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今こそ読んでほしい「20年前の恋愛小説」。とんでもない作品に出合った...。

  • 2021.9.27
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「一行も読み飛ばせない、完璧な恋愛小説 第14回山本周五郎賞受賞作、待望の復刊!」――。

中山可穂さんの著書『白い薔薇の淵まで』(河出文庫)を読み始めてまもなく、とんでもない作品に出合った......と思った。凄まじい熱量。とても落ち着いて読んでいられず、一気に貪り読んだ。

本書は、集英社より2001年に単行本、03年に文庫として刊行されたものを、このたび河出文庫として刊行したもの。刊行から20年、執筆からは約30年になる。しかし、まったく古びていない。むしろ今こそ読まれるべき1冊ではないだろうか。

「雨の降る深夜の書店で、平凡なOLは新人女性作家と出会い、恋に落ちた。初めて知る性の愉悦に溺れてゆく二人の女は激しく求めあい、傷つけあいながらも、どうしても離れることができない修羅場を繰り返していく――」

ひとつ傘の下

物語は、43歳のわたしがニューヨークの書店で思いがけないものを見つける場面から始まる。それは「RUI YAMANOBE」の2作めの小説で、「女どうしの性愛を描いたゲイ文学の傑作」と謳われるものだった。

デビュー作は、15歳の双子の姉弟が熱烈に愛し合い、それを禁じた両親を2人で殺してしまう陰惨なものだった。「少数の読者に深く読まれていた幸福な作家」だった彼女は、10年前に28歳で亡くなった。

そこからわたしは、彼女と出会ったあの夜を思い出す――。

29歳のわたしは青山の書店で「RUI YAMANOBE」のデビュー作を見ていた。すると、知らない女に話しかけられた。「その本、買わないんですか?」。「何なんだ、こいつは」と思ったが、本に興味をひかれて買うことにした。

外は雨が降っていて、駅まで駆け出そうとするわたしに女は傘をさしかけた。女はわたしをじっと見つめ、わたしはその視線にどきどきしながら、ひとつ傘の下で並んで歩いた。別れ際に「これしかなくて」と言って口紅と本を渡すと、女は電話番号と名前を書いた。

「終電のなかでわたしは、左右にうねる血痕のような赤い文字が、山野辺塁と書かれていることにようやく気がついた」

あっけなく罠に落ちた

はじめからわたしは塁に魅力を感じていたし、塁はずっと目でわたしを口説き続けていた。まさか自分が女の人とつきあうとは思ってもいなかったが......。

「揺さぶられ、めちゃくちゃにかき乱され、あっけなく恋の罠に落ちた。気がついたら世界一わがままな女に、身も心も溺れきっていた」

塁は少しもやさしくはなかったし、わたしが会った人間のうち「最も傲慢で性格の悪いやつ」だった。にもかかわらず、わたしは塁に惹かれるのをとめられなかった。

「わたしは塁のテクニックに参ってしまったのではない。彼女のひたむきさに打たれたのだ。(中略)求め方が切実で、無我夢中でわたしの体にむしゃぶりついてきた。貪り、溺れる、という言い方こそふさわしい」

白い薔薇

本書を読んでイメージしたのは「血痕のような赤」だったが、タイトルは「白い薔薇」。花言葉を調べてみると、無邪気、清純、相思相愛、尊敬などとあった。

詳しく紹介するのを躊躇ってしまうほど濃厚な性描写が繰り返されるが(ぜひ本書を手に取って堪能してほしい!)、2人の心は花言葉と重なる気がした。

「わたしは脳髄の裏側に白い薔薇を植えたことがある。花を咲かせたのは数えるほどしかない。RUIが塁であったとき、花びらはこの頭の中で幾度もこぼれた。命を刺すトゲとともに」

帽子のリボンのようなもの

「河出文庫版あとがき」では、本作を発表してからの20年間に起きた変化が綴られている。

「かつてあれほどの精魂を傾けてほとんど命懸けで書き続けてきた『女×女の恋愛小説』をもう書くことはなくなってしまった」という著者。にもかかわらず、いまだに「レズビアン作家」のレッテルを貼られ続け、傷つき、憤懣やるかたない思いがするという。

「人生とは残酷なもので、(中略)わたしの本はほぼ絶版になっている。(中略)絶版という本の墓場の泥海の中からこの小説を見つけ出し、掬い上げてくださって、本当にありがとうございました」

一読者として、本書の復刊をおおいに喜びたい。最後に、印象に残った「性別」にかんする描写を紹介しよう。

「性別とはどのみち帽子のリボンのようなものだ。(中略)リボンが気に入らなかったら取ればいいのだ。肝心なのは宇宙の果てで迷子になったとき、誰と交信したいかということだ」

■中山可穂さんプロフィール

1960年生まれ。早稲田大学卒。93年『猫背の王子』でデビュー。95年『天使の骨』で朝日新人文学賞、2001年『白い薔薇の淵まで』で山本周五郎賞を受賞。他の著書に『感情教育』、『花伽藍』、『マラケシュ心中』、『弱法師』、『ケッヘル』、『サイゴン・タンゴ・カフェ』、『愛の国』、『男役』、『娘役』、『銀橋』、『ゼロ・アワー』など。

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