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大震災の前年、宮城出身キャバクラ嬢が「将来の夢」を打ち明けてくれた池袋の夜【連載】東京タクシー雑記録(13)

  • 2021.6.21
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タクシーの車内で乗客がつぶやく問わず語りは、まさに喜怒哀楽の人間模様。フリーライター、タクシー運転手の顔を持つ橋本英男さんが、乗客から聞いた奇妙きてれつな話の数々を紹介します。

乗客からの悩み相談に、運転手は

フリーライターをやりながら東京でタクシーのハンドルを握り、はや幾年。小さな空間で語られる乗客たちの問わず語りは、時に聞き手の想像を絶します。自慢話に嘆き節、ぼやき節、過去の告白、ささやかな幸せまで、まさに喜怒哀楽の人間模様。

さまざまな客を乗せて走る東京のタクシーのイメージ(画像:写真AC)

今日はどんな舞台が待っているのか。運転席に乗り込み、さあ、発車オーライ。

※ ※ ※

前回の記事(2021年6月17日配信)でも取り上げましたが、タクシー運転手はときどき、乗客からお悩み相談を受けることがあります。

東京都内の道は隅々までしっかり頭に入っていますが、人生の道案内はなかなかどうして。そのお客さんが降りていった後、さっきの受け答えで良かったのかどうかと苦く振り返ることもあります。

ただ話を聞いてくれる相手が欲しかっただけかもしれないし、明確な答えを心から求めていたのかもしれない。もう確かめようがない分、悩みを打ち明けてくれた人のことは折に触れて思い出します。

今回は、地方出身22歳の若い女性が語った夢の話です。

2010年5月、ネオンきらめく池袋の夜

夜の池袋は都内有数の歓楽街です。何百軒と夜のお店が建ち並び、ネオンのきらめきを放ちながら男女の行く末をうっすらと照らし出しています。

東日本大震災の前の年でした。5月の金曜日。駅北口で客を降ろし、あふれるような雑踏の中に車はゆっくり動きます。するとすぐ若い女性が手を挙げました。

長い茶髪にクルクルのパーマを当てて、芸能人みたいに大きな目と派手なお化粧。夜のお仕事の方かな、と想像します。行き先は、環七(環状7号線)の世田谷区内を指定されました。

長い茶髪、芸能人みたいに派手なお化粧。若い女性客が乗り込んできた(画像:写真AC)

「急いで帰りたいので、近い道をお願いします」とのこと。

ややあってから、

「運転手さん、お仕事大変ですか?」。

タクシー運転手の仕事にまで気を回してくれる乗客は、そう多くはありません。疲れて乗り込んでくる夜間なら、なおさら。私は何だかうれしい気持ちになりました。

「いやぁ、慣れているから大丈夫ですよ。ありがとうございます」

すると女性は続けて話し始めました。

「あたしはね、キャバクラで働いているの。……こんな格好してたら分かっちゃうか。実家が貧乏で、高校を出た後は短大か専門学校に行きたかったけど、駄目だった。両親がケンカするときはいっつもお金のこと。それですぐ家を出てひとり暮らししたんだ」

彼女がキャバクラで働く理由

若い女性の口から語られる苦労話。やや意外な気もしましたが、確かに「キャバクラ嬢」と一口に言っても、その出身や働く動機はさまざま。都会的に洗練されて見える彼女にも、生まれ育った土地が他にあるのは当たり前のことなのでした。

「昼も夜も働いて今、月45万円くらい稼いでいるんだよ。家には毎月5万円仕送りしてる。ヘンな男も相手にしなきゃいけないんだけどね、私は絶対負けないんだぁ」

昼も夜も身を粉にして働く彼女。その目的とは(画像:写真AC)

「えらい! えらいですね、お客さん!」。私は思わず言いました。そのたくましさに心からそう思ったので。

「えぇー褒めてくれるなんて。びっくり。あのね、私は宮城県の小さな港町の出身なの。今年で22歳。お店で知り合った女の子たちは大学行きながらホストと遊びまくったり、お金がなくなるとツケで遊び回ったりしてるんだよ」

「うーん、あんまり感心しませんね。ツケとかは」

「そうでしょう? だから私はしないの。この仕事はね、全て“演技”なの。ホストだって同じでしょう? だから、そんな男に熱を上げるなんて、全然理屈に合わないもん」

ずいぶん真面目で、しっかりしたお嬢さんのようだ。でもいったい何のために、高給で一生懸命働いているのだろう。

「あたしはね先々、事業をやりたいの。何か知りたい? これからは高齢化社会なんだから、その勉強をして、お母さんにもお手伝いをしてもらって、やるつもり。トントンでいいなら失敗はしないと思う。今はね、そのためにお金を貯めているの。ねぇ運転手さん、この考え、どう思いますか?」

結婚は興味ない、と彼女は言った

「介護の事業でしょうか? 高齢化社会に、それはきっとうまく行くと思います。あと……問題は将来、お客さんのご主人になる男性が協力してくれるかどうかなんじゃないでしょうかね」

私はうっかりそう言ってしまいました。彼女より幾回りも年上の身。男も女もある程度の年齢になったら結婚する、というのが当たり前と思ってきた世代です。

すると女性は、

「そうですよね。……でもねあたし、男なんて要らないの。今も彼氏いないよ。仕事で体がしんどくて、家に帰るとバタンキューだから。それに、お金たくさん持っているなんて誰にも言わない。100円ショップとかで日用品そろえて、つつましく生活して、お金なんて全然ないフリしているの。もともと貧乏だから、全然慣れてるの」。

節約して、つつましく生活していると話す女性。真面目で堅実な印象だった(画像:写真AC)

もちろん今どき(すでに10年以上前の話ですが)、そういう考えの人がいても不思議ではありません。私は自分の浅慮がちょっと恥ずかしいような気分になって、つい、こんなことを付け加えてしまいました。

「そうでしたか。……もしおじさんから男に関してアドバイスをするならば、どんな仕事であっても熱心に取り組むこと。それから他人さまの仕事を馬鹿にしないこと。口達者にはご用心。それから酒グセが悪いのも避けた方がいいなぁ。自分の親を粗末にしてないかも確認した方がいい。ギャンブル好きにも気を付けて。そんなところでしょうか」

……あぁ、何だか説教くさく言ってしまった。きっと仕事の後で、彼女も散々疲れているだろうに。でも、

「うん! それ守るよ、おじさん」。

女性は明るく相づちを打ちました。

「おじさんのこと忘れないよ」

もともとから素直な性格なのか、接客の経験で年上の男性のあしらいには慣れているのか、限られた道中でそこまでは分かりません。それに、あまり詮索(せんさく)するのも道理ではありません。

ほどなくして彼女が指定した世田谷区内の一角に到着しました。代金を支払った後、女性は振り返って、

「おじさんのこと忘れないよ。あたし、絶対に介護の仕事するからね。覚えていてね」。

全くその女性は最後までしっかり者なのでした。外見はたとえ派手でも、内に秘めているものまでは分からない。

その翌年、2011年3月11日、東日本大震災がありました。テレビから流れる津波の生中継と被災地域の字幕には、あの夜、彼女が自分の故郷だと話した三陸海岸の町の名もありました。

2011年3月11日、彼女を乗せておよそ1年後に、東日本大震災が発生した(画像:写真AC)

彼女はあのまま東京にいて助かったのか。彼女の実家はどうなったのか。一緒に事業を立ち上げたいと言っていた母親は無事だったのか。事業の夢はかなえられたのか……。

もう11年もたちますが、ずっと気になったままでいます。

※記事の内容は、乗客のプライバシーに配慮し一部編集、加工しています。

橋本英男(フリーライター、タクシー運転手)

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