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東京から一番近い、自然遺産。心を震わす「小田原文化財団 江之浦測候所」へ

  • 2021.3.27
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いよいよ行楽シーズンがやってくる。遠出して絶景を眺めたい、自然の中で空気を吸いたい……。そんなお出かけの候補に加えたいのが、東京駅から1時間半で行けるランドスケープ「小田原文化財団 江之浦測候所」だ。つくり上げたのは現代美術作家の杉本博司だ。ギャラリー・屋外舞台・茶室・庭園など、構想10年・建設10年を要したという杉本博司の集大成ともいえる広大な敷地の複合文化施設である。施設内に散りばめられた美術品を探索するのもよし、小田原の素晴らしい絶景を楽しむのもよし、自分と向き合う時間を過ごすのもよし。タイムスリップしたようなゆったりとした時の流れを堪能したい。そんな思い思いの過ごし方ができる「江之浦測候所」でチェックしておきたい見どころを3つのポイントに絞って紹介しよう。

写真、建築、美術。杉本博司の集大成を旅する

「江之浦測候所」を設立した杉本博司は昨今さまざまな話題に事欠かない。江之浦測候所にまつわる随筆「江之浦奇譚」(岩波書店)の刊行や大河ドラマ「青天を衝け」(NHK)の題字の発表。そして、2020年末にオープンした「白井屋ホテル」に、彼と建築家の榊田倫之による「新素材研究所」が「真茶亭」を設営するなど、幅広い分野で活躍している。題字をはじめとする書道活動は、2020年から始めたばかりとのことだが、ここ「江之浦測候所」ではそんな時の人である彼の書道作品の展示はもちろん、現代美術家としての原点となる作品群をたっぷり堪能することができるのだ。

「江之浦測候所」があるのは、神奈川県小田原市。みかん畑が広がる山腹に広大な敷地が広がっている。電車で行くなら、JR東海道線の根府川駅が最寄り駅。東海道線のなかで唯一の無人駅で、降り立ったホームからは大海原が望める。無人駅といえど、毎時4本程度のダイヤで電車が止まるうえ、東京駅まで1時間半と乗り換えなしで行けるのでアクセスも抜群だ。そこから専用バスに乗車し、湾曲する山道を10分ほど進んで行く。坂を登っていく道中でみかんの甘酸っぱい香りが漂ってきたら、江之浦測候所に近づいてきたしるしだ。

「江之浦測候所」は杉本さんが構想から竣工まで20年以上の壮大な歳月をかけて敷地全体を設計した広大なランドスケープだ。開館は2017年だが現在も工事は行われ続けていて、取材時には2022年春に春日社別宮が御霊分けされる参道が整備されている最中。海抜100mに築いた100mの長さのギャラリー棟や石舞台、古墳時代から近世までの考古遺物や古材で構成された庭園、光学硝子舞台や千利休作とされる「待庵」を写した茶室「雨聴天」など、なんと52個もの建築やアート作品が点在しているのだという。

見学は完全予約制で午前の部と午後の部のどちらかで、それぞれ3時間の時間制限がある。パンフレットに沿って作品にまつわるストーリーを隈なくチェックするなら急ぎ足で周らないと見終わらない。杉本さんがアートに込めた意匠を知るなら、昨年末に発売した回想録「江之浦奇譚」であらかじめ予習をしておくのがおすすめだ。

江之浦奇譚/杉本博司著(岩波書店) 3,190円(税込)

現地に到着して、まず来場者を迎えてくれるのは、室町時代に鎌倉の建長寺派明月院の正門として建てられた「明月門」だ。2006年の根津美術館の建て替えの際、小田原文化財団へと寄贈され、この地に再建されたとのことで、過去に表参道の地で見ている人もいるかもしれない。

ポイント1:石をはじめとする素材に着目すれば杉本博司の世界が見えてくる

「江之浦測候所」といえば、シンボル・、夏至光遥拝100メートルギャラリーや冬至光遥拝隧道を想起する人が多いと思うが、それら建築や空間、美術品に使われる石こそ、この施設の要といえるだろう。杉本博司は「建築をはじめ空間を設計するときは石や石造美術品から考えている。石がないと仕事が成り立たない」と公言しているほどで、江之浦測候所を歩くだけでも、各建築物や空間が石の存在感を活かして設計されていることが伝わってくる。

円形劇場への入口にはイタリアの大理石のレリーフが飾られている。12~13世紀頃に作られた、旧約聖書のエデンの園にあった生命の樹を表現したもの。Harumari Inc.

飛鳥時代の法隆寺の若草伽藍の礎石や、天平時代の元興寺の礎石、そして室町時代の渡月橋の礎石などが敷地内に積まれ、空間を演出する見事なアクセントとなっている。それもただ当時の石を置くだけでなく、建築のテクニックも現代の技術でその時代を再現しているのが面白い。ディレクターの稲益智恵子さんによると、この杉本博司の石蒐集は彼のライフワークとなっており、古美術商だった経験が大きいとのことだった。

能舞台の寸法を基本にした石舞台。その先には相模湾の絶景が目の前に広がっている。Harumari Inc.

そのほか、石意外にも建築群に使用されているすべての素材に杉本博司らしさを感じることができる。たとえば上の写真の敷瓦は、彼が手掛けた「エンポリオアルマーニ」や「コーチ」のフラグシップストアが入る表参道の「オーク表参道」のエントランスで使用されているものと同じだそうだ。このように、施設には自身が手がける別の建築物とも共通の素材を見ることがあり、それを見つけ出すのも粋な楽しみかただ。一つひとつに注目して施設をまわるうちに、古の人々が大切にしてきたが素材が力強く表情豊かな存在であったことに不思議と気づかされるだろう。

三角塚の石組み。Harumari Inc.

ポイント2:古代ローマ円形劇場の絶景を前に自分と向き合う

夏至光遥拝100メートルギャラリーと並び、明月門エリアで象徴的な存在であるのが、光学硝子舞台と古代ローマ円形劇場写し観客席だ。舞台は冬至光遥拝隧道と並行して設置され、檜の懸造りの上に光学硝子が敷き詰められている。
「ここはイタリアのラツィオ州にあるフェレント古代ローマ円形劇場遺跡を再現しています。劇場を囲む観客席に座り、ひとりで物思いに耽ったり、読書をしている人など、絶景を眺めつつそれぞれの世界に入り込む人を見かけます」と稲益さん。確かに、舞台越しに海を眺めていると、不意にさまざまなことに思いを馳せたくなってくる。木々が揺れる音や鳥のさえずり、風の音などしか聴こえないこの場所は、不思議と自らと向き合うようにさせてくれる。

古代ローマ円形劇場写し観客席からの眺め。Harumari Inc.

ちなみに施設内にはお弁当も持ち込み可能。観客席の他にも施設の中には座れる場所もあるので、絶景が広がる心地良い空間の中で美味しいものを食べたり、読書に集中したりするのもありだ。特に目的を決めずに、絶景に浸りながら自分と向き合う時間に使うのも大人の贅沢といえよう。

ポイント3:茶室で垣間見る、最旬の杉本博司

この時期に行くならぜひチェックしておきたい旬の場所がある。それは茶室「雨聴天」だ。パンフレットには「千利休作と伝えられる茶室『待庵』の本歌取りとして構想された(もの)」と説明されている建築物。茶室は2畳の広さで、壁は土壁で、質素な造りとなっている。そのうえ、屋根材はみかん小屋で使っていた錆びたトタンで、雨が降ると雨粒がトタン屋根を叩くという演出がある。

残念ながら中には入ることはできないが、窓から中を覗くと杉本さんが2020年から本格的に活動を開始したという書道作品が掛け軸に仕立てられている。よく見ると「日々是好日(にちにちこれこうじつ)」を「口実」と文字っており、杉本さんらしいウィットに富んだ言葉にアレンジされている。

さらにその下に目をやると、猪苗代兼載の独吟『聖廟法楽千句』の写本が貼られている。稲益さんによると、この写本が、先日発売した「江之浦奇譚」の表紙に使われているとのこと。このように杉本さんの最近の活動が凝縮されているのがこの茶室なのだ。彼の最新作「江之浦奇譚」の世界を体感しておきたい。

“世界や宇宙と自分との距離を測る場”として「測候所」と名付けられた複合文化施設・江之浦測候所。季節や時刻、天候や石をはじめとする素材の経年変化など、行くたびに違う表情を味わえるからこそ、何度訪れても新しい発見がある。訪れた際にはスマホをオフにして、時の流れを感じてみよう。壮大なスケールの進行形ランドスケープから得られる感動はかなり大きいはずだ。

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