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「この子のために」が我が子を蝕む。痛いほど突き刺さる「中学受験のリアル」

  • 2021.10.13

「入試問題頻出作家」と呼ばれる朝比奈あすかさん。教室で渦巻く悪意と希望の物語を描いた『君たちは今が世界(すべて)』は、2020年に多数の難関中学の入試で出題され話題に。

このたび、朝比奈さんの書下ろし作『翼の翼』(光文社)が刊行された。本書は、親の気持ちに寄り添い、過熱する親の心情を余すところなく描いた「凄絶な家族小説」。

4年にわたり、ある家族を密着取材したドキュメンタリーを思わせる作品だ。進学塾のクラス分け、学校の序列、ママ友同士のマウンティング、家族の修羅場......。とにかくリアリティが半端ではない。

自身も中学受験の経験者という朝比奈さんが2人のお子さんの中学受験に伴走した経験から、本書は生まれたそうだ。

「中学受験は親子の挑戦 なぜ我が子のことになると、こんなにも苦しいの?」

「この子のために」という愛情

本書は「第一章 八歳」「第二章 十歳」「第三章 十二歳」の構成。

専業主婦の円佳の息子・翼は小学2年生。興味本位で進学塾の「全国一斉実力テスト」を受けたのをきっかけに、中学受験に挑戦することになる。最大手の進学塾に通い、「男子四天王」と呼ばれる難関校を目指す。

進学塾にも中学受験にも縁がなかった円佳は、塾、ライバル、保護者、夫、義父母に振り回され、世間の噂、家族、そして自身のプライドに絡めとられていく――。

円佳には「この子はできる」という自信があった。実際、翼は何の対策もせずに受けたテストでそこそこ良い成績をとり、塾の校舎長から「極めて地頭の良い子」と言われた。

海外赴任中の夫・真治は、中高一貫校の受験経験者である。それでも「まだ小二だろう」と反対したが、水泳を頑張ること、学校を休まないことを条件に、翼の入塾を許可した。

「降りられないバスに乗るような、取り返しのつかないことをしてしまうような」。円佳はそんな心細さを感じつつ......。

「今はただ、翼の未来への選択肢を増やしてあげたいだけなのだ。(中略)『この子のために』というまっさらな愛情には正しさしか見つからず、円佳の頬には笑みが満ちる」

はっきり言って、苦行

翼は小学3年生以来、最上位のクラスに所属していた。しかし、4年生で大幅にクラス落ちしてしまう。

親子で話し合い、水泳のレッスンを減らすこと、塾も水泳もない日は45分勉強して15分休む「集中力を切らさないためのタイムセット」で計5本の勉強をすることを決めたが......。

翼はどうも口だけで、自分から勉強しようとしない。円佳は「あの子、まだまだ自覚が足りないんだわ」と苛立つ。集中力が続かない翼を、脅したりすかしたりして机に向かわせることなど、全く楽しくはなかった。

「はっきり言って、母にとってもこれは苦行だ。先の見えない苦行なのだ。『つーちゃんのためなのよ』疲れてばかりいる息子に、円佳は何度も言うしかなかった」

「ちょっとやってみて、大変そうだったらやめればいいし」――。最初はそんなふうに思っていたのに。今では我が子に過酷なノルマを課し、終わるまで机から逃げることを禁じ、塾のクラス分けに一喜一憂している。

出てきた数字に円佳が上機嫌になればなるほど、翼は「成績を上げれば母親は自分を好きになってくれる」と思うのだった。

光は光のまま

海外赴任を終えた真治が翼の勉強を見るようになると、怒鳴り、罵倒し、手を上げ......。翼はますます追い詰められていく。

ほんの2年前には「全国一斉実力テスト」の決勝大会に進んだこともあったが、小学6年生になった翼の成績は、不思議なまでに下がっていた。

「あそこからの二年で、翼の中のあらゆるものが変わった。いや、その前から、じわじわと翼を蝕むものがあったのかもしれない」

親なのに、いや、親だからこそ、過熱して視野狭窄に陥り、我が子の「翼」を傷めつけてしまう。まっさらな愛情と狂気じみた愛情は紙一重であると、読みながら痛感した。

子育て中の親にとって、特に受験を考えている子の親にとって、本書は痛いほど突き刺さるメッセージ集でもある。ぜひ丸々1冊読んで受けとってほしいが、ここで最後にもう1つ。

「我が子の羽ばたきは、当たり前の空気の中の光の粒を素敵に弾けさせ、円佳の世界をいっそう明るくしてくれた。そして、その光は全て、まごうかたなき本物だった。(中略)光は光のまま、ただ抱きとめてあげれば良かった」

■朝比奈あすかさんプロフィール

1976年東京都生まれ。2000年、大伯母の戦争経験を記録したノンフィクション『光さす故郷へ』発表。06年「憂鬱なハスビーン」で第49回群像新人文学賞を受賞し、小説家デビュー。ほかに『彼女のしあわせ』『不自由な絆』『人間タワー』『人生のピース』『君たちは今が世界(すべて)』など。子どもの生きづらさに寄り添う作品は中学校の試験問題に出題されることが多く、国語入試頻出作家と呼ばれる。

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