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家入レオ「言葉は目に見えないファッション」vol.42私の普通と当たり前

  • 2021.11.26
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クォーター・ライフ・クライシス。それは、人生の4分の1を過ぎた20代後半〜30代前半のころに訪れがちな、幸福の低迷期を表す言葉だ。26歳の家入レオさんもそれを実感し、揺らいでいる。「自分をごまかさないで、正直に生きたい」家入さん自身が今感じる心の内面を丁寧にすくった連載エッセイ。前回はvol.41秋の日の雨の朝

vol.42私の普通と当たり前

晴れた日の自由が丘。駅前ロータリーで落ち合って踏切待ちをしながら彼女の話に相槌を打つ。いつも通り全くのノープラン。仕事に向かう時間だけ伝えてある。電車の走行音。目線を少し上に上げると銀色の車両が昼前の日差しを反射させながら横切って行った。何か食べるには時間が早過ぎるし街を歩きながら話す雰囲気でもなかったので、カフェにでも入ろうと提案すると彼女が喋りながら左の道を指差したのでありがたくその指示に従った。

桜並木の両側には心をくすぐられるスイーツ店やセレクトショップ、何気ない日々をスペシャルにする雑貨屋さんやお花屋さん。お洒落でありながらどこかホッとする空気感が漂うのは、賑やかな通りを抜けると閑静な住宅街が広がっているからだろうな、と犬の散歩をしているおじいさんや電動自転車の後ろに子供を乗せたお母さんとすれ違いながら思った。彼女が連れて行ってくれたのは純喫茶で私は散々迷ってからブレンドコーヒーを注文した。店内の客層は随分と落ち着いていて、お冷に口をつけながら「良いお店だね」と彼女に伝えると困った顔で小さく微笑まれ、なんとなく手持ち無沙汰な気持ちになったので「久しぶりに自由が丘に来た」と訳もなく言ってみたりした。淹れたてのコーヒーがテーブルに運ばれて来た時、彼女の実家に遊びに行った時のことを思い出した。夜ご飯をご馳走になり、食後にケーキを頂くことに。彼女と彼女の妹と食卓で話しながらキッチンに立っているお母さんの様子も気になって…そっと目を向けると。あっ!ティーカップをお湯で当たり前のように温めている…!紅茶も日本茶もコーヒーもカップを温めてから淹れた方が最後まで香りや味が持続する、と昔私も習ったことがあるけれど実践したことなんてほとんどない…と恥ずかしながら淹れていただいたコーヒーを飲みながら伝えたのだった。

懐かしい気持ちで、あれには驚かされたと自由が丘の純喫茶で笑う私を見て、今度は彼女も一緒に笑った。そして「うちの母の実家は…」と素麺の時は天ぷらと決まっていたらしい、と話して聞かせてくれた。簡単な素麺にはひと手間いる天ぷら、コーヒーを淹れる時はティーカップを温める、もやしは根切りする「これが普通」と小さい頃から教えられて来たから、母親にとってそれは当たり前。でもちゃんと人間だから、疲れていたり、面倒くさかったり、夏だと火の前に勿論長時間立ちたくない。だけどそんな時は「これが私の普通」と彼女の母親は乗り切るらしい。お洒落は我慢、と似たような浪漫を感じる。それを聞いて、これが育ちというものかもな、と私は感動した。何を当たり前、として教えていくか。残念ながら私には素麺に毎度天ぷらなんてことは出来ないけれど、家事をする時、面倒くさいが勝ってしまいそうな時は、これが私の普通!と、どうせやらねばならぬならきっちりやろうと密かに決意したのだった。

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