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女の子の幸せを祈っていただく、春のはまぐり。

  • 2021.3.3
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現代日本の食文化の基本が形作られたといわれるのが江戸時代。季節ごとの食材や行事と結びついた江戸の食文化や料理について知れば、食事の時間がもっと楽しく、幸せなひとときになる。連載「今宵もグルマンド」をはじめ、多くのグルメ記事を執筆するフードライターの森脇慶子が、奥深い江戸の食の世界をナビゲート。今回のテーマは「はまぐり」。女の子の健やかな成長を願う雛祭りに供される、はまぐりに込められた思いとは?

雛人形は、いつから飾られてきたのか?

3月3日は雛祭り。女の子の健やかな成長と幸せを願う行事として現代ではすっかりおなじみだが、一般庶民が豪華な雛人形を飾り、雛祭りを祝うようになったのは、江戸時代中期になってからのことのようだ。

そもそもの始まりは、平安時代。中国から伝わった上巳(じょうし)の節句がそのルーツだ。旧暦3月の最初の巳の日がそれに当たり、日本では、藁などで作った人形で身体を撫で、身の穢れを移したものを海や川に流して災厄を祓っていたとか。この風習が、当時、上流階級の子女の間で流行っていた“ひいな遊び”と結びつき、雛人形の原型が生まれたと言いわれている。そのひいな遊びの様子は、紫式部の「『源氏物語』」にも描かれており、また、あの清少納言も『「枕草子』」の中で、“雛の調度”を“うつくしきもの”のひとつとして取り上げている。

神谷町の日本料理店「空花」(後述)¥15,000のコースより「八寸」。右上のはまぐりをはじめ、ホタルイカ、フキノトウや白魚の天ぷら、タケノコの葉ニンニク味噌和え、聖護院カブとロマネスコのすり流しにホッキ貝をのせた一品など、春の食材がふんだんに使用されている。

上巳の節句が3月3日に定まったのは室町時代になってからのようだが、当時はまだ厄払いのための儀式的な要素の強いものだった。これが、江戸時代になり太平の世を迎えると、上巳の節句は五節句のひとつに数えられるように。以降は“桃の節句”と呼ばれ、雛人形を飾って祝う雛祭りとして広がっていったようだ。ちなみに、桃の節句と呼ぶようになったのは、桃には邪気を祓うという言い伝えがあったから。また、旧暦の3月(現在の4月頃)はちょうど桃の花が咲く時期でもあることもその理由のひとつだろう。

もともとは立ち雛だった雛人形が、現在のような座り雛になるのも江戸時代に入ってから。元祖は寛永年間に作られた寛永雛と言いわれている。その後、元禄雛、享保雛等々など、少しずつ変遷を遂げ、現代に通じる雛人形の原型となったのは、天明年間に生まれた古今雛だそうだ。また、五人囃子が雛壇に加わったのもこの頃で、天保年間(1781年〜1789年)になるとお雛様も次第に華美になっていったと見える。江戸庶民にも広く浸透し、日本橋付近には雛市も立つほどの賑わいを見せたという。

はまぐりが雛祭りに欠かせない理由。

さて、この雛祭りにちなんだ食べ物といえば、ひなあられ、菱餅、白酒、そしてはまぐりの潮汁にちらし寿司といったところだろうか。菱餅のルーツは中国で、上巳の節句に食べていた母子草(春の七草のひとつ、ごぎょうのこと)のお餅が原型らしい。これが日本に伝わり、母子草の代わりに、香り良よく邪気を祓うとされるよもぎを使うようになったとか。そして、江戸時代に菱の実を入れた白い餅が加わり、現代のような3色になるのは、クチナシを入れた赤い餅が加わる明治になってから。

それぞれの色には、赤は魔除け、白は長寿、緑は健やかな成長を願うという意味合いがある。この菱餅を、野外に持ち歩く携帯食として加工したものがひなあられとも言われていわれている。いっぽう、白酒も江戸時代からよく飲まれるようになったようで、これは、いまで言いうみりんにうるち米を入れて濁らせたもの。甘酒とは別物で、れっきとしたアルコール飲料ゆえ、右大臣が赤くなるのもの道理だろう。

また、雛祭りに欠かせないのは、なん何といってもはまぐり。というのも、2枚貝であるはまぐりは、一度外すと他ほかの貝とは貝殻同士が合わない。そのため、夫婦和合の象徴とされてきたからで、将来、女子の幸せな結婚を願う意味で、雛祭りの行事食となったというわけだ。5月に産卵を迎えるはまぐりは、ちょうど3〜4月が旬。縁起が良よいだけでなく、1年でいちばんおい美味しい時期でもある。

このはまぐりの潮汁につ付きものなのがちらし寿司。これも元を辿れば、平安時代のなれ寿司に端を発するという。ちらし寿司に新鮮な魚介を乗のせるようになったのはやはり江戸時代になってからのようだ。特に雛祭りの行事食として発展したわけではないが、その華やかさから好まれたのだろう。具材にも意味があり、海老は、腰が曲がるまで長生きできるように、れんこんは先を見通せるように、豆は健康でマメに働けるようにとの願いが込められている。

春の味わいを満喫できる日本料理。

空花(神谷町)

枝に咲く梅花の絵柄も雅なお椀の蓋を開ければ、春の海の香りが、ふうわりと顔を包み込む。お椀の中には、茶巾に絞ったはまぐり真薯(しんじょ)がひとつ。吸口には木の芽、椀づまはいまが旬のわかめのみというシンプルさ。だが、ひと口食べれば、まさにはまぐり!磯の旨味が口いっぱいに広がっていく。

こちらも「空花」のコースより、「はまぐり真薯(しんじょ)」。はまぐりの味わいを最大限に引き出した一品。

「これひとつに、小ぶりのはまぐり8個分を使いました。」おっとりとした笑顔でそう語るのは、神谷町の日本料理店「空花」のご主人、脇元かな子さん。女性とはいえ、あのミシュラン三ツ星シェフ神田裕行氏の元で7年間修業を積み、「アコメヤ厨房」では料理長を務めたベテランだ。去昨年10月、鎌倉から移転リニューアルしたこの店では、旬の味や行事色をさりげなく取り入れた優しい味わいの品々が楽しみだ。

いまの季節ならやはり雛祭り。コースには、先のはまぐり真薯のお椀を始はじめ、ひと口ちらし寿司や桃の花をあしらった八寸など、春爛漫の装いで目と舌を潤してくれる。

“素材の味を大切に、何を食べているかがわかる料理“を心がける脇元さんだけに、先のはまぐり真薯にしても、使っているのははまぐりにつなぎの卵のもと(酸っぱくない和風マヨネーズのようなもの)少々と葛粉のみの潔さ。それは、よくある真薯のように魚のすり身を入れてしまうと、はまぐりの風味がなくなってしまうから、との思いゆえ。八寸のはまぐりのジュレにしても、はまぐりに火を入れた時に出る煮汁をそのままジュレにするなど、素材本来の味わいを引き立てている。

そのはまぐり自体の火入れ加減も絶妙。ぷっくりと膨らんだ身からあふれ出るジューシーな旨味には思わず頬が緩むはず。色とりどりのちらし寿司も、春満開の野山のような愛らしさ。コースをひと通り頂いただけば、春を満喫できそうだ。

愛らしいひと口ちらし寿司には、イクラやカラスミ、コシアブラ、カンピョウ、サヨリの昆布締め、エビなどが色とりどりに盛り付けられる。通常のコースには含まれていないが、希望があれば予約時に伝えて。

神谷町駅から徒歩すぐ。茶室を思わせるカウンター席のほかに、個室も用意。脇元さんの料理を心ゆくまで味わいたい。

空花Sorahana東京都港区虎ノ門5-3-3 神谷町プレイス1Ftel:080-4071-0555営)12時~13時最終入店、17時30分~19時30分最終入店休)日 ※ほか不定休あり※新型コロナウイルス感染拡大防止のため、営業時間変更の可能性がございます。詳細はお問い合わせください。

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