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フェミニズム文学の今までとこれから|読みたい!韓国の物語 vol.2

  • 2021.11.9

書店をのぞけば韓国発の作品がずらりと並ぶ昨今。いったい何から読んだらいい?どう味わえばいい?ビギナーにも愛読者にもおすすめの読書案内です。

フェミニズム文学の
今までとこれから

大ヒットした『82年生まれ、キム・ジヨン』。現在も加速し続けるフェミニズムの波は、この作品が起因のひとつ。では韓国の文壇でキム・ジヨン以前の女性たちの声はどう扱われていたのか、次に作家たちはどんな形で作品に映し出すのか。邦訳を多く手がける翻訳家の小山内園子さんに聞いた。

キム・ジヨン以前は
個人に回収される物語だった

エポックメイキングな作品『82年生まれ、キム・ジヨン』を軸に、それ以前、以後、近い将来の韓国文学フェミニズムについて、小山内園子さんとともに見ていきたい。

「まず、20世紀からキム・ジヨンまでの長い年月で韓国文学に見るフェミニズムを大枠で捉えると、3人の女性作家が浮かび上がります。ナ・ヘソクさんは20世紀前半に活動した朝鮮初の女性西洋画家であり作家。女性の解放を訴え新たな生き方を模索する小説『瓊姫』を発表しました」

〝新女性〟と呼ばれたナ・ヘソクだが、夫から一方的に離婚され、晩年は豊かな才能にもかかわらず不遇な日々を送った。

「パク・ワンソさんは80年代にフェミニズム小説三部作を発表、自立の足かせとなる現実をあぶり出しました。そのうちの一作『結婚』は、母娘の2世代の結婚を対比的に描いています。

90年代に出たコン・ジヨンさんの『サイの角のようにひとりで行け』は、一見男女平等の社会に見えながら相変わらず役割に縛りつけられている30代の女性3人の話。この頃の小説では、男性が女性を殴るシーンがとても多い。『私だけじゃない』とか『私の家はまだまし』と大きな共感を呼んだ分、個人の物語として回収され、社会のうねりにはなりづらかったと言えます」

社会に対して作品で改善を呼びかける
キム・ジヨン以後

23歳の女性が面識のない男に殺され、女性たちが声を上げるきっかけとなった江南駅殺人事件。『82年生まれ、キム・ジヨン』は事件と同じ年に出版され、その機運の高まりと相まってヒットしたとされる。

「著者のチョ・ナムジュさんはとても聞き上手な人で、キム・ジヨンのあとに上梓した『彼女の名前は』は、多くの女性たちに話を聞いて書かれた小説集です。キム・ジヨンを読んで共感し理解したという段階から、さらに先へというメッセージを感じます」

殴る場面も時を経て、抑圧という暴力で描かれるように。小説が社会に投げるひとつの石のようになる動きは、その後活発に続く。

「『ヒョンナムオッパへ』は、韓国では2 0 1 7年に出た7人の作家たちによる短編集。女性作家たちの、この先は今までの語られ方ではない方法でフェミニズムを書いていこうとする、実験的な姿勢が読み取れます」

『私は自分のパイを求めるだけであって人類を救いにきたわけじゃない』は2019年刊行のエッセイ集。著者のキム・ジナはバリキャリだった自分に途中でダメ出しし、その反省を書いている。これは次世代にバトンを渡すためで、そういう意識が韓国社会には根づいていることに気づかされる。

「キム・ジヨン後は小説もエッセイも、もはや個人に回収せず、明らかに社会へ、そして次世代に向けてのメッセージが感じられます。また、フェミニズムの問題が専門書や論文ではなく、小説やエッセイと身近な形で読めるようになったのも進化だと思います」

あらゆる形で表出する
この先の韓国フェミニズム

2021年夏以降もさらに幅広い作品が邦訳される予定が組まれている。チョ・ナムジュの『私たちの書いたこと』やク・ビョンモの『破果』、カン・ファギルの『大丈夫な人』(すべて原題)など、新作もあれば韓国でのロングセラー小説の邦訳も進んでいる。

「最初にあげたナ・ヘソクさんも、翻訳本が刊行予定。20世紀前半の作品を紹介することで、女性が差別や不平等にどう苦闘してきたか、フェミニズムの系譜が確認できます」

これからの韓国文学のフェミニズムは、多方向への広がりを予感させる。

「作家が取り組んでいるのは、女性の問題をどう読み解き、描いていくか。社会に定着させるために手探りの続いていることが、新しい作品から受け取れます。今後はフェミニズムがあらゆるジャンル、たとえばクィア小説でも書かれていくでしょう。それは女性の問題自体が人権意識の問題だから。この先もさまざまな形で作品に出てくると思います」

『82年生まれ、キム・ジヨン』
チョ・ナムジュ

33歳のキム・ジヨンの抑圧されてきた人生から、女性の生きづらさを可視化する。映画化もされた長編小説。(斎藤真理子訳/筑摩書房/¥1,650)

“キム・ジヨン”以前

『結婚』
朴婉緖(パク・ワンソ)

男女平等の理想の結婚をしたはずが破綻する娘と、夫から離婚を言い渡されても妻の座にしがみつく母。二世代の結婚を対比して描き、韓国社会に巣くう矛盾を活写する。韓国ドラマのような長編小説。(中野宣子訳/學藝書林)

『サイの角のようにひとりで行け』
孔枝泳(コン・ジヨン)

形式的には女性差別のない社会で育った、最初の世代である31歳の女性3人。しかし役割の押しつけや不平等から、仕事も結婚も暗礁に乗り上げる。自己主張をしながらも不安を抱える女性心理を描く。(石坂浩一訳/新幹社)

“キム・ジヨン”以後

『ヒョンナムオッパへ:
韓国フェミニズム小説集』
チョ・ナムジュ、チェ・ウニョン、
キム・イソルほか

7人の女性作家による短編のアンソロジー。役割を押しつけられる、マンスプレイニングされるなど、女性たちの違和感を可視化。多方向のアプローチでフェミニズムに触れ連帯に導く。(斎藤真理子訳/白水社/¥1,980)

『彼女の名前は』
チョ・ナムジュ

あらゆる年代の数多くの女性に聞いた話から、非正規雇用や貧困、介護など現代の社会問題を織り込み、立ち上げた28の短編。次世代の人へのメッセージが読み取れる。(小山内園子、すんみ訳/筑摩書房/¥1,760)

『私は自分のパイを求めるだけであって
人類を救いにきたわけじゃない』
キム・ジナ

男性社会に迎合し自分を見失っていた著者が、過去を振り返って反省する。若い世代に響くエッセイ集。著者は今春のソウル市長選挙に立候補。落選するも4位に食い込んだ。(すんみ、小山内園子訳/祥伝社/¥1,650)

これから

『破果(原題)』
ク・ビョンモ

老いを自覚する65歳の女殺し屋の最後の闘いを描き、韓国でロングセラーとなっているノワール小説。高齢のシングル女性というマイノリティの生きづらさにも着目。岩波書店から刊行予定。

『大丈夫な人(原題)』
カン・ファギル

湖畔で倒れていた友達の「忘れてきた何か」を探そうと、主人公は友達の恋人から誘われるが……。『別の人』の著者の最初の著作となった短編集。白水社から刊行予定。

『ナ・ヘソク短編集(原題)』
ナ・ヘソク

この短編集から一編を選び邦訳。エトセトラブックスから刊行予定で、現在作品を選定中。20世紀のフェミニズム小説にあらためて光を当てる。

『私たちの書いたこと(原題)』
チョ・ナムジュ

2021年6月に韓国で刊行されたばかり。コロナ禍での小学生の初恋や、男がいなくなった家で生まれる姑と嫁のシスターフッドなど、『82年生まれ、キム・ジヨン』後の女性たちの物語を収めた短編集。筑摩書房から刊行予定。

GINZA2021年9月号掲載

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