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注目の作家が紡ぐ、国境を越える力強い言葉|読みたい!韓国の物語 vol.1

  • 2021.11.4

書店をのぞけば韓国発の作品がずらりと並ぶ昨今。いったい何から読んだらいい?どう味わえばいい?ビギナーにも愛読者にもおすすめの読書案内です。

注目の作家が紡ぐ
国境を越える力強い言葉

日本でのブームはますます広がりをみせ、邦訳される数も圧倒的に増えてきた。 多くの書き手から政治や社会問題を軸に、韓国の今を多様な手法で描く作家と作品を書評家の江南亜美子さんがセレクト。この5人と5冊から扉を開いて。

韓国の今を生きる女性たちが男性中心主義の社会で体験してきた理不尽に対し、声をあげ始めるひとつのきっかけとなったのが、2016年のチョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』の出版だった。同年には、江南駅近くで23歳の女性が面識のない男に殺害される実際の事件も起き、長年女性たちの心の奥に沈殿していた諦念は揺り起こされ、怒りという社会変革につながるエネルギーへと変わっていった。

近年の韓国現代文学の翻訳ブームの裏には、日本の読者たちの共感と連帯の意思がある。韓国の作家が、政治・社会的なテーマを積極的に小説に導入することは、ある意味で新鮮な驚きとしてあり、と同時に、社会を変えようとの強い思いは、国境を越えて私たちをも揺さぶった。

経済格差の問題も、苛酷な能力主義による疲弊も、性的マイノリティへの頑固な不寛容も、人命を軽視する政権への批判も、作家は真摯に描いてきた。その怒りは、私たちにも共通すると、きっと気づくはずだ。

社会変革の希求というメッセージは同じでも、書くスタイルはさまざまだ。例えばパク・ソルメは暴力の手触りと不思議な語りの距離感を同居させることで、非当事者性を浮き彫りにする。チョン・イヒョンは家族内にも、人と人との共感や連帯をはばむ障壁があると見抜く。チョン・セランらはSF的な手法により、リアリズムで押し切るのでは届かない層へもアプローチしてみせる。

世界をいい方向へ転換し、未来に責任を持つ。作家にはその仕事ができる—。今回とり上げる5作品には、そうしたバイブスが満ちている。そのうねりを受け止めよう。

ユン・イヒョン
『小さな心の同好会』
#いろんな味の短編つめあわせ #人にやさしく

自分らしくあるとはどういうこと?本書にはファンタジーやSF、リアリズムなど作風の異なる11編が収録されるが、一冊を通じたメッセージはシンプル。自分らしさを尊重するためにも、他人の価値観の否定はせず、違ったもの同士でも連帯しようというものだ。子どもを持つかどうかで意見が対立するレズビアンカップルや、上司の性暴力を告発する後輩の姿に事実と向きあう決心をする女性などが描かれる。連帯には葛藤がつきものだが、対話は諦めたら終わり。いまは理解しあえなくても、ともによりよい未来を夢見て。(古川綾子訳/亜紀書房/¥1,760)

チョン・セラン
『声をあげます』
#SF #地球は人類のもの? #ユーモアたっぷり

一人ひとりの生きづらさをテーマにした『フィフティ・ピーブル』の作家は、本作でSF的なジャンルに挑戦。表題作は、自分の声が原因で教え子たちが次々と殺人を犯してしまう教師が登場し、当局から声帯除去を命じらせる。「リセット」は、巨大ミミズの襲来で地球が滅亡する物語。いずれも基調はユーモラスで荒唐無稽だが、行きすぎた文明社会の批判と読める。「人類はもう、人類のために他の種を蹂躙しない」。自分の有害さに自覚的な人類が描かれるのが特徴だ。人間中心主義の価値観がひっくりかえる(?)読書体験を。(斎藤真理子訳/亜紀書房/¥1,760)

パク・ソルメ
『もう死んでいる 十二人の女たちと』
#独特のリズムで #リアリズム #ハードコア社会派

韓国の民主化運動の光州事件、女性嫌悪に基づく無差別殺人、原発事故……。実際の出来事を材に、独自のアプローチで物語展開できるのが、この著者の強みだ。当事者の恐怖も、非当事者の現実感の希薄さも、彼女は自在に描く。そこにある世界の非情さに、筆一本で立ち向かうクールさで。暴力が日常を突き破って顕現するさまを、淡々としたスタイルで描くことで、非当事者の無関心という、それぞれの距離感も映し出すのだ。社会的であることが作家の条件であるような現代韓国文芸界のなかでも、異彩を放つ一冊。(斎藤真理子訳/白水社/¥2,200)

チョン・イヒョン
『きみは知らない』
#リアリズム #家族とは #シリアスだけど希望あり

『優しい暴力の時代』で、人々の分断や苛烈な競争原理など、さまざまな暴力の姿を描いた著者。本書は、11歳の少女の失踪をきっかけに、裕福なある家族の秘密と裏側が浮き彫りになる心理サスペンスだ。父親は後ろ暗い貿易の仕事をし、在韓華僑の母親は台北で男と密会する。年の離れた兄と姉にも悩みが…。誰にも関与できない孤独感をいだく登場人物たち。著者は、家族間のヒリヒリした関係を描くと同時に、意外な人物に自己犠牲させることで、人間存在の奥深さを読者に突きつける。他者理解の難しさよ。(橋本智保訳/新泉社/¥2,530)

キム・チョヨプ
『わたしたちが 光の速さで進めないなら』
#せつない系SF #短編集 #他者との共生は夢?

たしかな科学的知識に裏打ちされた楽しいSF小説集だが、物語に流れるのは、現代社会への批評性だ。「館内紛失」では、亡き母の記憶が保管された図書館で娘は、キャリア形成が切断された母の無念に直面する。表題作で女性科学者は、効率至上主義の宇宙連邦の意思決定により、家族との100年の別離を余儀なくされる。弱者の呑みこんでしまった小さな声を、SFという形式を借りつつ、拾い上げていくこの新世代作家は、弱者が明るいほうへと進む瞬間をとらえるのがうまい。読み心地もいい。(カン・バンファ、ユン・ジヨン訳/早川書房/¥1,980)

GINZA2021年9月号掲載

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