエグゼクティブ・プロデューサー/ホアキン・フェニックス2020年、アメリカ・ノルウェー映画93分配給/ビターズ・エンド12月10日より、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほか全国順次公開https://bitters.co.jp/GUNDA新型コロナウイルス感染症の影響により、公開時期が変更となる場合があります。最新情報は各作品のHPをご確認ください。

※『フィガロジャポン』2022年1月号より抜粋

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