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「十勝千年の森」ヘッドガーデナー・新谷みどりが語る、創造のタネと情熱の源|あのフィールドの旬な人 vol.5

  • 2021.8.31
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小説、建築、パティスリーやグラフィック…さまざまな分野でいま、脚光を浴びているキーパーソンにじっくり話を聞きました。あなたの創造のタネ、情熱の源はいったいどこにあるの?

gardener

新谷みどり

私自身もガーデンの一部 裏方でいることが誇りです

北海道帯広市の広大な敷地に、“世界でもっとも美しい庭”と称賛される「十勝千年の森」がある。イギリスのガーデンデザイナー、ダン・ピアソンが設計したこの庭の、ヘッドガーデナーを務めるのが新谷みどりさんだ。彼女が率いるのは、東京ドーム85個分にあたる約4 0 0 haもの庭を少人数で管理するガーデナーチーム。その活躍ぶりが注目され、世界の女性ガーデナー75人に焦点を当てた書籍『The Earth in Her Hands』でも、唯一の日本人として選ばれた。

「自分の手で植物や土を育て、庭をつくる仕事に興味を持ったきっかけは、父に〝これからは造園の時代だ〟とすすめられたことでした」

そう話す新谷さんが大学の造園学科を卒業した当時、世の中はイングリッシュガーデンブームの真っただ中。それを見てぼんやりと感じていたのは、「私がつくりたいのは、他国の文化の模倣ではなく、日本の風土になじむ新しい庭なのではないか」ということだった。

「もっと広い視点をもつガーデナーになりたくて、日本を離れ、武者修業をしようと決意しました。圧倒的に豊かな自然があること、庭園の文化に定まった様式がないこと、そして雑誌で見た『ローゼンダール・ガーデン』という庭。それらに惹かれて、選んだ先はスウェーデン。何のつてもなかったけれど、それが自分の道と信じて飛び立ったんです」

縁あって見習い研修生として迎えられたのは、リディンゲ島の庭園「ミレスゴーデン」とユールゴーデン島の「ローゼンダール・ガーデン」。どちらも一般客が訪れる公開型庭園だ。

「誰もが自分の庭のようにリラックスして過ごす光景を見て、温かな衝撃を受けました。すぐそばで私が仕事をしていてもまったく気にしていない。ああ、ガーデナーって〝庭〟の一部になれるんだ、と胸が高鳴った。裏方でいられることに、このうえない幸せを感じた瞬間です」

帰国後は、造園土木に日本庭園、ナーサリーの育苗技術まで、庭にまつわるあらゆることの修業を続け、2008年に「十勝千年の森」に参加。西洋の庭づくりの技術をもつダン・ピアソンやガーデンチームとともに、北海道の気候風土を生かしながら、自然と人が共生する場を育んできた。そんな新谷さんが力を入れていることが2つある。ひとつは、日本の伝統文化や自然信仰を「十勝千年の森」の庭づくりと融合させる取り組み。

「たとえば、中国から江戸時代の日本に伝わった暦の一種〝七十二候〟や、収穫に感謝するお月見、祈りの形である注連縄づくり。日本に連綿と残っている美しい習慣や行事を、少しずつですが庭づくりに取り入れているところです」

もうひとつは、〝無言のメッセージ〟とでも言うべきものを込めること。

「スウェーデンで建築家のアスプルンドが手がけた『森の墓地』を訪ねた時、深く気づかされたんです。〝場〟というものは、人の思いでいかようにも変化するんだな、と。そこで人がどう過ごしてほしいかを真剣に考え、きちんとデザインすることで、のどかな森や高台が、人の生死に想いを馳せる場にもなる。庭も同じ。私たちがどういう思いやメッセージを込めるかで、遊びに来る人の気持ちや過ごし方は確実に変わると思います」

では、新谷さんが目指すこれからのガーデンの姿とは?

「今、コロナ禍でみんなが不安を抱えていると思うんですね。自然って本来、不確かなものであり、私たちはずっとそういう自然の一部として共存してきた。不安があるから癒やしが生まれ、恐れがあるから幸せを深く感じる。不安や怖さのような感覚は、持っていていいと思うし、私は、庭こそが人を安らかな気持ちに導く楽園だって思いながら日々仕事をしています。そして、そんな庭のメッセージを、訪れた人が感じてくれる瞬間がきっとあると信じているんです」

十勝千年の森にある4つの庭のうちのひとつ「メドウガーデン」で。十勝の在来種と北米の在来種などを組み合わせて庭をつくっている。十勝千年の森>> 住所:北海道清水町羽帯南10線 電話番号:0156-63-3000 休業日:12〜4月下旬 www.tmf.jp

GINZA2021年3月号掲載

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