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車いすテニス描く青春小説。今だから、読んでほしい。

  • 2021.8.23

異例づくしとなった東京オリンピックが幕を閉じ、早いもので2週間。いよいよ明日、東京パラリンピックが開幕する。22競技539種目が12日間にわたり実施される。

阿部暁子さんの『パラ・スター <Side 百花>』と『パラ・スター <Side 宝良>』(ともに集英社文庫)は、22競技の1つ「車いすテニス」をテーマにした青春スポーツ小説。大会延期が決定する前に執筆され、昨年2、3月にそれぞれ刊行された。

<Side 百花>の主人公は、車いすメーカーの新米社員・山路百花(ももか)。<Side 宝良>の主人公は、東京パラリンピック出場を目指す車いすテニスプレイヤー・君島宝良(たから)。

タイプは真逆ながら、2人は親友であり、同志であり、ライバルでもある。

幸福はずっと続くと思っていた

中学2年の春、体育館裏で百花は同級生から蹴られていた。そこに宝良が現れ、テニスのラケットとボールで相手を攻撃し、追い払ってくれた。

宝良は、この年の全国選抜ジュニア選手権14歳以下でベスト8の実力の持ち主。百花がお礼を言おうとすると、宝良は低い声で言いながら目を細めた。「あんたみたいな自分で戦おうとしないやつは、反吐が出るほど嫌いなの」。

百花は宝良に恐れをなしたが、恋に落ちたように気になって仕方がなく、必死にあとを追いかけた。宝良は迷惑そうにしていたが、中学3年に上がる頃には「たーちゃん」「モモ」と呼び合う仲になっていた。

「いま自分がしあわせだと気づかないほど当たり前に毎日がしあわせで、自分たちを待つ未来は明るく光にあふれていると信じて疑わなかった。ずっと続くと思っていたのだ、こんな幸福な日々が。きっと、宝良自身も」

ところが――。高校2年の秋、宝良は交通事故で脊髄を損傷し、車いす生活を余儀なくされた。

4年前の約束

短大卒業後、百花は老舗車いすメーカーに就職。宝良がきっかけで車いすに興味を持ち、とくに競技用車いすの製作を仕事にしたいと思うようになった。

宝良は現在、車いすテニスプレイヤーとして活躍している。事故でテニスを続けられなくなり、荒れていた宝良を救ったのは、百花が勧めた車いすテニスだった。

宝良は今のところ、東京パラリンピック代表の最有力候補と言われている。心底うれしいことのはずが、百花は激しい焦りに襲われていた。これは自分でも予想しない感情だった。

「『たーちゃんはパラリンピックにも出るくらいの、最強の車いすテニス選手になって。わたしは、たーちゃんのために最高の車いすを作るから』
あの約束を、宝良はもう実現しようとしている。――でも、わたしは? わたしは、今、あの約束にどれだけ近づけているんだろう」

あの約束から4年。宝良の駆けていくスピードがあまりに速く、追いつけなくなるのではないか。エンジニアの見習いの見習いみたいな自分に、百花は焦りを感じていた。

まっすぐに、その道を進んで

宝良が車いすテニスを始めたのは18歳の頃。国内トップ選手と比べて経験は段違いに浅く、とにかくがむしゃらにやるしかなかった。どこまでもひとりになり、一刻も早く強くなりたかった。

「出会った頃から、百花の目に映る『君島宝良』は、実物よりもずいぶんかっこいい。その百花の目を通して見える『君島宝良』に追いつきたくて、百花の前では、いつもいささか背伸びをしてしまう」

東京パラリンピックまで、あと数ヶ月。宝良は代表候補として注目を集めるも、昨年末から不調が続いていた。車いすのチェアワークに問題があるのではないかと考え、百花が働くメーカーの競技用車いすの採用を決める。

そして、世界の強豪選手が勢揃いするアジア最高峰の大会ジャパンオープンが開幕。宝良は世界ランク1位の選手と対戦する――。

「もしできるなら、あの日のわたしたちに教えてあげたい。大丈夫。何もおそれず、まっすぐに、その道を進んで」

エンジニアと車いすテニスプレイヤーとして関わるうちに、2人の夢の輪郭は、よりくっきりしたものになっていく。

車いすは、ユーザーの体格、障がい、生活スタイルなどに合わせた1台1台のオーダーメイドが基本。競技用車いすは、そこからさらに選手のコンディションや競技界のプレースタイルの変化など、刻々と変わる条件に対応し続けていく必要があるという。

「競技用車いすは、アスリートの願いとエンジニアの技術が結晶した、強靭でこの上なく美しいマシンだ。(中略)どうか、この車いすに乗る人が心から自由にコートを駆けられるように」

青春小説らしい夢や友情だけでなく、テニスや車いすに関するかなり緻密な描写が盛り込まれていて驚いた。今まさにタイムリーな本作を読めば、パラリンピックを何倍も楽しめるだろう。

■阿部暁子さんプロフィール

岩手県出身、在住。2008年『いつまでも』(刊行時『屋上ボーイズ』に改題)で第17回ロマン大賞を受賞し、デビュー。著書に『室町少年草子 獅子と暗躍の皇子』、『戦国恋歌 眠れる覇王』、「鎌倉香房メモリーズ」シリーズ、『どこよりも遠い場所にいる君へ』、『また君と出会う未来のために』などがある。

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