1. トップ
  2. ライフスタイル
  3. 家入レオ「言葉は目に見えないファッション」vol.37 日記とレシート

家入レオ「言葉は目に見えないファッション」vol.37 日記とレシート

  • 2021.9.17
  • 533 views

クォーター・ライフ・クライシス。それは、人生の4分の1を過ぎた20代後半〜30代前半のころに訪れがちな、幸福の低迷期を表す言葉だ。26歳の家入レオさんもそれを実感し、揺らいでいる。「自分をごまかさないで、正直に生きたい」家入さん自身が今感じる心の内面を丁寧にすくった連載エッセイ。前回は vol.36 タクシーで雨宿り

vol.37 日記とレシート

鞄から二つ折りの財布を取り出し、札入れの中身をそのまま机に置いた。注意深くトランプを繰るマジシャンみたいに、その紙束を、レシート、クレジットカードの明細、紙幣、領収書に選り分けていく。途中何の気なしにスーパーのレシートに目を通すと「国産豚肉小間切れ中、生姜、キャベツ、玉ねぎ、無調整豆乳、豆乳ヨーグルト、バナナ、たまごL、無塩バター」と記載されていたので、この日は豚の生姜焼きを作って食べたんだろうなと思った。表面がツルツルした白い紙に無機質な黒のインクで記された購入品の数々。私のしがない生活がちゃんとそこにあって、無性にそれが嬉しかった。

紙幣は向きを揃え財布の札入れに入れ、そのついでに最近足を運んでいないアパレルブランドのポイントカードを数枚間引いた。少し財布が薄くなった気がして、満ち足りた気持ちで席を立つ。整理した領収書は納戸の棚の引き出しに仕舞うことにしているのだ。白い納戸の扉を久しぶりに開けると、ブックエンドで収納しているキャンパスノートが目に入った。歌詞を書き、日記を書き、アイディアや構想を書き綴った何でもあり、なノート。引越しのタイミングで実家に送ったのだけど、それでも相当な数のノートがまだこの東京の家にあり、領収書を仕舞い、私はそのうちの1冊を適当に選び手に取り読んでみた。

文字を目で追い、読み終わり、またノートを選び、同じように目で追っていく。気が済むまで繰り返した後、私はそっとノートを閉じた。マインドマップの図、好きな詩の筆写、To Doリスト、日記が最後には決意表明になっていたり。

全部その時々の私が書いたもの。とっても恥ずかしくて、馬鹿げていて、だけど一生懸命書いたもの。だけど、どうしてか、さっき見たレシートの方が、うんと本当の自分に近い気がした。「国産豚肉小間切れ中、生姜、キャベツ、玉ねぎ、無調整豆乳、…」

ノートによっては、いっぱい迷った跡があって、書くことで自分と向き合っているのだから、1ページ1ページから感情やその色や音が溢れてくるのは当たり前で。でも、それがその日の全部じゃなくて、泣いたり、苦しかったり、分からなかったり、怒ってたりするんだけど、ちゃんとお腹が空いて、スーパーに行って食材を買って、ご飯を作っている時間もあるということ。そしてその日食べたものが今日の私を作っているということ。「国産豚肉小間切れ中、生姜、キャベツ、玉ねぎ、無調整豆乳、豆乳ヨーグルト、バナナ、たまごL、無塩バター」

深刻とその対極を持っているからこそ、人間は、泣きながら笑えたり、笑いながら泣けたりするのではなかろうか。その矛盾こそが人間のおかしみであり、美しさな気がする。

元記事で読む
の記事をもっとみる