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和菓子Bar「かんたんなゆめ 日本橋別邸」発、ニュー和菓子ムーヴメント

  • 2021.5.24

解体が決まっている築80年のビルで2年間だけ営む和菓子Bar「かんたんなゆめ 日本橋別邸」。まるでチーズケーキのような創作練りきりがこの店の主役だ。モダンな和菓子を、日本酒と共にじっくりと堪能する体験は、忙しなく働く日々に自分と向き合う尊い時間をくれる。限りある時間の中で味わう和菓子は儚いが、和菓子の新たな一面を知る、記憶に残る出逢いになるだろう。

ビルの取り壊しまで2年。始める前から終わりが定められた和菓子店

40年にもわたる壮大な再開発計画が進行中の日本橋エリア。顔となる巨大商業施設が次々とオープンし、古き良き下町最大の商業地から、日本の歴史を感じさせながらも洗練された町並みに生まれ変わろうとしている。そんな日本橋で今、まるで洋菓子のようなモダンな練りきりが楽しめる店として注目を集めるのが、「かんたんなゆめ 日本橋別邸」。取り壊しが決まっている築80年のビルの3階で、2年間の期間限定で営業する和菓子Barだ。

ピンク色に光るネオンライトを目印に年季の入った階段を上っていくと、その先には床の間を思わせる設えの一室が広がる。ワーカーたちが忙しなく行き交っていた外の賑わいから一転、和テイストなアイテムがちりばめられた空間と落ち着いた照明が、ゆったりとした時間の流れを作り出している。カウンターに立つのは、菓子作りから接客、通販の手配まですべてをひとりで担う店主、寿里(じゅり)さん。

「かんたんなゆめ」という店名は、人生の栄枯盛衰は儚いという意味を持つ中国の故事「邯鄲(かんたん)の枕」になぞらえて付けたのだとか。アート作品と違って、どんなに美しい和菓子でも食べ終われば形はなくなってしまうものだが、人の手でしか作れない心に残る和菓子を届けたいという意味が込められている。2年後にはなくなることが決まっているこの場所で、そんな和菓子を作っていること自体がなんとも儚いが、だからこそより大切に味わいたいものだ。

和菓子から遠い人へ、和菓子を届けるための選択

写真中央が、ネモフィラをモチーフにした「嬉々」。中にはクリームチーズ餡が入っている。Harumari Inc.

数多くある和菓子の中から練りきりにしぼり、日本酒や日本茶と一緒に楽しむ和菓子Barというスタイルを選んだのは、日常に和菓子を取り入れるきっかけになれたらいいなと思ったからだという。

「『かんたんなゆめ』の看板商品はオリジナルの練りきりですが、和の要素を取り入れた洋菓子や、甘さ控えめで香りやフレッシュさを活かした和菓子をそろえています」(寿里さん)

2種のクリームチーズとレモンを練り込んだあんをベースにした練りきり「嬉々(きき)」が、この店の看板メニュー。道具や技術、見た目は伝統的な練りきりに他ならないが、一口食べればまるでチーズケーキを思わせる味わいに驚く。ほかにもフルーツやスパイス、チョコレートなどを使った実にユニークな発想の和菓子も。もし、和菓子やあんこが苦手という友人がいるならば真っ先に勧めたくなるだろう。

「嬉々」はテイクアウトも可(写真手前)。オンラインでは和菓子5種をアソートで販売(写真奥)。Harumari Inc.

考えてみれば、和菓子店と名の付くところでも、その場で食べられる店はそうそうない。練りきりを食べる機会や、友人と食事のあとにお茶をしようといって、和菓子が候補にあがることもあまりないだろう。しかし、見た目もパステルカラーで美しい、チーズケーキのような心躍る和菓子が食べられる店となれば、迷わず選択肢に入れたい。

選べる季節の和菓子3種のセット(黒胡麻煉羊羹・嬉々・花音)と、日本酒2種の飲み比べセット。Harumari Inc.

「和菓子に馴染みがない人へ向けた店」という、彼女の姿勢は一貫している。令和1年の渋谷で店を始めた当初は練りきりと日本茶をメインで喫茶をしていたが(現在は閉店)、移転して日本橋別邸に営業を絞ってからは、あえて日本酒を加えた夜中心のスタイルに変えた。いうまでもなく、日本橋といえば東京屈指のオフィス街を複数近隣に抱えている。ランチの時間さえ限られているワーカーたちがもし、昼間の時間帯に和菓子店に出向くことがあるとすれば、せいぜいお詫びの品や手土産を買いに来るときくらいだろう。彼らにとって、夕方の早い時間に閉まり日曜休みとなる和菓子店は、立ち寄るのが難しい存在といっても過言ではないのかも。

「会社勤めの人にも和菓子に触れてほしかったのと、和菓子の楽しみ方の選択肢を増やしたくてバースタイルにしました。もちろん、日本茶もおすすめです。仕事が終わって家に帰る前に和菓子と日本酒で自分にご褒美をあげたり、一日の締めにほっと癒やされたり、休憩場所のように立ち寄ってもらえればと思っています。ここで練りきりの美しさや美味しさを知って、今度は街中で『練りきりないかな、和菓子食べたいな』と思ってもらえれば嬉しい」

和菓子を食べる時間=自分と向き合う時間

実際に、店を訪れる人の中には普段和菓子に馴染みがない客も多数。「はじめて練りきりを食べた」「あんこはあまり得意じゃないけど、美味しかった」という声も多いのだそう。

宮崎県出身の彼女は、幼い頃に行った、洋菓子も和菓子もあり、子どもからおばあちゃん世代までみんなが楽しめる街のお菓子屋さんを思い返す。それと同じように、和菓子が好きな人も洋菓子が好きな人も、お酒が飲める人も飲めない人も、ひとりで楽しみたい人も誰かに和菓子の美味しさを教えたい人も、どんな人がどんなシーンでも楽しめる和菓子店。そんな店を思い描いているのだ。

「練りきりは、美味しく食べられる時間が短いんです。ここに食べに来るときはもちろん、もしプレゼントでもらったときも、忙しい中のちょっとした息抜きに“一服する時間”を設けてほしい。自分と向き合う時間ができたら嬉しいなと思います」

四季の移ろいをどんなに美しく表現しようとも、食べ終わってしまえば姿かたちがなくなってしまう、儚い和菓子。味はもちろんだが、それを愛でゆっくりと味わうことそのものも大切な時間だ。2年後にはこの店もなくなってしまう。和菓子が苦手という人こそ、ぜひ自分の時間をつくって訪れてみよう。心に残る出逢いが待っている。

取材・文 : RIN

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