バレンタイン直後、イズミからのチョコを受け取ろうとタナカ先輩のLINEに連絡すると、「ゴメン、騙せなかった」そんな返事がきて、ぎょっとした。
どうか単純すぎる俺に罰を【彼氏の顔が覚えられません 第37話】
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慌てて通話してみると、「無理だよ! ムリムリ! イズミちゃんの顔見た瞬間、騙せないって思った!」なんて声。しかも俺が部室に行けなかった理由も、俺がLINEで送った通り「デート」だったとバカ正直に伝えてしまったらしい。
サー…と血の気が引いていく。
「ちょ…じゃあ、なんで代役引き受けてくれたんスか!?」
「そ、それはだな…つまり…カズヤが他のバカに頼んでイズミちゃんを騙すぐらいなら、俺が引き受けようと…い、いや、ちがう…ちがうちがうっ。正直に言うよ。うん。最初から、イズミちゃんを騙す気なんてなかった。カズヤ裏切って、全部ぶちまけるつもりだった」
「はぁ!? ちょっ…嘘でしょ? 先輩、イズミに直接フラれて、もう未練ないハズでしょ? 俺とイズミの恋路、応援してくれるって言ってたじゃ…」
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
突然の大声に、思わずスマホを離す。20センチくらい離しても、先輩の怒鳴り声はクッキリ聞こえた。
「応援してた! 応援してたさ!! だからこそ、こうやって騙すなんて信じられなかったんだ…カズヤ、お前、サイテーだ! イズミちゃんとは破局してしまえ! それがイズミちゃんのためだ! じゃあなっ!!」
通話は、向こうから切れた。
これぐらい怒鳴られれば、タナカ先輩を恨む気持ちはさっぱりわいてこなかった。そうだ、サイテーなのは俺だ。最愛の人を、騙すような真似をしてしまうなんて。
1月、シノザキに言われたセリフが蘇った。「一回、イズミに全力で嫌われてみたらいいのに」
あのとき、「なんで嫌われなきゃならないんだ」なんて返しながら、その結果がこれとは…。
そしてこのとき、俺の部屋にイズミからもらう予定だったチョコはない。代わりにあるのは、マナミからの「義理チョコ」だ。
リボンをほどき、包みを開く。中から出てきたブラウニーは手作り。どこからどう見ても本命だ。
なんで受け取ってしまったのか。そして俺は、これを今からどうしようとしているのか。
バレンタイン当日、渋谷のスタジオでギターの練習をしながら、シノザキは俺に言った。
「ぜんぜん気づかなかったかもしれないけど、私、タニムラくんのことスキだったんだよ。高校のころから…でも、デブってどころじゃなかったし、牛乳瓶みたいなメガネしてたし…引っ込み事案だったし」
…高校時代の話だよな? まさか今の俺に告白だなんて、そんなことないよな――。
「イズミみたいなカワイイ子と一緒にいるとこずっと見てて、嫉妬してた…私がどんなにカワイくなったって、イズミには敵わない。だけどね、こないだ二人見てて、思った。すごくギクシャクしてる。あ、これひょっとしてタニムラくん、無理してるなって、すごくわかった」
そうして、渡されたチョコレート。
「いいの。義理だと思っていい。受け取ってよ。でも、もしそれ食べて、私の方がいいなって…いや、そんなおこがましいこと言わない。ラクだな、気軽に付き合えるかもな、って思ってくれたら…もう一回、もう一回だけ、デートしてくれるかな…」
俺の腕を両手でつかんで。――そして、あらぬことか、自分の胸元まで引き寄せて。腕に、やつの胸の柔らかい感触が少しだけ伝わった。あざとい、あざとすぎる! けれど、そんな単純な手に引っかかるほど愚かなのが、男なのだ。
実家の俺の部屋。ラジオからは、ゲスの極み乙女。の「餅ガール」が流れている。その曲を聞きながら、サビのメロディーが脳内にこびりついて離れなくなりながら…。
シノザキからもらったブラウニーを、食べた。
(つづく)
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【恋愛小説『彼氏の顔が覚えられません』は、毎週木曜日配信】
(平原 学)