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料理人・野村友里のマイパートナーは“鍛冶職人の包丁”|長く一緒に過ごすもの vol.1

  • 2021.4.4

センスのいい6人に長年愛用しているアイテムについて尋ねると、それぞれの思いがこもった話が返ってきた。料理、創作活動、お出かけ…。日常に欠かせない大切な相棒について聞きました。今回は料理人の野村友里さんのストーリーを紹介。

鍛冶職人の包丁

野村友里(料理人)

原宿のレストラン「eatrip」を主宰する野村友里さんは食べることがもたらす豊かさや旬のおいしさを伝えるべく全国の生産者やつくり手とのつながりを大切に考えている。そんな野村さんが日々愛用しているのは鳥取の鍛冶職人が昔ながらの技法で生み出す調理道具。

鳥取の米子空港から車で2時間。山林に囲まれた智頭町にある〈大塚刃物鍛冶〉の菜切包丁を、野村さんは自宅で毎日使っている。

「工房には鍛冶職人の大塚義文さんがひとりっきり。炉で真っ赤に熱した鉄を、土の上でカンカンカン!って叩いている姿は、まさに『鬼滅の刃』の炭治郎の世界です」

砂鉄で有名な島根県安来市でつくられた〝安来鋼〟を地鉄に挟み、高温の炎で熱してからハンマーで叩く。鍛造とよばれるこの過程を何度も繰り返すことで、強く粘りのある手打ち刃物ができるのだ。

「大塚さんを訪ねたら、最初にするのは握手。握手でその人の握力や手の形、力の入れ方を知って、ひとりひとりの手に合った包丁をつくってくれるんです。だから正真正銘、自分だけの一生モノ。持ち手に使う木材も、大塚さんが山に入って切ってくるそうで、私はヤマザクラを選びました」

とにかくよく切れる。野菜にも果物にもスッと気持ちよく刃が入る。買ってから3年ほど、まだ一度も研いだことがないけれど、切れ味はまったく変わらない。

「〝ちゃんとつくった刃はそんなに頻繁に研がなくていい。欠けてしまったら打ち直せばいいから〟と言われたのですが、本当にその通り。包丁のキレがいいと料理がうまくなった気がするしキッチンに立つ時間が楽しくなりますよね」

切れることはもちろんだが、それ以上に、心から好きと思えるものが身の周りにひとつでも増えることがうれしい、と野村さん。

「たとえば鍋を買う時に、〝形は浅い方が好きだけれど、使い勝手を考えたら深い方が便利かな〟と迷っている人がいたら、私は〝好きなほう〟をすすめます。好きだったら多少不便でも工夫して使うはずだし、大好きな鍋の横にプラスチックのザルは置きたくないというような、連鎖反応も起きると思う。モノ選びの基準が変わるかもしれません」

では、そんな野村さんにとって「好き」の基準はどういうもの?

「居心地のよい場所とか気が合う人とか、なんかいいよねということなんだけど……あえて言うなら、在り方かな。新しいものには新品の美しさがある一方で、〝初めまして〟だからまだ異物なんですよね。それが、景色といっしょに少しずつなじむような在り方。この包丁も、使えば使うほど黒光りして渋みも増して、どんどん愛着がわいてくる。もともと私の手に合わせてつくってもらったものだけど、さらに手になじんで使いやすく育っているんです。ともに歩んでいく時間が大事というか、変化の中にロマンやストーリーが生まれている。簡単には手に入らない味わいや価値が、愛おしいんですよね」

GINZA2021年1月号掲載

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