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誰もが歌って踊った? 情熱的すぎる30年前のヒット曲「ランバダ」の音色をもう一度

  • 2021.3.17
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80年代後半から90年にかけて一世を風靡したダンスミュージック「ランバダ」。その歴史について、20世紀研究家の星野正子さんが解説します。

1990年上陸で一世を風靡

1都3県(東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県)の緊急事態宣言の解除は3月21日(日)に期限を迎えますが、東京都の小池百合子知事は感染者数増加を受け、解除への言及を行っていません。そのようなわけで、東京に住む人たちにとって「おうち時間」の過ごし方は引き続き重大な課題になりそうです。

筆者の趣味はお菓子作りなので、ようかんを自作するなど楽しい「おうち時間」を過ごしていますが、いかんせん気になるのが体重の増加です。ものぐさな性格もあってか、ストレッチ運動も長続きしません。

そんなときには、もうテキトーに踊るしかありません。自宅であれば他人の目も気にならないので、たまった脂肪を少しでも落とすべく頑張っています。

踊るときのBGMはひと昔前のアイドル歌謡や洋楽といった、明るくわかりやすい音楽に限ります。ということで、先日久しぶりに聞いたのが「ランバダ」。そう、1990(平成2)年に日本に上陸し、「愛と官能のダンス」という触れ込みで盛り上がったダンスミュージックです。皆さん、覚えているでしょうか?

原曲はボリビアのフォルクローレ

そんなランバダを「ブラジルの曲」と勘違いしている人は、意外にも少なくありません。当時のミュージックビデオはどこからどう見てもブラジルっぽい雰囲気でしたが、実際にはフランスを発信源として大ヒットした曲なのです。

ランバダの原曲は、ボリビアを代表するフォルクローレグループのロス・カルカスの『Llorando se fue(泣きながら)』です。もともとは南米のフォルクローレそのままの哀愁漂う曲調でしたが、フランスで活躍していた多国籍グループ「KAOMA(カオマ)」がアップテンポにアレンジしました。

「ランバダ」のシングルCD(画像:エピックレコードジャパン)

カオマはセネガル出身の音楽グループ「トゥレ・クンダ」のメンバーにフランス人やブラジル人らを加えた多国籍グループ。なおトゥレ・クンダは1985(昭和60)年に行われたサザンオールスターズのツアーに登場したことでも知られています。

グループをプロデュースしたのは、フランス人のジャン・カラコスとオリバー・ローサック。ふたりはカオマに歌わせる曲として、ブラジルの音楽出版社から約400曲の権利を買い取っていました。これらの曲のなかから生まれたのがランバダだったわけです。

ただ、ここでひとつ問題がありました。

確かに権利を買っていたものの、原曲を歌ったロス・カルカスとの契約がなく、加えて無断で編曲していたため、トラブルも発生。当時は今と比べて著作権制度が曖昧でしたが、それを差し引いても強引な手法だったのです。

発売後、ラジオのリクエストで1位に

カオマのランバダはヨーロッパで瞬く間に人気となり、各国のヒットチャートで1位を獲得。そして1989年10月に日本に上陸しました。しかし、ブームの始まりは東京ではなく鹿児島でした。いったい、なぜ鹿児島だったのでしょうか。これには偶然の出来事がありました。

1989(平成元)年10月、フランス海軍の軍艦が鹿児島に上陸しました。街に繰り出した水兵は、鹿児島市内のディスコ「マハラジャ」で何度もランバダをリクエスト。日本ではまだ広く出回っていなかったランバダですが、このことがきっかけとなり、口コミで次第に広まっていきます。

『週刊朝日』1990年2月2日号によると、ランバダで思い出される、股(また)をこすり合わせるあの印象的なダンスを踊れる日本人は当時まだおらず、フランスの水兵たちは男性同士で朝まで盛り上がっていたといいます。

ディスコのイメージ(画像:写真AC)

日本でも11月にレコードが発売されると、FM局や有線のリクエストで瞬く間に1位にランクインします。

年が明けて1990年になり、六本木のディスコではランバダがかかっていないところはないというほど、盛り上がり加速。しかし、あの情熱的なダンスを踊る男女はほとんどいませんでした。当時の様子を取材した1990年2月20日付の『読売新聞』夕刊には、こう書かれています。

「しかし、踊りの方は気恥ずかしさが邪魔するのか、『見るのはいいけど、踊るのはちょっと』という人が多い。東京・六本木のディスコではいたるところでランバダがかかっているが、『音楽に合わせて一人で踊っている人がほとんど。最近になってやっとペアで踊る姿がちらほら見えてきた』という」

ちなみにレコードの発売元だったエピックソニーの関係者も、1989年の忘年会でディスコに繰り出した際に踊ったところ、なかなか勇気のいるものだったとしています。

そんなランバダですが、カバー曲や映画などの便乗が巧みだったこともあり、ブームは1年あまりと意外に長く続きました。

あの大御所歌手も歌った

ランバダのカバー曲の歌手といえば、「CHA-CHA-CHA」の石井明美が有名ですが、ほかにも

・内海みゆき(エピックソニー)・加藤登紀子、シルエット(CBSソニー)・池田政典、やや(東芝EMI)・日原麻貴(キングレコード)

と、各社入り乱れての共作になりました。いやはや、あの大御所歌手の加藤登紀子が歌っていたとは驚きです。

現在の加藤登紀子(画像:ソニー・ミュージックダイレクト)

そのほかにも、ミス・マガジン特別賞を受賞してデビューした日原麻貴の『今夜はLAMBADA』などもありました。ただ原曲の形はまるでなく、もはやラテンっぽければ何でもいいんじゃないのかといった雰囲気です。

ついには『ランバダ 青春に燃えて』という便乗丸出しの映画もアメリカからやってきました。こんな1990年の東京のはちゃめちゃな勢いをもう一度体験したいものです。

星野正子(20世紀研究家)

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