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尾道を知る②|クリエイティブな街のシンボル、シネマ尾道|支配人・河本清順

  • 2021.8.16
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カルチャー好きの間で尾道といえば「シネマ尾道」の存在は外せない。尾道の人たちの日常に根付く小さな映画館に、どうしてこうも惹きつけられるのだろうか。映画人からも愛されるシネマ尾道の支配人・河本清順さんに話を聞いた。

映画の街・尾道。全盛期には20館ほどあった映画館が、2001年を最後にゼロになった。それは、シネマ尾道の支配人・河本さんがちょうど京都からUターンした頃。

「映画の街であることを誇りに思っていたので、映画館がないことがとても悔しいし、寂しかったのを覚えています。なんとかつくることができないかという単純な思いで、シネマ尾道をつくりました。映画館を潰してしまったのは、無意識の中で映画と距離ができてしまったから。地域の人たちの意識をもう一度取り戻すには、かなり苦労しましたね。実際に映画館を運営していくには、街全体が文化に対しての意識を強く持ち、高めることが鍵だったので」

自分がつくった映画館だと思ってもらうために

そのために行ったのが募金活動。企業からの出資や助成金の活用で建設することは可能だったが、あえてその道を選ばなかったのは、映画館を“地域の人たちのもの”にしたかったから。1円でも投じることで「自分がつくった映画館だ」と身近に感じてもらうことが、地域の人たちの文化への意識を高める第一歩だと思ったそう。

「地域の皆さんの、映画や文化に対しての意識を再生させる……。それが、映画館をつくるときも、運営している今も大切にしていることですね」

“取り戻す”という河本さんの言葉には、尾道の人々はもともと映画や文化に関心が高いという背景が感じられる。

「この街で映画を観たいとか、映画館があった方がいいとか、文化的なことに触れたいっていう想いがあったんだなと感じます。だからこそ、こんなに人口が少ない、経済規模が小さな街でも、映画館が13年間運営できている。文化への関心の再生は叶っているんだと思いますね」

尾道の人たちの文化への想いは、どちらかというと「文化の街である尾道」への想いであるようだ。

「尾道は郷土愛がものすごく強い。それが街の文化を守っていきたいというところにつながっているんです。尾道はお祭りがとても多い街。コロナ禍で縮小してでも継続していて、伝統的なものをしっかりと守っているんですよ。それがやはり文化力、文化度と比例している。尾道のために何か貢献したいとか、この街で楽しく暮らしていくにはどうしたらいいかとか、そういったことを常に意識しながら暮らしている人たちが多い。それは、尾道の要となる精神性なんじゃないかなと思います」

河本さん自身も尾道の出身。インタビューを通して、街への愛情や強い想いをひしひしと感じた。“強い想い”はそれだけで、魅力的だ。「偏愛」や「推し」など、何かを強く愛するということそのものがコンテンツになるくらい、強い想いが希薄な時代。地元への愛情が強い街だから、エネルギーを感じるのだろう。東京出身の私にとっては羨ましいの一言に尽きる。

クリエイターの聖地「シネマ尾道」

監督など、制作の方々に「尾道に行きたい」とよく言われるという河本さん。スケジュール表を見ると、舞台挨拶やトークショーなど、東京の映画館よりかなり多いイメージを受ける。

「大林宣彦監督の影響だったり、小津安二郎監督の『東京物語』のイメージだったり、クリエイティブな方々が影響を受けたものがこの街にたくさんちりばめられているので、一度は訪れてみたかったという方が多いですし、その後は気に入って何度も来てくださいますね」

舞台挨拶のイベントの前後のアテンドを河本さんがすることも多いのだという。

「ちょっとご案内してご飯を一緒に食べたり、いろんなことを語ったり。舞台挨拶では聞けない制作への思いを聞いたりとか。そういうコミュニケーションによって、尾道っていう街がさらに親しみやすい街になっていくのかなと思いますね」

シネマ尾道は、クリエイターの人たちを呼び寄せるきっかけであり、通いたくなる場所になっているようだ。確かに私たち自身が尾道に魅力を感じたきっかけのひとつはシネマ尾道であり、尾道をこよなく愛している河本さんにまた再び会いに行きたいと思っている。

『逆光』で感じた、地方映画館の可能性

現在上映中の『逆光』の監督・須藤蓮さんとの出会いは河本さん自身にとっても嬉しい出来事だったそうだ。

初めて会ったのは須藤さんの主演作品『ワンダーウォール劇場版』での舞台挨拶。いち俳優として出演しただけなのに、作品をまるで自分の体の一部のように愛している須藤さんに、同じ映画人として非常に好感を持ったのだという。

「その後の対談イベントなどを通して、映画館と映画に対しての思いがものすごく強い方だと知って、すごく好きになったんです。そしたら今度尾道で映画をつくりたいんだという持ちかけがあって。それを聞いて、一緒にまたお仕事ができるのがすごく嬉しかったですね」

須藤監督いわく、尾道でのさまざまな人との出会いが制作の幅を広げてくれたそうだが、(https://harumari.tokyo/71351/)いろんな方が彼に協力したのは、根本に「尾道をすごく愛している」というところにシンパシーがあったのだという。

「まず尾道で映画をつくってくれる青年っていうだけで、本当に大歓迎。我が子が誕生したかのように皆さん喜んで。それに須藤監督はキャラクターが素晴らしいので、皆好きになるんですよ、一度会うと。本当に良い青年なので……」

公開後に須藤監督が行なっている日々の積極的な宣伝活動は、河本さんはほぼノータッチなのだという。
「知らないところで宣伝活動を多方面でされている。市内だけじゃなく、島の方のおじいちゃんにも会いに行くくらい……選挙活動かっていう(笑)」
ノータッチだからこそ、耳に入ってくる話は嬉しく響く。
「映画が新しく尾道でつくられたってことを地域の人たちが本当に心から喜んでいるんだなっていうのは、私もひしひしと感じていますね」

映画の街・尾道といえど、ここまで街をあげて大々的に応援したのは初めてのようだ。

「小津監督や大林監督の作品も含めて、初めてだと思います。エキストラで参加した方々はいるんですけど、そんなに街の人たちとの接点はなかった。制作の人たち自身が足を使って、映画を観てほしいと宣伝している映画は初めてです。それは自主制作だからこそできることかなと思ってます。大きな映画になればなるほど必ず配給会社とか制作会社、宣伝会社が入ってくる。そこまで血の通った宣伝ができないんですよね。須藤監督はその活動に、お金ではない価値を感じているんだと思います。ご自身で宣伝を各地でやりながら、その地域の人たちと触れ合っていて、非常に面白いですよね」

日本の映画界においてもこのスタイルは新しく、それでいて芯を食っているともいえるだろう。

「どの監督も“須藤蓮方式”を一度ワークショップでやったほうがいいですよ。日本の映画文化のあり方みたいなのがすごく変わると思います。もちろん商業的なところで宣伝会社とかがあるっていうのも素晴らしい文化なので、それはそれでありつつ、根本的な映画のつくり方とかそういったところを学ぶのはとても意味がある」

河本さん自身も刺激になった部分があるのだという。

「地域の人たちだからこそ観たい作品を掘り起こして上映していくことが、私たちのやるべきことだと思っているので、須藤監督の姿を見て改めて、地方の映画館っていう存在の意義を考えさせられましたね」

あくまでも、シネマ尾道が向き合うのは地域の人々

ぜひ上映してほしいという制作側からの熱烈なオファーも多く届くのだというシネマ尾道。上映するラインナップは河本さん自身がすべて試写して決めている。

「地域の人たちがお金を払って映画を観る場所なので、この作品は本当に求めているかとか、作品との距離感を試写しながら考えるんですね。これはすごくいい映画だけど“遠いな”とか。尾道の人たちが観たい映画かどうかっていうのが軸です。実際に作品を観てみて、お客さんが来るイメージができるかがすごく大きくて。イメージが全くできないとか、この街での宣伝をどうしたらいいかわからないものはお断りしているんですよ、どんなに素晴らしい作品でも」

そのブレない軸や想いの強さにはシンプルに憧れる。熱量のある場所に憧れてクリエイティブに関わる人間が尾道に集まるという現象はつながっているように感じる。
まさに尾道の魅力はここにある。
いわゆる「観光スポット」をさらっと回るだけでは体験しきれない。長期滞在でゆっくり映画を観たり、街の人たちと話をしてコミュニケーションを取ったりすることで尾道の良さは深く体験できるものだ。「映画を観る、人と喋る」それ自体は、きっと東京でもできる。でも、その先に熱量が高い人や場所・コトが存在する。それは街のエネルギーとなり私たちを惹きつけるのだろう。

取材協力:シネマ尾道
取材・文:稲垣美緒(Harumari TOKYO編集部)

シネマ尾道
広島県尾道市東御所町6-2
公式WEB : http://cinemaonomichi.comHarumari Inc.
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