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【イ・サンの悲劇】執念深くワルだった祖母から毒殺された!?

  • 2021.10.12
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時代劇『イ・サン』でイ・ソジンが演じた主人公のイ・サン(朝鮮王朝の22代王・正祖〔チョンジョ〕)は、苦難続きの人生を歩んでいた。

最初の悲劇は10歳のときにやってきた。父親の思悼世子(サドセジャ)が英祖(ヨンジョ)によって米びつに閉じ込められて餓死したのである。この大事件は『イ・サン』でも第1話で描かれていて、イ・サンの子役が絶望して悲嘆にくれる様子が多くの視聴者の涙を誘った。

史実でも、イ・サンは祖父の英祖に面会に行って思悼世子の助命を嘆願するのだが、相手にされずに追い返されてしまった。

この屈辱は終生イ・サンのトラウマになった。彼は父親を助けられなかったことを悔やみ、その負い目があったことで異様に父親思いとなり、国王になったあとも思悼世子の陵墓を大切に扱った。さらには、陵墓がある水原(スウォン)に遷都しようと考え、実際に行動に移そうとした。

しかし、統治者として意欲満々だったのに、急に発病して48歳で亡くなった。

『イ・サン』で正祖を演じたイ・ソジンと貞純王后を演じたキム・ヨジン
信憑性の高い史実

死因として一番疑われているのが毒殺である。英祖の二番目の妻であった貞純(チョンスン)王后が疑惑の中心人物であり、そうした毒殺説は韓国では特に有名な話になっている。

もともと貞純王后は思悼世子と仲が悪く、思悼世子の素行を英祖に歪めて伝えていた。それが、親子が決定的に険悪になるきっかけになっており、思悼世子の死には貞純王后もかなり責任を負っていた。

イ・サンはそのことを問題視して、自分が即位したときに彼女を処罰しようとしたが、血がつながっていないとはいえ祖母にあたる人を孫が処罰するのは、儒教的な倫理観では不可能だった。

それで貞純王后は不問になったのだが、執念深い彼女はイ・サンの命を狙い続け、ことあるごとに毒殺の機会をうかがっていた。そして、1800年にイ・サンの毒殺を実行した、というのが信憑性の高い史実になっている。

イ・サンは世宗(セジョン)と並ぶ名君としてあまりに有名だが、貞純王后という「史上もっとも恐れられた悪女」に命を狙われ続けたのが悲劇そのものだった。

文=康 熙奉(カン・ヒボン)

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