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凄絶ブヨブヨのスパゲティ|世界のパスタ①

  • 2021.3.11
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2021年4月号の特集テーマは「シンプルパスタ」です。パスタは麺類の中でも世界一広まったものと言えます。それを証明するかのように自転車で世界一周旅行を果たした石田ゆうすけさんは、どんなところでもパスタを目にしたと言います。そんな石田さんがアメリカでご馳走になったスパゲティの味とは――。

凄絶ブヨブヨのスパゲティ|世界のパスタ①

■世界一広まった麺、それはスパゲティ

世界で体験した、忘れられないパスタの話をしようと思う。
自転車で各大陸の端から端まで、文字どおり地を這うように地球をまわって感じたことだが、世界に最も普及した麺はおそらくパスタのなかのスパゲティだ。次点はインスタントラーメンで、こちらも世界じゅうに行き渡っていて、日清の創業者安藤百福氏はとんでもないものを発明したんだな、と感服したものだが、スパゲティはその比じゃなかった。ない国がなかった。南米の荒野にぽつんと立つ商店にもあったし、アフリカの限界集落のような小さな村にもあった。

また、スーパーの売り場を見れば、その地域の需要のほどが垣間見えるが、インスタントラーメンは目立たない棚にこじんまりと並んでいるのに比べ、スパゲティは各地で人目を惹くところにドーンと山積みされていた(アジアだと逆になるが)。

主食は地域によって、米、パン、ジャガイモ、トウモロコシ粉を練ったもの等、さまざまだが、スパゲティはサブの主食としての地位を、多くの場所で得ているようだった。保存がきいて、調理がほかの主食と比べても断然簡単、何より老若男女誰からも愛される飽きない味。世界じゅうで定着するのも当然だなと思う。
しかし、その浸透ぶりを考えると、何か釈然としないものがある。たとえばアメリカではこんなことがあった。

アメリカ・モニュメントバレー
アメリカ・モニュメントバレー

キャンピングカーで自由に旅をしている中年夫婦と出会い、夕食に招かれた。大きなキャンピングカーで、広々したリビングはまさに家だ。
男性は大学教授を思わせる知的な雰囲気で、昆虫と植物に詳しかった。車内にはトマトの甘酸っぱい香りが立ち込めている。
男性は立ち上がってキッチンの前に立ち、木べらで鍋の中身を混ぜながら振り返った。
「スパゲティのソースを煮込んでいるんだ」
ソースに入れたハーブやスパイスの名をひとつひとつ口にし、トマトやオイルの選び方、火の入れ方等々、ソースづくりを事細かに教えてくれる。今月のdancyuのレシピにあるようなトマトのフレッシュな旨さを求めるタイプではなく、がっつり煮込むタイプのソースだが、アメリカ人がここまで緻密に丁寧にやるのか、と失礼ながら意外な思いがした。

アメリカといえばジャンクフードのイメージがあったし、実際ハンバーガーやホットドッグはあきれるぐらいよく食べられている。またケーキやドーナツを食べると、その痛烈な甘さに毎回のけぞり、「どういう味覚をしてるんだ?」と首を傾げたものだ。
でも当然、健康に気を遣い、繊細な料理をつくる人も大勢いる。このキャンピングカー夫婦も明らかにそっち側の人だ。いい人たちに招かれたな、とこみ上げてくる下品な笑みを押し隠しつつ料理を待った。そうしてできあがったスパゲティを食べると、作曲家のように髪をかきむしりながら「なんでこうなるんだああ!」と心の中で叫んでいた。

ご馳走になっておいてこんなことを言うのも本当に申し訳ないのだが、ソースは手が込んでいるだけあって、レストランで食べるような本格的な味だった。なのになぜこうなるのか。すべてを帳消しにするブヨブヨのスパゲティ。それもゆで時間を間違えたというレベルではなく、釣り餌をつくるために念入りに煮込んだようなのび方だ。……そう、釈然としないのはここだ。世界にこんなに普及し、時間もたっているのに、イタリア以外、どこで食べてもスパゲティは凄絶にのびていたのだ(いや、実はイタリアも怪しかったが、その話は次回)。

キャンピングカーの場面に話を戻そう。ブヨブヨに柔らかいだけではなかった。のびきったスパゲティが水気を多く含むせいか、あるいは湯きりが悪かったせいか、皿を傾けると水がたまり、せっかくのソースが薄まって水っぽくなってしまう。麺の柔らかさは好みもあるだろうが、この水っぽさはどう考えてもミスだろう。そう思って男性を見ると、彼はスパゲティを食べながら、確たる自信を口元と目に浮かべ、「どうだい、この味は」と微笑んでいるのだ。
目指す岸辺が違うのだ、と思った。

文:石田ゆうすけ 写真:出堀良一(スパゲティ)

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