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カザフスタンのスープパスタ|世界のパスタ③

  • 2021.3.20
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2021年4月号の特集テーマは「シンプルパスタ」です。旅行作家の石田ゆうすけさんは、草原が広がるカザフスタンでもパスタに出会ったといいます。雪積もる草原の地で食べたスープパスタの味とは――。

カザフスタンのスープパスタ|世界のパスタ③

■荒涼とした地で出会った家族の夕食

中央アジアのカザフスタンで食べたスパゲティもなかなかのものだった。
国土の大半が乾いた草原帯のステップで、人口密度の著しく低い国だ。
ある日の夕暮れどき、人家ひとつ現れず、空腹でふらふらしはじめたところで、ようやく前方に集落が見えてきた。助かった、と思ったのも束の間、着いてみると食堂は1軒しかなく、しかも閉まっている。力が抜け、その場に座り込んだ。

そこへ鍬(くわ)を持ったおじさんがやってきた。
「シトヴィヂレーチェ(何してるんだ)?」
この店でメシを食べて、それから店の脇にテントを張らせてもらおうと思っていたんです。ロシア語の単語と身振りでそう伝えた。お決まりの行動パターンなので、これらの単語は頭に叩き込んでいるのだ。
おじさんは僕をしげしげと眺め、「ウチの庭にテント張るか」と言った。

連れられていった先は納屋のような家だった。
石油や鉱物など天然資源に恵まれたカザフスタンは、近年飛躍的に経済がのびているが、僕が訪ねた当時は、農村部に行くとまだまだ家も人々の身なりも貧しく、いかにも元社会主義国らしい薄暗さがあった。
家には日本人そっくりの丸坊主の男の子が3人いて、味噌のCMを思い出させた。子供たちは突然の珍客に嬉々とし、キラキラ光る目で僕を見る。昔の日本を覗いているような気分だった。

おじさんが体を洗うジェスチャーをした。風呂に入るか、と聞いているらしい。この家に風呂があったのか、と驚いたが、ありがたい。「ダー(はい)」と答えてタオルと着替えを用意すると、おじさんは僕を外へ連れ出した。子供たちもついてくる。
しばらく草原を歩き、木立の中に小川が現われたときは、やっぱりこれか、とうなだれた。
季節は春だが、北海道ぐらいの緯度で、かつ大陸内部だから、日が沈むと急に冷える。でも水はそう冷たくないのだろう。でなけりゃここに連れてこないよな、と手をつけると、ほぼ氷水ではないか。冗談でしょ、と引きつっていると、タタタタタタ、と背後から足音、振り返ると、いつの間に服を脱いだのか、素っ裸の男の子たちが3人、川にドッポーン、ドッポーン、ドッポーンと飛び込み、キャッキャッと水をかけ合い始めたのだ。
「うそやろ......」
異様な光景だった。裸の子供が雪の上を転げまわっているようなシュールさだ。
「寒くないの?」と聞いてみると、彼らは立ち泳ぎをしながら「ぜんぜん!」と得意そうに言う。さすが地元っ子、体の構造や皮膚の組織が違うのだ。
と半分本気で思っていたら、子供たちは岸に上がるやいなや深刻な顔で両肘を抱え、あごをガチガチと震わせ始めたのだ。唇が思いっきり紫色になっているではないか。心配するよりも先にブッと噴き出してしまった。お父さんもおかしそうに笑っている。

家に戻ると夕食に誘われた。
やはり日本人によく似た顔で、万事控えめそうなお母さんは、スパゲティと玉ネギが少量入ったスープを深皿に入れて出してくれた。夕食はそのひと皿だけらしい。
スパゲティを口に入れると、ほとんど歯触りもなく溶けていった。ここもスパゲティを膨らませなければならない暮らし向きなのか、と少し気が重くなったが、唇が元の色に戻って元気を取り戻した子供たちには暗さのかけらもない。深皿の中身をあっという間に平らげると、お代わりを求め、母に向かって皿を突き出した。母は眉尻を下げて微笑み、大量のスープと少量のスパゲティを彼らの皿に入れる。彼らは兄弟3人で競い合うかのように一心不乱にかきこんであっという間に平らげ、再び皿を母に向かって出す。スパゲティを膨らませる意味がないではないか、とおかしくなるが、子供たちは屈託がなかった。

そんな彼らと、彼らに視線を向ける両親の穏やかな表情を見ながら、僕は「お代わり入れるよ」とお母さんから言われないよう、ゆっくりゆっくりスープをすすっていった。

文:石田ゆうすけ 写真:出堀良一

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