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アーティスト/松田ゆう姫、〈ファセッタズム〉デザイナー/落合宏理 etc.|24人の愛読書「私のいちばん好きな本」vol.3

  • 2021.5.8
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俳優、デザイナー、スタイリスト…気になるあの人は何を読んでいるのだろう? 24人によるとっておきの1冊を、心に響いた一節を添えて連載でご紹介します。

松田ゆう姫 アーティスト

favorite book

古田徹也『不道徳的倫理学講義 —人生にとって運とは何か』
現代哲学・倫理学を専門とする著者が、これまで無視されがちだった道徳における「運」や「運命」の視点からひもとく西洋倫理学史の概観書。(ちくま新書/¥1,000)

その者は、何ごとにも度を超さず、余計なことに手出しをせず、幸福に生きることに資するすべてのものを自分自身に依拠させている。すなわち、その意味で自足している。

ソクラテスやストア派の哲学を
共感しながら読める

ここ最近、世の中や自分の中でいろいろなことが変化していて、もっと自らの“直感”を大事にしたいと思っていた時に、ふらっと立ち寄った書店で、それこそ直感的に手に取ったのがこの本です。古代ギリシャの思想家たちの言葉がたくさん引用されていて、簡単にその断片に触れることができるのがポイント。少しずつ読み進めるのにもちょうどよく、プラトンの初期の著作に言及した部分に出合った時は「そうそう私もこんなことを理想に思っている気がする!」と強くシンパシーを感じました。また、失う可能性のあるものは最初から持たないことを選ぶという、シノぺのディオゲネスの生き方は、ヒッピーみたいと思い、とても平和的で幸せな気分になりました。
これを読んでいて気持ちが高揚することがあるたびにツイッターに書き込んでいたら、著者本人からRTコメントをもらったんですよ。それもうれしかったですね。

鈴木みのり ライター

favorite book

柴崎友香『公園へ行かないか?火曜日に』
アメリカのアイオワ大学で開かれたインターナショナル・ライティング・プログラムという世界各国の作家の集いに参加した《わたし》=トモカ。言葉がうまく通じない環境で感じたことを描く連作短編集。(新潮社/¥1,700)

マンハッタンは、大阪の中心部と同じく、格子状の道で一方通行が交互に並んでいる。この方角から行くとホテルの前に行くには遠回りをしなければならないのだが、運転手にそれを説明するのはあきらめてブロードウェイ沿いの交差点で降ろしてもらって歩いた。

柴崎作品特有の視点と透明な文体
いつまでも何度でも浸っていたい

本作の語り手《わたし》は作者と思しいけれど、決してエッセイでなく、小説ならではの技法が豊か。切り取られる出来事や情景から詩情、ユーモアがあふれ出します。その時々で目に留まる箇所が変わるので、引用は現時点での選択。たった2文に、《わたし》の現在地のマンハッタンと大阪をつなぎ、上空からの視点が一気に地上に降りる小説空間の造形にはダイナミズムが。さらに、《わたし》が頻繁にぶつかる〝異なる言語背景を持つもの同士のやりとり〟の躓きを《あきらめて》の一言で受け止める。マイノリティとされる属性ゆえ、自らを説明することを求められ疲弊しやすいわたしは、困難な現実や書き方に悩むとこの小説を読み返します。語り手の《わたし》や取り巻く世界と距離をとって描きながらその奥に、見る、ふれる、知る、生きることへのすさまじい欲望が感じられる、その透明な文体には学ぶことが多いです。

落合宏理 〈ファセッタズム〉デザイナー

favorite book

濱野ちひろ『聖なるズー』
動物性愛者《ズー》を知るべくドイツまで赴き、生活をともにする中で知る愛の形。DVと性暴力に苦しんだ経験のある著者が愛と性、異常性とは何かを問う。2019年開高健ノンフィクション賞受賞作。(集英社/¥1,600)

「じゃあ、きみは愛なしに誰かと対等でいられたことはあった?」

愛とは?平等な関係とは?
静かな筆致で読む衝撃的テーマ

もともとノンフィクション好きですが、これは題材が特別。犬や馬などの動物を愛し時にセックスする、自らを《ズー》と呼ぶ動物性愛者というと拒絶反応が起きそうだけど、この本にあるのはそんな先入観を覆す新しい愛の形です。著者の取材力、行動力がなにしろ気合入ってる。表に出てこないズーたちと丁寧に関係をつなぎ、自宅を訪れ一緒に生活するまでに。彼らの弱い立場、密やかに暮らす中で育む愛の姿を、あおることなく静かな筆致で記してとても読みやすい。僕は《パートナー》という言葉がキーだと思う。保護下のペットでなく成熟した大人と同等とする価値観で、パートナーは心と心が通じ合う決まった個体だけ。愛を交わす相手を尊重する様子に、人間の利己的な関係とどちらが異常か考えてしまう。自分がズーになりはしなくても、そういう愛の形があるのも悪いことではないと理解できる気持ちになります。

佐久間宣行 テレビ東京制作局・プロデューサー

favorite book

チョン・セラン『フィフティ・ピープル』
50人あまりの登場人物のストーリーが絡み合いながら展開する短編集。現代の人々が抱える人間関係や社会に対するフラストレーションがちりばめられていて、韓国のリアルを読み取れる。(斎藤真理子訳/亜紀書房/¥2,200)

「長持ちする長所を探しなよ。あんたにはそういうのが絶対あるはずだよ。外見の魅力とか第一印象とか、そんなのは何でもないんだから。その先のことまで見通してる人たちに対しては、効果ゼロだよ」

韓国の実情と登場人物の人柄の
面白い化学反応が詰まった宝箱

2年前に訳者の斎藤真理子さんがラジオ番組で、韓国文学について語っていたのを聞いて興味を持ちました。あまり時間がとれない時期で、連作短編であればと思い読んでみたのですが本当に面白かった!登場人物が多いので相関図を描いていたのに、イラストが下手でかえってわかりにくくなったのもいい思い出です。
50ある短編はそれぞれ魅力の違う宝石のようで、選ぶのは本当に難しいです…。ピックアップするならば、《パク・イサク》のエピソードです。主人公である大学生・イサクは、治験のアルバイトを母親に秘密にしているなど、何かと隠しごとが多い人。だけど、外見はとびきり良いというのが特徴です。そんなイサクに対して、友人のハニョンがかけたこのセリフ。金言だと思いましたね。心にスッと入ってきて、しばらく浸ってしまいました。にしても、長持ちする長所って難しいですけどね(笑)。

*記事は2020年10月12日時点の情報です。現在は価格等が変更となっている場合があります。

GINZA2020年11月号掲載

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