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なぜか抗えないプリントの魅力。心を潤す、自分だけの写真集を手に入れる

  • 2021.7.13
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手元にさえあれば、好きな時にその世界観に触れられる写真集。紙に焼かれた写真独自の味わいに、なぜか心が奪われる。時折目を通せば、かつての心境がフラッシュバックすることもあるだろう。写真としての見応え、装丁、写真家の思い。1ページ毎に、心が潤う写真集を紹介しよう。

①スティーブン・ショア『Uncommon places』

カリフォルニアからマイアミまで。静かなアメリカを映し出す傑作

今でこそ当たり前の「カラー写真」だが、アート表現として取り入れられたのは1960年代から1970年代のこと。それまでも報道写真や広告では実用されていたが、色調の安定性などの問題が解決されたことで、新しい表現を求めた写真家が次々と登場した。独特の美しい発色から「ニューカラー派」と呼ばれた写真家の一人が、Stephen Shore(スティーブン・ショア)だ。
14歳にしてアート写真家としてのキャリアをスタートさせたスティーブン・ショアは、アメリカの日常生活の美しさと荒々しさを捉えるためにカラー写真を取り続けた。今でもインスタグラムで、彼の新たな挑戦を追うことができる。
今回紹介する写真集『Uncommon places The Complete Works』は、ショアの代表作であり傑作とされる『Uncommon places』に新たに60点の作品を付け加え、版型も大きくしたセカンドエディションだ。20代半ばの彼が、北米を旅した際の写真を208pにわたり収録。ハイウェイから見える建物、モーテルの部屋、自動車、ダイナー、ビーチなど、当時のアメリカのありふれた風景を美しい色彩で映し出している。まるでロードムービーを切り取ったかのような写真たちは、ページをめくる度ストーリーを帯びて心に迫ってくる。行ったこともない街並みに感じる懐かしさとともに、なぜか自分が旅した記憶までもがよみがえってくる。あの時ふと入ったカフェのおじさんは、今も旅人にやさしい言葉をかけてくれているのだろうか。もう確認しようのないそんな問いをめぐらせながら本を閉じた時、自分の“今”をちょっと大切にしようなんて気持ちになれるかもしれない。

②星野道夫『Alaska』

見えている姿が全てではない。力強く生きるヒントをもらう

写真:星野写真事務所提供

アラスカの大地で写真を撮り続けた写真家・星野道夫。1996年夏にヒグマに襲われ命を落としてから25年が経った。彼の残した写真、名言は今でもなお色褪せずに、私たちの心を正してくれる。
代表作のひとつ『Alaska―極北・生命の地図』を見ればその凄みに圧倒されるだろう。これは、1989年に星野が第15回木村伊兵衛賞を受賞した直後の1990年に発表された写真集。グリズリー、カリブー、ムース、ザトウクジラなど、アラスカの厳しい自然に生きるさまざまな野生動物、雄大な風景が、生命力あふれる写真でまとめられている。B4版、91pという大型本が、大地の力強さを一層際立たせる。
この写真集を手に取るたび、今この瞬間、ここではないどこかで起きていること、生きている生命について思いを馳せずにはいられない。産まれて間もないカリブーの子がへその緒がついたまま必死で立ち乳を飲もうとしているかもしれない。グリズリーが、地吹雪の中懸命に歩いているかもしれない。星野のほかの著書を読んでも、随所に、若い世代への希望が溢れている。私たちが抱えている問題もまた、次にたどり着くための通過点に過ぎない。巡り続ける自然や命を感じた時、一歩引いた視点から、物事を俯瞰できる感覚が得られるだろう。

③ウォルフガング・ティルマンス『Wolfgang Tillmans』

ベルリンとロンドンを拠点に活動する、WOLFGANG TILLMANS(ヴォルフガング・ティルマンス)。1980年代末より自分の友人たちを中心に写真を撮り始め、92年にロンドンへ移住後は『i-D』『THE FACE』などのカルチャー誌で活躍。ティルマンス本人のゲイ・セクシャリティ、私小説的な思索を感じさせるシンプルなスナップショット、またイメージを重視する特徴的な展示方法などがユースカルチャーの代表格として耳目を集めたが、今やファインアートとしてその地位を確立している。
そのティルマンスの最初の写真集が『Wolfgang Tillmans』。1995年当時、彼がゲイとして属していた若者グループやクラブ文化を色濃く映し出している写真集だ。雰囲気のある肖像画、静物画、風景、そして一見意味するところがわからない抽象的な事物まで、その時代の重要なドキュメンテーションとして見ることができる。
176p、30x23cmというサイズ感の本書は、どちらかというと、雑誌のようにパラパラとめくってしまうタイプの写真集だ。だが、すべて見終わった後、必ずもう一度最初から開き直してしまう。カジュアルさの中に秘めた社会的なイシューが、心のどこかに引っかかるからかもしれない。「本当に興味があるのか」「興味があるフリをしているだけなのか」――ティルマンスの写真と対峙すると、自分自身へ純粋に問いただしたくなる。その答えが見つかるまで、ページをめくり続けてしまうだろう。

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今回紹介した書籍は全て廃盤。
Stephen Shore『Uncommon places』、WOLFGANG TILLMANS『Wolfgang Tillmans』の画像は、ナビゲーター本人が所有のもの。

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