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住む場所によって、死んでからも格差が生まれる日本

  • 2021.9.24
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死はすべての人たちに平等に訪れる。しかし、本書「死体格差」(新潮社)を読むと、住んでいる地域によって、死体解剖率に大きな差があることが分かる。兵庫県36.3%、東京都17.2%、広島県1.2%(2019年度)......。死体の扱われ方には格差があり、それを「死体格差」と呼んでいる。全国では90%の死体が未解剖であり、本当の死因は不明であることも少なくない。驚愕の実情をレポートした本である。

著者の山田敏弘さんは国際ジャーナリスト。米マサチューセッツ工科大学元フェロー。著書に『サイバー戦争の今』(KKベストセラーズ)、『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)など。

コロナ陽性だと解剖しなかった

コロナ禍によって、死因がきちんと究明されないという積年の問題がさらに広がった。新型コロナ陽性で入院して病院などで治療を受けていたが死亡したというケースは、医師によって「新型コロナによる死亡」と死因が特定され、死亡診断書が書かれる。

しかし、病院外で死亡すると、こんなケースが起こった。外見から明らかな死因がわからない遺体がPCR検査でコロナ陽性だと判明すれば、解剖が行われず、「新型コロナによる死亡」とみなされた。つまり、「犯罪遺体がスルーされ、犯罪の見逃しが起きてしまう可能性」が起きたのだ。

警察が扱った異状死体で新型コロナに感染していた遺体は少なくなかったという。警察庁の発表では、2020年12月の1カ月間に報告された異状死体のうち、新型コロナに感染していたと判明したのは全国でわかっているだけで56人。翌2021年1月は少なくとも132人が新型コロナに感染していたと明らかになっている。

厚生労働省は、新型コロナに感染し、自宅療養中に死亡した人の数を把握していないし、調べようもない。もしかしたら、別の理由で死んでいたかもしれないし、何者かに殺されていた可能性だってある。本書は諸外国に比べて死因究明が遅れている日本の現状を、何人かの法医学者への取材を通して明らかにしたものである。

さまざまな解剖のケース

死因不明の遺体が見つかったら、どうなるのか。本書のフローチャートがわかりやすい。警察の検視官が臨場する。犯罪の疑いが薄い場合、監察医制度がある東京23区、大阪市、神戸市、名古屋市では監察医が検案する。公衆衛生向上などの観点から解剖すべきと判断すれば、行政解剖する。監察医制度がない地域では警察医(一般の開業医)が検案する。ここでも必要があれば遺族の承諾に基づき解剖される。犯罪の疑いが残る場合は司法解剖される。また、2013年からは調査法解剖が加わった。犯罪性はないが、主に死因究明や身元を明らかにするために行われるもので、警察署長の権限で遺族の承諾もなく行うことができる。

実際の解剖の様子が生々しく描かれている。70代の独居老人の遺体。

「顔や身体の一部は腐敗して真っ黒で、身体は薄い緑っぽい色も見られるが、全体的には黒褐色をしていた。(中略)各臓器にゆっくりとメスを入れながら異常がないかを調べていく。特に心臓は、手のひらの上に置いて、何か病変などがないか目を近づけて注意深く、細かく切り刻んでいく。(中略)腐敗の進んだ遺体から得られた限られた情報の中で、死因につながると考えられるのは、冠動脈の閉塞だった。法医学者は、解剖後にまとめられる報告書に、冠動脈が99%閉塞していたと書き記した。念のため、採取した臓器の組織を薬毒物検査して、死因につながるさらなる情報を調べることになった」

解剖の場面が厳粛に書かれ、読むうちにのどが渇いてきた。4時間ほど、立ちっぱなしで体力のいる仕事だ。

こうした日常の場面から始まり、トリカブト保険金殺人事件で有名になった法医学者の活躍や日本で最も有名な法医学教室と言われる千葉大学の取り組み、日本で一番多忙な横浜市の監察医などの取材から、日本の法医学の問題をさまざまに指摘している。

日本の平均解剖率は11.5%。日本の法医解剖医の数は150人ほどで、解剖医1人当たりの解剖数は年間約100体だという。また、警察が死因究明制度を仕切っているのは世界でもほとんどなく、日本の死因究明制度が遅れている、と問題提起している。

北海道の旭川医科大学法医学講座の清水惠子教授の日常を詳しく紹介している。土日や祝日は、北海道で司法解剖ができる3大学(北海道大学、札幌医科大学、旭川医科大学)が交代で勤務をする。「1年の土日祝日の3分の1が待機も含めて当番で拘束されることになります」という厳しさ。同大の法医学講座は、年間250体ほどの解剖を行うという。

CTによる死亡時画像診断(オートプシー・イメージング=Ai)についても触れている。自身も医師である作家の海堂尊さんがAiを取り上げた小説『チーム・バチスタの栄光』で取り上げたが、千葉大学医学部附属病院や茨城県の警察署で積極的に行われていることを知った。新しい動きもあるのだ。

評者はたまたま、ある大学医学部校舎の近くに住んでいるが、遺体を載せた警察車両が朝早くから法医学教室に出入りしているのをよく見かける。解剖が日常的に行われていることを実感しているが、そうではない地域が全国では少なくないようだ。どこに住んでいるかで、死んでからも「格差」が生じるとは、格差問題もここまで来たのか、という気になった。

BOOKウォッチでは、関連で『女性の死に方』(双葉社)、中山七里さんの法医学ミステリー『ヒポクラテスの試練』(祥伝社)、『DNA鑑定――犯罪捜査から新種発見、日本人の起源まで』(講談社ブルーバックス) などを紹介済みだ。

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