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八百屋メイドのアイスクリームで笑顔溢れる「micotoya house」

  • 2021.4.9
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横浜・青葉台。都内へのアクセス良好、緑豊かな洗練された街並みが人気を誇る閑静な住宅街のど真ん中に“八百屋”がオープンしたのは2021年2月末のこと。「旅する八百屋」としてイベントなどで活動してきた人気の「青果ミコト屋」が創業10周年を機に「micotoya house(ミコトヤ ハウス)」を構えたのだ。そこは、店舗兼出荷場にアイスクリームショップを備えた大きなレンガハウス。10年間人々に笑顔を生み出してきたミコト屋の、新たな挑戦だ。

「旅する八百屋」が、レンガの建物にやってきた

東急田園都市線・青葉台駅から15分ほど離れたところに突如として現れる大きなレンガ造りの建物が、micotoya houseだ。晴天の下、藤の木の枝で覆われて建つ風格ある姿は、まるで絵本の中から飛び出してきたかのよう。

「いいお天気ですね」と、代表の鈴木鉄平さんがにこやかに出迎えてくれた。ミコト屋は、鈴木さんが高校の同級生である山代徹さんとふたりで始めたのだという。全国各地の農家を訪ね歩いては生産者から直接青果を買い付け、個人・飲食店への定期宅配やネット通販、イベントなどで販売している。「顔が見える」相手から野菜を買うことにこだわっている。

農業研修にも行くくらい、当初は農家になりたかったという鈴木さん。さまざまな農家さんとの出逢いや、勉強を重ねていくにつれて、その想いは変わっていった。

「農業をとりまく現状を知り、有機栽培と農薬の問題、商品規格とフードロス……、農業のいいこと・悪いことを伝える役割が必要だなと思うようになって、八百屋を始めました」

日本中を飛び回って精力的に動いてきた彼らにとって、その活動はいわば旅。それは原動力であり財産だ。自ら外に出ていったからこそ、多くの人に出逢い、それぞれの農家の農業・食に対する考え方や愛情に触れながら、自分たちの考えもアップデートしてきた。

しかし一方で、地元に長く根を張り、自分たちの手で暮らしよい街を作ろうと情熱を注ぐ現地の農家たちの姿に感化され続けてきたのだそう。自分たちにも、いつでも誰でも迎え入れることができる場があれば、伝えたいことがもっと発信できるし、まだまだ買い手のつかない野菜の受け皿にもなれるはず。そんな想いから、ふたりの地元でありミコト屋の原点でもある青葉台に拠点を作ったのだという。

アイスクリームという無敵の存在に、すべてを詰め込んだ

micotoya houseは八百屋であり出荷場でもあるが、扉を開けて正面にあるのは野菜が並ぶ棚ではない。冷凍タンクがずらりと並ぶカウンターと、「ICECREAM」の文字が描かれたポップな看板だ。「一般流通では売れない規格外の野菜や果物、旅で出逢った生産者の食材を使った、ハンドメイドのアイスクリームショップ『KIKI NATURAL ICECREAM』を併設しています。めちゃめちゃ美味しいですよ!」と、満面の笑みを見せる鈴木さん。奥からはコーンを手焼きするいい香りが漂ってくる。

アイスクリームのラインナップは、旬の青果を使ったものをメインに常時10種類ほど。「春菊と少しの塩」「ほおずきミルク」「清見オレンジとクミンシード」など、珍しいフレーバーばかりが並ぶ。100種類以上もレシピがあるというから驚きだ。バターを作る過程で余るスキムミルクやワインの搾りかす、糖度が低いために発酵した生蜂蜜など、果物や野菜以外にも、廃棄されることが多い食材を直接生産者から仕入れて使っているという。

「フードロス削減に取り組むスイーツ」という言葉にすると、“いかにも環境を意識した”取り組みに聞こえるかもしれないが、不思議なほどに押し付けがましくなく、むしろ素直にワクワクしてくるのは、ミコト屋がもつどこかファンタジーなおもしろさがあるからだろう。大きなレンガハウスでアイスクリーム屋をやっている八百屋、という不思議さ。冒険心をくすぐるユニークなフレーバー、フレンドリーなスタッフたちも、親しみやすい空気を生み出している。そして何より、アイスクリームという絶対的な存在がここにはあるのだ。

「アイスクリームって、ポジティブの象徴だと思うんです。大人もこどもも元気にしてくれる、いわばみんなのヒーロー。自然栽培やフードロスなどの話題は、売り手の独りよがりになりがちなだけに、強調すると興味のない人は近寄りがたくなってしまう。でもアイスクリームとして美味しくポップに表現することで、誰でも手にすることができて、しかも食べればみんなが笑顔になる。アイスクリームは、正義です(笑)」

食べてみると、野菜がもつポテンシャルに驚く。セロリやごぼうが本来の風味をしっかりと残しながらも、アイスクリームとして見事に完成している。果物だって、規格外のものから作ったとは思えないほど濃厚だ。「なにこれ、美味しい! 楽しい!」。そんな感情がどんどん湧き上がってきて、あれもこれも食べてみたくなる。

「美味しいでしょう? アイスには、農家さんの野菜や果物への愛情、食の問題、僕らの旅の思い出もすべて詰め込んでいます。でも、ただ危機感で煽ったり、有機・自然栽培の価値を言葉で押し付けたりしても伝わらない。かわいい、おもしろい、美味しい、まずはそこからでいいから、愛情こもった野菜に触れられるきっかけになれば」

アイスクリームは、10年間旅をして彼らが行き着いた、農家と消費者をつなぐひとつの答えなのだ。

「ミコト屋のアイスが食べたい」から始まる第一歩

ただしミコト屋は八百屋であって、けっしてフードロス請負人でも環境活動家でもない。だからこそ、農家の努力の結晶である美しく整った野菜たちも、心からリスペクトする。アイスクリームショップの隣の野菜売り場では、秀品も販売している。

キレイに育った野菜も、傷が付いてしまった野菜も、他と異なるサイズに育ってしまった野菜も、人間が顔や性格が違うのと同じ個性のひとつだと鈴木さんはいう。

「どの野菜も、ほんとにかわいいんですよ(笑)。自然栽培だからとかフードロスに取り組んでいるからということは置いておいて、アイスクリームの美味しさや、僕らスタッフ、店自体を、まずは好きになってもらいたい。そこから少しずつ、野菜のおもしろさを知ってもらえたら」

ミコト屋はこの大きなレンガハウスから、これからも旅を続ける。各地で出逢ったつながりがまた、アイスクリームショップや野菜売り場に帰ってくるのが楽しみだ。夏にかけて、アイスクリームもシーズン真っ盛り。青葉台の小さな丘のレンガハウスへ、“八百屋メイド”のアイスクリームを食べに行ってみよう。誰かに伝えたくなる美味しさと楽しさ、大の野菜好きのフレンドリーなスタッフたちが待っている。

取材・文:RIN

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