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知られざる文学の宝庫、岡山弁の青春小説は傑作が多数。岡山県の魅力に迫る!vol.2

  • 2021.5.22

女子高生が「ワシ」と言った。夕方の地下鉄銀座線での出来事だった。マスクしている会話だから聞き間違い?いや確かに一人称は「ワシ」。そう、素知らぬ顔をして岡山はあなたのそばに、すぐ隣にいるのです。全9回の連載で、岡山の魅力をお届け。

知られざる文学の宝庫!
ギャップ萌えの青春群像劇

選書&文: 米光一成(ゲームクリエイター)

岡山弁の青春小説は傑作が多い。

たとえば、野球青春小説『バッテリー』(あさのあつこ)。岡山県新田市(美作市がモデルらしい)が舞台だ。《「キャッチャーは女房役っていうじゃろ。おまえのことを心配してんだ」「バッテリーを組んだらの話だろ」「組むさ。決まっとるじゃろ」》。クールな天才ピッチャー原田巧は標準語を使い、頑固だが面倒見のいいキャッチャー永倉豪は岡山弁を使う。ふたりの会話から伝わってくる組み合わせの妙。洞察が鋭い弟がこてこての岡山弁なのもいい。

『素足の季節』(小手鞠るい)は、岡山市の高校が舞台。《そうじゃそうじゃ、三度のごはんよりも小説の大好きな、妄想文学少女のカオじゃったら、絶対に書けるわ。灯台もと暮らしじゃった。あたしがそれに気づくべきじゃった》。演劇部で脚本をまかされた香織(カオと呼ばれている)を中心に六人の仲間の青春を描く。ふだんの会話、チェーホフの『かもめ』をアレンジした舞台のセリフ、手紙、状況や場面で彼女たちの言葉遣いが変化する。方言だからこそ、むき出しの少女の気持ちが生々しく伝わってくるのだ。

『でーれーガールズ』(原田マハ)の主人公のあだ名は《でーれー佐々岡》。《やっぱりでーれーが、佐々岡さん》《ほんまじゃわ。でーれーわあ》。東京から岡山市の高校に転入したアユコは、《でーれー》がうまく使えず《でーれー佐々岡》と陰で呼ばれるようになる。いまは漫画家、四十五歳。同窓会の誘いをかねた記念講演の依頼をうけて岡山にもどり、高校時代を回想するという構成で描かれる“痛くて、苦くて、しみるほど甘い”青春小説だ。

語尾の「じゃ」等、山陽地方の方言は任侠的なイメージもあって「怖い」と言われたりもする。が、それを若者が使うと「でーれーかわいい」。ギャップ萌えというヤツだろうか。岡山弁は、思春期の乱暴さと繊細さを表現するのに最適な言葉遣いだ。

『バッテリー』 あさのあつこ (KADOKAWA/¥520)

『素足の季節』 小手鞠るい (ハルキ文庫/¥620)

『でーれーガールズ』 原田マハ (祥伝社文庫/¥580)

*記事は2020年10月12日時点の情報です。現在は価格等が変更となっている場合があります。

GINZA2020年11月号掲載

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