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ベイン・アンド・カンパニーに伺った 日本企業再興のヒント、「アジャイル・トランスフォーメーション」とは

  • 2021.10.12
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新型コロナウイルスの世界的流行を受け、日本でも辛く苦しい状況が続いている。世界経済へのインパクトはリーマンショックを遥かに上回り、実需の減少、長期の経済活動の縮小・停滞の最中にある。日本企業にも強制的な変化が迫られ、対顧客業務と社内業務の両面での「変革」を一度に迫られている状況だ。そんな中、『AX(アジャイル・トランスフォーメーション)戦略 次世代型現場力の創造』(東洋経済新報社)が話題だ。世界38か国63拠点のネットワークを展開するコンサルティングファーム「ベイン・アンド・カンパニー」から発行されたこの一冊は、企業が早期に失敗から学ぶことで進化を遂げ、急速に変化する市場に対応できる「アジャイル企業」へ変革するための手法を豊富な実例をもって説いている。そこにはコロナ危機を好機に変え、勝ち残っていくための組織運営のあり方についてのヒントが示されている。同書の監訳・解説を担当されたベイン・アンド・カンパニー東京オフィスのパートナーの石川順也さんとアソシエイト パートナーの市川雅稔さんに伺った。

Bain & Company|べイン・アンド・カンパニー

新型コロナウイルスの世界的流行を受け、日本でも辛く苦しい状況が続いている。世界経済へのインパクトはリーマンショックを遥かに上回り、実需の減少、長期の経済活動の縮小・停滞の最中にある。日本企業にも強制的な変化が迫られ、対顧客業務と社内業務の両面での「変革」を一度に迫られている状況だ。そんな中、『AX(アジャイル・トランスフォーメーション)戦略 次世代型現場力の創造』(東洋経済新報社)が話題だ。世界38か国63拠点のネットワークを展開するコンサルティングファーム「ベイン・アンド・カンパニー」から発行されたこの一冊は、企業が早期に失敗から学ぶことで進化を遂げ、急速に変化する市場に対応できる「アジャイル企業」へ変革するための手法を豊富な実例をもって説いている。そこにはコロナ危機を好機に変え、勝ち残っていくための組織運営のあり方についてのヒントが示されている。同書の監訳・解説を担当されたベイン・アンド・カンパニー東京オフィスのパートナーの石川順也さんとアソシエイト パートナーの市川雅稔さんに伺った。

Text by KONYA Hiroyuki l Photograph by TAKAYANAGI Ken

――『AX(アジャイル・トランスフォーメーション)戦略 次世代型現場力の創造』(ベイン・アンド・カンパニー/東洋経済新報社)の発売おめでとうございます。まずは本書の主題である「AX」という言葉から伺いたいのですが。

石川 はい、本書の「AX」とは「アジャイル・トランスフォーメーション」の略です。「アジャイル」は社内の特定のミッションと専門的知識を有するいくつものチームが、自律マネジメントを前提に、非常に短いスパンで商品やサービスを開発、イノベーションを推進することを指します。「トランスフォーメーション」は「アジャイル」のための業務プロセスや事業構造を抜本的に見直し、企業そのものを大規模変革させることを意味します。

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石川順也さん。ベイン・アンド・カンパニー東京オフィスのパートナー。25年間にわたり、ヘルスケア、食品、飲料から、製造業、金融、投資ファンドまで、様々な業界の企業に対しコンサルティング及びアドバイザリー歴をもつ。

――本書を読んだ印象でいえば、旧来の日本が得意としていた官僚的組織運営ではなく、小さな組織による自由な活動体をイメージするのですが。

石川 そうですね、「AX」とは、企業運営の中で生まれるさまざまな課題や問題に対し、柔軟かつスピーディに対応することで、活き活きとした組織運営を行うための実践的なビジネスの手法と言うこともできます。アジャイルというと、急成長を遂げたテック企業の製品やサービス開発に用いられているイメージが強いかもしれませんが、営業変革や事業開発、コスト削減など、企業の事業運営自体にも活用できます。実践する際、会社や組織の規模は問いません。

市川 残念ながら日本では、決められたことを正しく推進させることは得意なのですが、変化に対する柔軟性に欠く企業が多数見受けられます。状況理解はしつつも、対応そのものが後手後手に回るケースが多いのはその典型でしょう。アジャイルはこのような状況を打破するための手法です。正しいアジャイルが推進できれば、業種を問わず、イノベーションや企業変革を起こすための原動力になります。近年、AXへの取り組みはグローバルに盛んで、欧米での成果は枚挙にいとまがありません。

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市川雅稔さん。ベイン・アンド・カンパニー東京オフィスのアソシエイト パートナー。前述の石川さんと同じく、広範囲な業界企業に対するコンサルティング&アドバイザリー経験をもつ。

――それでもまだまだ日本では一部の層を除き、アジャイルという手法そのものを知らない、もしくは知識としては知っていても実践にまで及ばないという経営者や幹部が多いように思われます。

市川 やるべきことが明確であるにも関わらず、いざ実行するとなると多くの重力が働き、うまく進めることができない。ここでいう重力とは、単なるプレッシャーのみならず、社内のしがらみ、過去のレガシーへの執着などあらゆる内向きの力を指します。市場の競争環境やゲームのルールがグローバルで大きく変化しているにも関わらず、その変化をうまく捉え、企業価値創造に転化することができていない。長年にわたって日本企業は多くの悩みを抱えてきました。これらの主たる原因は往々にして内向きの重力だったりします。この点は皆さん、ご存じの通りだと思います。まさに大手企業あるあるです(笑)。

――つまり、変わらなければならないことは理解していながらも、企業風土やこれまでの成功体験が重力、つまり重しとなって、変化そのものを阻害している、と。

石川 部門横断的な連携を促し、チーム間での高い透明性を確保するためには「官僚主義的経営プロセスからの脱却」も不可欠だと思います。上位下達の指揮命令管理的な環境を良しとするような「官僚主義の組織」では、指示を仰いで承認を得ることを目的とし、すべての情報が中央ハブに集められます。日本の大企業には官僚主義的プロセスを踏む会社が多く、この硬直的な組織体制によって「内向きの重力」が働いてしまうと、組織の改革スピードは遅れ、すでに述べたように結果としてグローバルでの競争力を損なってしまいかねません。

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――確かに日本の企業は承認プロセスが複雑ですが、そこを脱却するには上層部の意識改革も必要ですよね。

石川 そうです。アジャイル企業では、リーダーたちがアジャイルの拡大そのものをアジャイルの取り組みだと見なし、経営幹部たちも1つのアジャイルチームとして企業変革を取り仕切る当事者になっている場合が多く見受けられます。

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ベイン・アンド・カンパニー 東京オフィスのエントランスには、「クライアント、社員、コミュニティに対して正しいことを行う」というTrue Northと呼ばれるベインの信条を意味するコンパスをモチーフとしたグラフィックが掲げられる

――今回のコロナ禍は結果的にあらゆる変化を促したとも言えます。

石川 はい、こうした中、世界中で新型コロナウイルスの感染が拡大し、潮目も大きく変わりました。コロナ禍で未曾有のディスラプションが強制的に起きたことで、既存の価値観が社会全体で刷新されざるを得なくなりましたから。比較的リモートワークやデジタル化が遅れていた日本企業でも、強制的な変革を迫られたことで、デジタル化、バーチャル化、自動化をはじめとする変革が一気に進みはじめているのがその現れです。情報・知識、価値観、選択肢、そして行動。どれも顧客の変化のスピードは増すばかりです。顧客のニーズが急激に変化し、社員が学習モードに入っている今、経営陣は速やかに顧客と社員とのフィードバックループを組み、それを検証、学習、順応に活用すべきだと思います。顧客の変化のスピードに対応できなければ、市場からの脱落・退場が待っているだけです。

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――しかし、自律型の思考そのものの教育を受けてこなかった日本人にとっては、また別の苦手意識も感じられます。

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市川 私たちは経営戦略コンサルタントとして、世界中の何百という企業でのアジャイルの取り組みを見てきました。日本に限らず、欧米でも大企業の多くは、イノベーションを起こすことが難しいと感じていて、イノベーションや変革の取り組みが官僚主義的な組織やプロセスに押しつぶされる事例も少なくはありません。ただ、本来AXとは、小さな、しかし専門的知識をもったチームを作り、それをしがらみから解き放ち、有機的に活動させることから始め、それを段階的にスケールさせていくことを指します。自由度を持たせるとはいえ、有機的であるということはそれらがお互いに作用し合わなければなりません。そのための仕組みを作り、障害となるものを取り払う役目を担うのがマネジメントの役割なのです。つまり、変革を担うアジャイルと、それを提携のプロセスを効率的に動かす官僚主義機構はいわば「対の関係」です。

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――なるほど、変革なしに前進はありませんが、一方で日々のオペレーションを動かすのは管理部門であり、そもそも企業として通常業務を円滑に遂行できていることが大前提ですからね。

石川 その通りです。AXの形は企業の成り立ちや業種、規模などに応じて無数のバリエーションが存在します。ドラスティックな変革は必要ですが、社内に不協和音だけが響いていては意味をなしません。

ーー日本企業が社内でAXを推進していくためには何が必要ですか?

石川 アジャイルの原則はシンプルです。ただし、実践するのは過去の常識と決別するぐらいの「覚悟」が必要です。正しいアジャイルは言うなれば、スタートアップの運営をするようなもの。「改善」ではなく「変革」という意識が必要です。そこにはあらゆる「覚悟」が必要です。新しいこと、つまりアジャイルを信じる「覚悟」、それを拡大させていく「覚悟」、そして過去の成功例から脱却する「覚悟」、社内の不都合な事実と向き合う「覚悟」がない限り、いざ変革に向けて取り組んでも、それは特命の一過性の取り組みで終わってしまい、結局大きな変革には至りません。

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市川 究極のAXは企業全体にアジャイルを拡大させ、アジャイルを企業全体の文化に根付かせることです。顧客価値・ビジネスモデルのイノベーションをミッションとするならば、未知の領域に踏み込む「覚悟」、そして顧客志向の外向きの「変革」が必要です。成功のためには「失敗も大いに結構」。小さな失敗を繰り返しながら、その都度学び、めげずに果敢に攻め続ける姿勢が大切だと思います。

――失敗の許されない雰囲気ではチャレンジもできません。社としての度量も必要とされそうですね。

石川 まずは「アジャイルチームを信頼し、権限を渡す」こと。人がいなければ何もできません。しかし、人がいないと嘆いていても何も変わりません。多少強引でも、社内の精鋭を集め、期間を明確に設定して専任化し、人材がいなければ外部の力を借りて混成チームを作り、その中から人材の発掘と育成を図っていくべきだと思います。「人中心の経営への回帰」と言い換えても良いかもしれません。アジャイルチームに必要なのは、顧客を第一に考え、尖りを持って変革を推し進めるドライブ力のある人材です。モチベーションの高い人材を専任チームに招集することでメンバー個々の自律性が高まり、その結果、顧客やオペレーションに最も近いところで働く社員の視点で「顧客が何に最も価値をおいているのか、徹底的に洗い出し、追求する」こともできるようになります。

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――人中心の経営への回帰。単純な話ですが、人は信頼されることで喜びを覚え、モチベーションも高まります。

市川 アジャイルチームの目的は、イノベーションを通じてビジネスを変革することです。起こすべきイノベーションは3つ。1つは、新しい製品やサービスの開発と顧客体験の改善。次に、業務プロセスを通じ、顧客にソリューションを提供すること。最後は、業務プロセスを支える技術を革新することです。そのためには、アジャイルで取り組む目的やミッションをしっかり切り出し、そこに直結するプロセスや評価制度を明確にし、人事的にも反映させる必要もあります。ぼやけがちなアジャイルへの取り組みに対する評価も明確にしなくてはなりません。つまり、人事制度自体にもイノベーションが必要になります。

――本書の中で、正しく運営されているアジャイルに重大な失敗はないと書かれています。

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石川 市川が少し触れたように、アジャイルでは、失敗からの学習のスピーディな転換が成功の鍵となります。その過程で極めて大切なのは、アジャイルによって「より早く失敗し、失敗から学ぶこと」です。早期の失敗はむしろ、成功を積み重ねることよりも重要だと考えています。事実、あるプログラム開発をしていたチームでは、当初の目的では結果が出せなかったものの、開発途中で偶然見つけたサービスが結果的にヒットしたなどという例もあります。思い切った挑戦をし、早く失敗することで、どこが限界で、失敗した要因は何であったかという学習効果が得られます。日本企業には、失敗を恐れず、積極的にリスクを負い、マイナスの総和を素早い修正によって管理し、リターンの最大化を目指してもらいたいと思っています。「リスクを取らない」「完璧主義」「内向き」「前例踏襲」など、典型的な大企業病に陥っている日本企業は少なくありません。

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市川 ここまで述べてきたAXの実践法は、私たちベイン・アンド・カンパニーが膨大な時間をかけ、グローバル企業がアジャイル企業へと変革していくプロセスを見届けていく中で、繰り返してきた様々な失敗を教訓とし、アジャイル経営成功の虎の巻として学び、血肉としてきた一端です。世界中で働く仲間がワンチームとなり、持続可能で優れた結果をより早く提供するため、様々な業界や経営テーマにおける知識を統合し、クライアントごとにカスタマイズしながら、その支援に尽力しています。

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あらゆる業界の企業支援を行なってきたベイン・アンド・カンパニー。出版される書籍群もバラエティー豊か。近年ではSDGsによる企業価値の向上を説く書籍やレポートも

――今回お話しを伺っていて驚いたのは、経営を数字や商品からだけでなく、人から考えていくアプローチのユニークさでした。

石川 すべての企業は人で成り立っていて、人財は大切な資産です。その資産をあくまで客観的な立場から見させていただき、いかに有機的に機能させていくかがコンサルティングの要諦でもあります。

ーー最後にお伺いします。日本企業の今後の可能性についてお聞かせください。

石川 日本の企業がみな、遅れて手をこまねいているというわけではありません。やれている、やり始めている企業は事実、増えてきています。その潮目がまさに今、新型コロナウイルス激動期で急速に変わりました。すでに述べてきたようにコロナ危機は、従来の事業運営やオペレーションの見直し、デジタル化、バーチャル化、自動化を一気に加速させました。それと同時に、気候変動、エネルギー問題、そしてSDGsと、新たな課題への取り組みも急を要します。しかし同時に、これらのサステイナビリティへの対応は正しく設計、実行できれば、企業の競争力とイノベーションの強化の大きな源泉となるはずです。過去には企業価値向上とトレードオフの関係になる可能性も懸念されましたが、時代が刷新された今、優れた経営にはこれらの問題解決と企業価値向上が相乗効果をもたらすのは間違いありません。社会課題の解決と企業の事業継続が同じ視点やアプローチが必要になるのは必然です。そこに可能性を見出せる企業の登場に期待します。

市川 コロナ危機を変革のための好機と捉え、自社の戦略、オペレーション、コスト構造を再点検し、積極的に変革を推進できる企業こそが次代の勝ち組となり得るのは確かだと思います。そのためのツールとしてAXを用いていただければと思います。

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石川順也
ベイン・アンド・カンパニー東京オフィスのパートナー。東京大学工学部卒業、マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院経営学修士課程(MBA)修了。ベイン参画後、デードベーリング(シカゴ本社、現シーメンスヘルスケア)、ベインキャピタルを経て、再度ベイン・アンド・カンパニーに参画。約25年にわたり、ヘルスケア、食品、飲料、小売、外食、産業財、金融、投資ファンド、アウトソーシング等、様々な業界の企業に対するコンサルティング及びアドバイザリーに携わる。M&A・提携戦略、組織改革、営業戦略、グローバル戦略、サプライチェーン戦略、事業戦略等、多岐にわたるテーマのプロジェクトに数多く参画。東京オフィスの組織および企業変革プラクティスを率いており、またサステイナビリティプラクティス推進も手掛ける。

市川雅稔
ベイン・アンド・カンパニー東京オフィスのアソシエイト パートナー。東京工業大学生命理工学部卒業、東京工業大学生命理工学研究科修了。ノバルティスファーマを経てベインに参画。食品・飲料、ヘルスケア、化粧品、自動車部品、投資ファンドなどの幅広い業界において、国内外企業へのコンサルティングに従事。全社戦略、トランスフォーメーション、業績改善を多数手がける。

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