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街に真っ直ぐ溶け込むパティスリー【わたしのまちのてみやげ vol.5 東京】

  • 2021.9.25
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街に真っ直ぐ溶け込むパティスリー【わたしのまちのてみやげ vol.5 東京】
出典 FUDGE.jp

今回の「わたしのまちの手土産」は、東京。格好のいい選択肢が多い街だけれど、私がおすすめしたい手土産は、散歩途中に軽やかに立ち寄れるお店にある。

 

「僕らの職人の本質を考えてほしい。」

それはあまりに直線的で、まるごと受け取っていいものか私は迷った。しかし、これがオーナーシェフである石井亮さんが作るお菓子が伝えていることそのものだと、すぐに思い直した。

街に真っ直ぐ溶け込むパティスリー【わたしのまちのてみやげ vol.5 東京】
出典 FUDGE.jp

パティスリー ビガローを初めて訪れる人は、一度はお店を通り過ぎてしまうかもしれない。それほど街に馴染んでいるのは、桜新町の名にちなみフランス語でさくらんぼの品種のひとつを意味する”ビガロー”という店の名前だけではなさそうだ。

渋谷から電車で10分ほどなのに駅前に高いビルもなく、都心特有の圧迫感がない。同時に、シャツにアイロンがパリッとかかったような緊張感が漂い、無意識に背筋が5ミリ伸びるような桜新町。

「ミーハーな人にきてもらわなくて良い。僕たちのこだわりを見抜ける人がいる街に自分の店を構えたかった。」

眼光と同じくらい鋭い言葉が弾け出てくる石井シェフ。どうしたらここまで自身の感覚を真っ直ぐに歩んでいけるのだろう。

街に真っ直ぐ溶け込むパティスリー【わたしのまちのてみやげ vol.5 東京】
出典 FUDGE.jp

私がビガローに行くたびに不思議なのは、お菓子を選んでいる時間そのものが愛おしくなることだった。

店内に入ると、決して広くはない店内には「近寄りたくなる気高さ」がいつだって一定に保たれている。同時に、こわばった日常が緩んでいくような心地もする。

 

パティスリー ビガローの接客をまとめていらっしゃるのは、石井シェフの奥様であるめぐみさん。お召し物と、たおやかな所作や接客が相まった心地よさ。伺ってみると、エプロンを含めてお店で着用するものは、コム・デ・ギャルソンと決めているそう。

「私にとってお店で着ている服は鎧のようなもの。纏っていると、ブレなくお店に立つことができる」という。

街に真っ直ぐ溶け込むパティスリー【わたしのまちのてみやげ vol.5 東京】
出典 FUDGE.jp
街に真っ直ぐ溶け込むパティスリー【わたしのまちのてみやげ vol.5 東京】
出典 FUDGE.jp

更に、めぐみさんはパッケージやショップカードなどもデザインされている。

「外の人にデザインを依頼しても良いんだけど、細かなニュアンスが汲み取ってもらえなかったり、遠慮したりしちゃう。彼女なら、言わずしてもこのお店に必要なことがわかっているからね。」と石井シェフ。

 

ここにあるものは、全部「本物」

店内の床材、ショップカードや手提げ袋に使われている白黒の模様は、幸運をもたらすと言われるエトワール柄で、お店のシンボルにもなっている。石井シェフは、いつか自分のお店をやるならこの柄を使うと決めていたそう。床材であるタイルは日本では手に入らず、わざわざフランスから個人輸入し、タイル待ちで内装工事が遅延してしまったのだとか。

カフェスペース(現在は休止中)に飾られているアンティーク缶や雑貨は、フランスで修行を重ねていた頃に蚤の市で集めたものだと嬉々として教えてくださる。

「お菓子と同じでしょ?」

誰かの基準ではなく、自分の手で触って、自分の目で見て、自分で感じてきたものにしか「本物」というラベルを通用させないのがパティスリービガローなのだ。

街に真っ直ぐ溶け込むパティスリー【わたしのまちのてみやげ vol.5 東京】
出典 FUDGE.jp
街に真っ直ぐ溶け込むパティスリー【わたしのまちのてみやげ vol.5 東京】
出典 FUDGE.jp

石井シェフが生菓子の中でも特に自信を持っているのが、ミルフィーユだ。構成要素がパイとクリームの2つだけのシンプルなお菓子を、あえて看板商品にするあたりにシェフの強さを感じる。満足できるクオリティにするまでに、1年以上かかったという。

私がパティスリービガローのファンになったのは、このミルフィーユがきっかけだ。

実は、ミルフィーユを他店ではあまり注文することがない。食べにくいし、食感が複雑でちょっと苦手でもあった。

ただ、ある時ショーケースに並ぶ絶対的な姿に出会ってしまったのだ。

そして、食べ終えた頃には、「嗚呼…もう、貴方が本物でした(最敬礼)」と、完全に沼落ちしていたのである。

街に真っ直ぐ溶け込むパティスリー【わたしのまちのてみやげ vol.5 東京】
出典 FUDGE.jp

この美味しさを、常温でも誰かにラフに渡せるようにするにはどうしたらいいか?という想いから生まれたのが「フィユテ」だ。フランスのVIRON社の小麦粉が使われており、特有の深い香りに寸分の狂いもなく砂糖やバターが優しく寄り添っている。見た目はひと口大の長方形で素朴だが、気軽に食べたら最後。ザクザクっと心地よい音、甘さ、幸福感で口の中が一気に忙しくなる。

これを落ち着かせるためには、冷えた辛口の白ワインでペアリングするのをおすすめしたい。寒くなってきたら、ニルギリやアッサムのようなコク深い紅茶と合わせるのもいい。五感を覚醒させられながらも、心が流れるように鎮まっていくのを感じるはずだ。

 

・・・

 

わたしたちは、どんな理由で手土産を選んでいるのだろう?

いわゆるイマドキな感覚や、SNSやメディアで持て囃されるようなPRや商品開発から一線を引いた姿勢を貫くパティスリービガロー。時代や環境に動じることなく、愚直なほど真っ直ぐにお店を守り続けることで、モノゴトを選ぶこちら側への問いかけをしているのではないだろうか。

「僕らの職人の本質を考えてほしい。」

パティスリービガローが示す視座は、桜新町のエトワールとして今日も光を放っている。

 

 

(店舗情報)

Pâtisserie BIGARREAUX 1(パティスリー ビガロー)

https://patisseriebigarreaux.com

住所:〒154-0015 東京都世田谷区桜新町1-15-22-1F

Tel/Fax:03-6804-4184

営業時間:9:00~19:00

定休日:毎週火・水曜日(祝日の場合は翌日休業・年末年始は変動あり)

Instagram:@patisseriebigarreaux

 

(ライタープロフィール)

ワタナベ ミチ:東京生まれ。ライター。旅先では自炊と散歩を好む。

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