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個性を活かした街づくり・神田錦町からはじまる「混在」の街デザイン

  • 2021.7.9

東京初のサウナラボやほぼ日が手がけるスクールなどが入居するとのことで、カルチャー好き界隈で話題のスポット「神田ポートビル」。神田錦町と聞いてもなかなかイメージしづらい場所にあり、何かのついでに偶然通ることはなさそう。この魅力的な施設はなぜつくられたのか、何を意味するのかを、開発を手がけた安田不動産株式会社の芝田拓馬さんに話を聞いた。

「街づくり・開発」と聞くと、大型商業施設をイメージする人が多いのではないだろうか。古いものを一旦壊して整備し、緑を増やす……そんな印象。便利になるのは悪いことじゃないし、新しい施設はワクワクするし、緑は気持ちいい。整備されれば使いやすく、便利になるが、どこか金太郎飴的な、既視感のある「NEW OPEN」には一抹の寂しさと虚しさがある。

だからこそ、街の特色をきちんと解釈し、それを現代において再解釈している街を見かけると発見がある。自分の価値観に置き換えても、「新しい=正しい」になっていないだろうか、アップデートってこういうことなのかと考えさせられる。新しいだけが正義じゃない。神田錦町で動き始めているプロジェクトは、まさにそれを強く思わせてくれる存在だ。

学ぶ、がキーワードの街「神田錦町」

皇居の北側に位置する小さなエリア「神田錦町」。明治時代には、東京大学や学習院大学、東京電機大学などさまざまな大学がこの地で誕生している。周辺には、現在も大学・学術機関が多い。やがてそれは学生向けに安く書籍を販売する、古本街・神保町の発展を生んだ。学生だけでなく、書籍を求める「知的探究心」を持つ人々が集う場所へとなっていき、まさに『学びのまち』としてその歴史を紡いできたといえるだろう。

また、エリアの大半は軒を並べる小さなビルや個人の住居を兼ねた商店建築。下町の商業エリアならではの温かい人々の空気、実直な街の雰囲気は穏やかでのんびりとしている。

ただ年月の経過とともにビルも商店建築も徐々に老朽化が進んできた。また一方、時代の推移とともに、神田錦町周辺には一種のエアポケットのような状況ができていたのだという。

神保町は古書街、秋葉原はアニメやITの街として多くの人で賑わう。大手町はビジネスの中心街、丸の内はブランド店が並ぶ人気エリアに変貌した。神田駅周辺も、ひしめく飲食店が人々を集める。そうした“知名度の高い街”に囲まれ、立地的には充分なポテンシャルを持ちながらも、中小オフィスビルが建ち並ぶ神田錦町は際立った特色がなく、夜間や週末には閑散としてしまう。

開発に際して、改めてこのエリアの魅力を再解釈すると、やはり原点である「学、知」としての顔が浮かび上がってくる。

その象徴となるのが、前編で紹介した、神田ポートビルだ。

この企画開発を手がけ、この街に本社を置く安田不動産株式会社の開発第一部・芝田拓馬さんに話を聞いた。

神田錦町の街並みを取り戻す

「神田ポートビルのプロジェクトは、地元の印刷会社さんがお持ちだった築56年の旧社屋の活用方法を検討したことがスタートですね。単純に解体して建替えるのではなく、印刷会社ならではの面白い構造を活かして、せっかくなのでエリアが盛り上がる拠点にしたいと考えました」

1階の天井の高さはトラックでの印刷物搬入する場だったことの名残。大型トラックが入って作業していたと解説されると、なるほどガレージのような1階がかつて搬入場だったことが見て取れる。また、階段などはレトロビルの美しさが活かされている。昭和の建築ならではのフォルムや、経年したからこその色みや輝きは、新築ビルでは得られない。

外観は新たにデザインされたロゴを掲げてモダンに仕上げてはいるが、近隣と色あいが揃えられ、街並みとして見ると違和感は全くない。ビルのひとつひとつがどうありたいというより、エリア全体をどう捉えるかが開発の原点にあるようだ。

「このエリアの居住者は代々土地を持っていて、住居と商業が一体となったビルが多いんです。最近はマンションが増えてきて、ちょっと街の様相が寂しいといった声をよく聞くんですよね。画一的な利便性が先行する開発だけでなく、住・食・商いが入り混じるような、もともとの個性的な街並みを取り戻していきたい。面白い路面店や、複合施設。『学術のまち・神田錦町』という部分に光を当て直して、エリアを盛り上げたいというのが想いです」

“学び”を再解釈して生まれた、「サウナ」

実は、神田ポートビルの企画は「サウナを軸にすること」が最初に決まったのだという。

「学びの場」というとカルチャースクールやシェアオフィスなどがすぐに思いつきそうだが、まず出てきたのがサウナ、というのがこの企画の面白い点だ。

「サウナを活用するという企画自体は、当初関係者に理解してもらうのは大変でしたが、僕の中ではすんなり決まったんです。サウナって、体も心もととのえることによって、頭がスッキリしますよね。実際、体感していたことでしたから(笑)」

ウェルネスや健康という領域のサウナを、あえて「知性を活性化させるための空間」と捉えたのだという。そのままズバリ学びの場ではなく、学びへの環境を整える空間づくりという切り口には、実際のユーザーである芝田さんのサウナ体験が活かされている。

「フィンランドで最近、街場のサウナが再びコミュニティとして再解釈されているというストーリーも参考にしました。フィンランドは高度経済成長の中で、自宅にサウナを作る人が増えたんですよね。それが古くから続いていた、街のコミュニティの衰退につながってしまった。昨今またそれが見直されているというのもヒントでしたね。サウナは、コミュニティにもなり得るし、知性を発揮するための環境づくりにも寄与する。まさに求めていたものでした」

新しい施設の軸をサウナにすることはすぐ決まったが、それを中心に、どう全体をデザインするかの決定には時間をかけたのだという。すでにサウナの領域で協力することが決まっていたクリエイティブディレクターである写真家の池田晶紀氏、サウナの聖地と名高い「ウェルビー」の米田行孝社長とディスカッションを重ねながら、よりよい企画を追求した。

「最終的には、テナントさん同士の相乗効果が最大化するよう関係値や価値観が近い顔ぶれにこだわって、ほぼ日さんにお声がけさせてもらいました」

池田氏がディレクションする写真館、ほぼ日が運営するスクール、そしてウェルビーがつくるサウナ。最後にジョインしたほぼ日の糸井重里氏が、言葉でこのプロジェクトを方向づけた。名前は「神田ポートビル」。

人が羽を伸ばして休むところであり、再出発するところ。学べるし、遊べる。それは港=ポートなのだ。

雑多さと、それぞれを尊重する余白がつくる街の未来

「街に写真館ができた、これも大きな意味のあることだと思っているんです」と芝田さん。

確かに今、お金を出して写真館で写真を撮ることはなかなかないだろう。だがいわれてみれば、大学の入学式や、入社など、神田錦町の周辺には記念イベントが溢れている。今は減ってしまった「写真館へ行く」という行事をまた根付かせていきたいという気概を感じる出店だ。人生の節目(非日常)とサウナ(日常)が混在しているのはこのビルの複合的な面白さといえる。

写真館に人々が来る。サウナに通う人が来る。学校に通う人が来る。地元の人がコーヒーだけ飲みに来る。交流のあり方やイベント参加など、コミュニティとしてどう機能していくかはまさにこれからといったところ。

街は「つくって終わり」ではなく、「育まれていく」その日々の中に価値があり、街の個性がつくられていく。それを想定して、あまりつくりこみすぎていないのが神田ポートビルの余白部分であり伸びしろなのだろう。

安田不動産は、この神田ポートビルを皮切りにこのエリアの開発を加速させていく。もちろん小さい路面店だけにとどまらず、大型施設も手がけていきたいそうだ。小さくて古いだけが正解ではないし、大きくて新しいだけが正解でもない。それらを混在させることで街が面白くなっていくのだ。

「このあたりって、都心なのに田舎のような人の温もりがあるんです。そのエッセンスが同居して街並みが雑多であることに面白みがあると思っています。より個性に光を当ててローカライズすることで面白い街づくりができると思います。当社だけでなく、さまざまな事業者の解釈で街に光を当てれば、どんどん面白くなると信じていますね。神田祭などの地域のイベントや日々の積み重ねの中で、来訪者と住民との居心地いい距離をデザインしていきたい」

「面白そう」で訪ねてみるのもいいけれど、繰り返し通ったり足を運んだりすることで、育まれていく街を見ることができる。それは、経年劣化をチェックするということではなく、時の流れと街の動きをダイナミックに、それでいてミクロに体感するということだ。それこそが「ローカル」の魅力であり、私たちの価値観の視野を広げてくれるものなのだ。

神田ポートビル
東京都千代田区神田錦町3-9
公式WEBサイト https://www.kandaport.jpHarumari Inc.

取材協力:神田ポートビル
安田不動産株式会社
撮影:yoshimi
取材・文:稲垣美緒(Harumari TOKYO編集部)

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