1. トップ
  2. おでかけ
  3. 現実とフィクションの垣根を越える体験型演劇「イマーシブシアター」とは?

現実とフィクションの垣根を越える体験型演劇「イマーシブシアター」とは?

  • 2021.11.16

2018年頃から日本でもその名を聞くことが増えてきた「イマーシブシアター」。世界ではすでに新しい演劇ジャンルとして確立しつつあり、日本でも演劇ファンのみならず、新しいエンタメを求める人々の注目を集めつつある。「イマーシブシアター」は何が新しく、魅力的なのか?世界中で話題のこの新しい演劇のカタチを紐解こう。

イマーシブシアターとは?

イマーシブ(IMMERSIVE)は「没入」を意味する。イマーシブシアターは直訳すれば「没入型劇場」ということ。何をもって没入というのか?それは、私たちが普段しているドラマ鑑賞や演劇鑑賞の“真逆”と考えればわかりやすいかもしれない。

普通(当たり前すぎるのだが)、ドラマを観ているとき、観ているドラマの世界はあくまでフィクションであり、それを観ている“私”はリアルの世界にいる。モニター越しならば自明のことだが、劇場に行って演劇を観る時も基本的には同じ状態だ。舞台上の役者たちは「今、ここ」にいる生身の人間だけれども、あくまでフィクションの世界で演じていることを前提に私たちは鑑賞している。

ちなみに劇場で演劇を観ることが苦手で「恥ずかしくなってしまう」という人の理由の多くは、この「観客が積極的にフィクションを容認すること」への抵抗感にあるといっていい。同じ空間にいる生身の人間が、目の前で架空の世界の架空の人物として振る舞っていることにどうしても違和感を抱いてしまう……。それは自分の立ち位置であるリアルを強く認識しすぎて、フィクションとの垣根をうまく脳内で整理できないのであろう。

没入型劇場は、そのフィクションとリアルの垣根を越えることを観客に要求する。しかも、リアル側ではなくフィクション側に飛び込んでいく。つまり、役者たちのいる世界に、自ら飛び込んで“没入”していくという鑑賞法なのだ。

イマーシブシアターの歴史

イマーシブシアターの始まりはイギリスの舞台監督フェリックス・バレットが2000年に立ち上げた劇団「パンチドランク」といわれている。パンチドランクは、当初からシェイクスピアやチェーホフといった古典演劇の作品を現代風にアレンジ。集まった観客に何かしらの役を演じる要求をしたり、会場は廃墟や街の広場で上演するプロムナード型の公演を行ったりしていた。その独特の演出手法がロンドンの演劇通の間で話題になり、観客と役者とのインタラクティブな演出やプロムナード型の公演を総じて「イマーシブシアター」と評されるようになっていく。

Yaniv Schulman for The McKittrick HotelHarumari Inc.

カルチャー好きの人ならどこかで聞いたことがあるかもしれない『スリープ・ノー・モア』という作品名。これもフェリックス率いるパンチドランクが中心に手がけた作品だ。初演はロンドン・ウエストエンドで2003年。9.11後のニューヨークのオフブロードウェイで初上演され反響を呼んだ。そして2011年にはマンハッタン・チェルシーにあった廃墟のマッキトリックホテル(1939年に当時マンハッタンで最も豪華なホテルとして建築されながらオープン前に廃業した伝説のホテル)を『スリープ・ノー・モア』専用劇場として改装し、この場所を舞台に長く上演されることとなる。基本的にイマーシブシアターの代表格といえばこの『スリープ・ノー・モア』であり、現在イマーシブシアターを上演する劇団は少なからず影響を受けているだろう。

イマーシブシアターの金字塔。ブロードウェイ『Sleep No More(スリープ・ノー・モア)』

Robin Roemer for The McKittrick HotelHarumari Inc.

現在もロングラン上演されている作品『スリープ・ノー・モア』は、イマーシブシアターの新しさと魅力のすべてを体現しているといっても過言ではない。観客がフィクションの世界に没入する様々な演出手法の一端を紹介していこう。

① チケットはなく「ホテルの予約」をする
『スリープ・ノー・モア』では、一般的な演劇チケットの購入の代わりに会場となるマッキトリックホテルの予約をするスタイルをとる。そう、すでにこの段階で観客は『スリープ・ノー・モア』の世界の側へ関与することを要求されるのである。そして、予約した期日に会場を訪れると順番にチェックインを行うこととなる。

② 手荷物はNG。観客全員が白い仮面をつける
会場に入ると手荷物を預け、1枚のカードと白い仮面を渡される。これは観客が演劇の世界に入る込むためのフォーマットのようなもので、これからホテルで起こる出来事や出会う人との会話に対して「この世界の中の人」であることを求められるわけだ。

③ 会場内はひとりで動き回る。自分の動きで物語を作っていく
白い仮面をつけて、架空の廃ホテルに足を一歩踏み入れると、そこは不思議な物語の世界が広がっている。シェイクスピアの悲劇『マクベス』をベースにした物語に、観客は「アノニマス(見えざる者)として参加する事となる。美術セットが施された部屋=“舞台”は約100もあり、観客はその中を回遊しながらさまざまなドラマを目撃し、参加していくのだ。回った部屋によって見えるドラマも違うので、観客各々が鑑賞した演劇はまったく違うものになっているといえるだろう。

④ フィクションの世界にリアリティを感じる演出
物語が進行する中で、演者が観客に話しかけることもあり、逆に、舞台美術として用意されているものを実際に飲食してもよい。会場内の2階にはバーがあって普通にバーとして楽しむことも出来るが、フィクションの世界の中にいるようなリアリティを感じられる演出が施されている。こうした「リアルなフィクション」ともいえる感覚は、座席から舞台を鑑賞している演劇では味わえないポイントだろう。

イマーシブシアターはアトラクションか?芸術か?

このように日常と非日常、舞台と客席、フィクションとノンフィクション、役者と観客などあらゆる境界がゆるく曖昧になっていることで観客に迫り来る深い没入感こそがイマーシブシアターの面白さの一つである。なのだ。ここまで、演出面を強調してしまうと「これはドラマではなくアトラクションか?」と感じてしまう人もいるかも知れない。フィクションへの没入を楽しむという点ではディズニーランドのようなテーマパークだって非日常への没入ができるし、最近ではVRのような仮想現実も没入型のエンタテインメントだ。それらとイマーシブシアターはどう違うのか?

『スリープ・ノー・モア』がそうしたアトラクションと一線を画すのはやはりドラマとしての完成度である。パンチドランクを率いるフェリックスは、古典演劇に精通しており、そのベースはあくまで演劇としての作品性と演出を追求している。実際『スリープ・ノー・モア』もシェイクスピアの『マクベス』のストーリーや世界観から創作されている。登場人物のキャラクター性や、会場で起こる出来事のドラマ性は、観客がその世界に感情移入し、鑑賞しながら苦悩し、感動し、共感し、ドラマの結末に向かってカタルシスを覚えるに十分なドラマトゥルギーを備えている。ネタバレになるのでその詳細は語れないものの、あくまでひとつの演劇鑑賞としても満足できることが『スリープ・ノー・モア』の特徴であり、イマーシブシアターが単なるアトラクションを超えたドラマ体験である理由なのだ。

Sleep No More(スリープ・ノー・モア)』公式サイト

日本におけるイマーシブシアター

観客を物語の世界に強制的に巻きこんだり、リアルの世界にフィクションを持ち込んだりといったイマーシブシアター的演出は、実は日本でも古くから上演されてきた。古くは1970年代の寺山修司主宰「天井桟敷」や2000年代に入ってからの高山明の「Port B」などは、いわゆるプロムナード型の「リアルの世界に虚構を持ち込む」手法を試みてきた。ただ、それらはあくまで演劇における “前衛的な演出”の一端であり、そこから新しいエンタメとしてのイマーシブシアターが生まれることはなかった。
日本で「イマーシブシアター」という言葉を使って上演された作品としては2017年のダンスカンパニー・DAZZLEによる『Touch the Dark』が挙げられる。会場は不詳(チケット購入者にだけ知らされる)、建物をまるごと使った世界観作り、観客にフィクションの中での役割を担わせるといった現在の「イマーシブシアター」のフォーマットとも言える演出であり、当時はチケットが発売後即完売という人気を博した。

さらに2018年に入ると、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンがハロウィン限定イベントして始めた『ホテル・アルバート』。テレビの情報番組でも取り上げられるほどの反響となった同作は翌年には『ホテル・アルバート2』としてUSJ内で再演。その後のコロナ禍にあって継続上演はされなくなったしまったものの「イマーシブシアター」という名を一気に世間に広めた功績は大きい。

https://www.usj.co.jp/company/news/2018/hoeuqg0000002vsh-att/0808.pdf

このように日本では、どちらかというと演劇文脈ではなく、エンタメ文脈から普及しつつある状況だがコロナ禍を経て様々なアプローチのイマーシブシアターが上演されはじめており、今後のドラマエンタメとして進化が期待されている。

今、楽しめる日本のイマーシブシアター

それでは、実際に今、体験できるイマーシブシアターを3つ紹介していこう。

①日本初の常設イマーシブシアター劇場を持つダンスカンパニー「Dazzle」

1996年の結成以来、ストリートダンスとコンテンポラリーダンスを融合した唯一無二のスタイルを追求しているダンスカンパニー「Dazzle(ダズル)」。映画・漫画・ゲームなどのジャパニーズカルチャーを積極的に取り入れ、映像によるテキストやナレーションを採用した独創的な作品を生み出し続けている。近年イマーシブシアター公演に注力していた彼らは今年の6月、お台場に常設の劇場「Venus of TOKYO(ヴィーナスオブトーキョー)」をオープンさせた。

「Venus of TOKYO」は、特別に招待された者しか立ち入ることができない、秘密クラブで行われるオークション。そこで黄金の林檎がその手に握られていたという伝説のある「ミロのヴィーナスの失われた左手」が出品されるという噂から始まるミステリー。
本作は、出演者がセリフを発することなくダンスと一部のナレーションのみで進行し、観客も入場時に配られる指定のマスクを着用、演者も観客も声を発することなく作品に没入できる演出となっているため、公演の中で会話を必要としない、コロナ禍でも楽しむことができるエンタテインメントだ。

②謎解きブームの震源地「SCRAP」がつくるイマーシブなミステリー

2つ目は、リアル脱出ゲームを中心としたイベントの企画・運営を行う株式会社SCRAPだ。リアル脱出ゲームや体験型謎解きイベントなど、ゲーム性の高いイベントを作っている彼らが手がける演劇も、イマーシブシアターのひとつといえる。一度の公演を複数の観客が参加するのではなく、参加者(もしくはグループ)ごとに演劇が成立するように設計されているのがSCRAPのつくるイマーシブシアターの特徴だ。

代表のきださおりさんは、これまでSCRAPのイベント内でも公表しているように、“体験ジャンキー”といわれている。
同じ作品を見ても、一人ひとり体験が違うという事実が体験者同士の会話に繋がる。そして、他人に語ることでより体験が深くなっていく。消費されるだけの作品とは違い、強い衝動を引き起こすエキサイティングな世界が魅力なのだと語る。

「体験型イベントは、世の中の状況や、気候や、場所を活かした作り方が出来るのも面白いポイントだと思います。例えば冬なら『寒い』という状況だからこそ楽しいことを考えたり、場所や接待に適した衣装をドレスコードに採用したり。自分が生きている世界の状況を活用していけたらと思います。今なら、かっこいいフェイスシールドを活かした演出もありだと思いますし(笑)。オフィスでも、喫茶店でも、広場でも、宿泊施設でも、どこでも舞台にすることができると考えています」

多様な業界からイベント企画の相談が舞い込むSCRAPはさまざまな“場所”を最大限活かすイベントや演劇をつくっていく、いわばイマーシブシアター界の企画屋といえるだろう。

過去インタビュー記事:https://harumari.tokyo/53596/

SCRAP
https://www.scrapmagazine.com/event/Harumari Inc.
③ホテルと演劇を融合させた「泊まれる演劇」

ホテルを舞台にしたイマーシブシアター公演を行なっている「泊まれる演劇」。彼らのチームは関西を中心にホテル業を営む「株式会社L&Gグローバルビジネス」内のプロジェクトだ。運営を担う「HOTEL SHE」を中心に、ホテルを舞台とした作品を精力的に発表している。

過去作:ANOTHER DOORよりHarumari Inc.

彼らの公演最大の特徴は宿泊を伴い、まさに舞台となった場所での滞在時間が長く、コンテンツの体験時間も長いということだ。
その分、物語の世界への没入度は非常に高く、個性的な世界観のファンも多い。

過去作:ANOTHER DOORよりHarumari Inc.

コロナ禍においてはオンラインでの公演を行っていたが、クリエイティブへのこだわりを含め、世界観の作り込みがしっかりしていたのが観客としても嬉しいポイント。前情報がなくても物語に惹き込まれていく、演者や物語の個性の強さが際立っている。

泊まれる演劇
https://www.tomareruengeki.comHarumari Inc.

演劇をはじめリアルな“場所”がようやく再始動し始めた2021年秋。ニューヨーク『スリープ・ノー・モア』も2022年秋の再演が決まっている。コロナ禍で加速した、部屋のなかでのエンタメも便利でいい。VODの便利さと手軽さは、エンタメを劇的に身近にしてくれた。だが、リアルな場所でのパフォーマンス鑑賞はまったく別の感動を私たちにくれるだろう。特に物語への没入が深ければ深いほど、感動も共感も強く感じる。イマーシブシアターは、エンタメに飢えたいまの私たちこそ、体験すべきコンテンツといえる。

元記事で読む
の記事をもっとみる