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森喜朗問題「辞任は当然だが、決して黙らせてはいけない」男性学の専門家がそう語る深い理由

  • 2021.2.15
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2月初旬、東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長(当時)が、JOC臨時評議員会で女性蔑視ともとれる持論を展開。その後撤回したものの、記者会見での態度がまたも波紋を呼び、辞任に追い込まれました。男性学を研究する田中俊之先生が「それでも黙らせてしまってはいけいない」と語る理由とは──。

自民党の会合の冒頭、発言する東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長=2021年2月2日、東京・永田町の自民党本部
自民党の会合の冒頭、発言する東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長=2021年2月2日、東京・永田町の自民党本部
何が悪かったのかわかっていない

「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかります」「時間も規制しないとなかなか終わらないので困る」「組織委員会にも女性はいるが、みんなわきまえておられる」──。森氏のJOC臨時評議員会での発言が、連日大きく報道されています。

その後に記者会見を開いて謝罪したものの、決して本心から言っているようには見えず、記者の突っ込んだ質問にもいらだった様子を隠せませんでした。「何が悪かったのかわかっていない」という印象を受けた人も多かったのではないでしょうか。

森氏は、どんな世界を生きているのかという興味

森氏の発言は、現代のジェンダー観からはかけ離れたものであり、公の場で言えば女性蔑視と受け取られるだろうことは想像がつきそうなものです。なのに、なぜナチュラルに口に出してしまったのか、そもそもこうした女性蔑視的な論理や感覚はどう培われたのか、男性学の研究者としては興味がつきません。

発言の論理自体は、本当にひどいものです。まず、話が長いという個々人の性質によるものを「女性は」とひとくくりにした点。さらに、「ラグビー協会は今までの倍時間がかかる。女性がなんと10人くらいいるのか今……5人か、10人に見えた」と発言し、まだまだ女性理事が少ない日本ラグビー協会について、5人でさえ多いと感じていたのではないかという点。これは、森氏の世界では、女性理事の存在自体が違和感あるものとして捉えられているからでしょう。

「女性5人」を多いと感じてしまう心理

実際には、20人を超える理事メンバーのうち女性は5人だけで、数としてはむしろ少なすぎるほどです。この客観的事実から見るに、森氏の世界では、自分と同じ場にいて対等に発言する女性はノイズとして認識されているのかもしれません。

こうした発言が出るのは、女性は男性を立てるものであり、何か物申すことなどありえないと思っているからこそでしょう。「思っている」レベルをはるかに超えて、「全身に染み込んでいる」と言ってもいいかもしれません。

中年ビジネスマンが説明する
※写真はイメージです

だからこそ、女性が発言することにも、同じ場にいることにも、過剰に注意が向いてしまうのだと思います。だから現実としては、数は少なくても、森氏の中では“多く”感じてしまうのです。

同じような本音を隠し持つ男性は少なくない

冒頭の発言がナチュラルに口から出たということは、おそらく本音のはず。そして残念ながら、同じような本音を隠し持っている男性はいまだに少なくありません。

特に年配の男性に多い傾向があるのですが、彼らは無意識のうちに女性をひとくくりにして下に見ており、口には出さなくてもつい態度に出てしまったり、部下のうちなぜか女性の意見だけ耳に入ってこなかったりします。

こうした男性がたくさんいる世界が、いわゆる「男社会」です。これは企業でも大学でもよく見られ、女性活躍を推進する際の壁にもなっていますが、本人たちのジェンダー観を変えるのはかなり難しいのが現実です。男女が不平等な社会で生活する中で、無意識のうちに培われたもので、本人には悪意もないため、最近では大人の男性を変えるのはあきらめて「男の子の育て方を変えよう」という議論も起こっているほどです。

彼らに「そのジェンダー観は間違っている」とわかってもらうためには、どうすればいいのでしょうか。

データや客観的事実を示しても動かない

森氏の場合を例にとって考えてみると、女性のほうが、男性より話が長いというデータはない、むしろ現実は逆で、男性の話のほうが長いというデータがあると、客観的事実を示せばいいのではと思うかもしれません。

しかし、こうした説得は本人には通じないでしょう。彼らは客観的データより自分の世界のほうを重視する傾向があるので、「(データ的にはそうかもしれないが)俺はそう思わない」で終わる可能性が高いと思います。森氏も、記者会見で記者にエビデンスを求められた時、何を言われているのかわかっていないように見受けられました。

そもそも森氏のような男性は、記者なども含め、自分が下に見ている人の説得は受け入れません。相手を個々の人格として見ていないので、こちらがどんなに言葉を尽くしても心に届くことはないと思います。ところが、これが家族や親友、側近となると話は違ってきます。

家族や側近からの指摘が効く

自分が信頼を寄せている相手、個人として見ている相手が「それはおかしいよ」と言えば、理解できるかどうかは別として、理解しようという気にはなる可能性があります。森氏の場合は家族に怒られたそうですから、今は自分の発言の何がまずかったのか、もしかしたら少しわかっているかもしれません。

同じように、会社に女性を下に見がちな上司がいたら、本人が信頼している相手から説得してもらうのがいいと思います。ただ、ある程度上の地位にいる男性は、同年代の友人が少ない傾向があります。偉くなると周囲が間違いを指摘してくれなくなりますから、そういう時こそ友人の出番なのにそれもいない。

その意味で、組織の中で上位にいる人は、「自分だけ別世界を生きていないか」を確かめるすべを持っておくべきでしょう。特に男性には、間違いを指摘してくれる人がいないことを「怖い」と思う感覚を持っておいてほしいと思います。

今後も率直な発言を求む

全身に染み込んだジェンダー観を変えるのは難しいものです。それでも僕たちは、どうしたら女性差別が根付いた社会を変えられるか考えていかなければなりません。そのためには、まず差別的な発言をしてしまう人の論理や感覚をしっかり理解する必要があります。

現状を知り、分析し、問題を解決していく──。このステップを踏むためにも、僕は森氏には今後も率直に発言してほしいと思っています。もちろん辞任は当然の結果ですが。

発言を責めるのは簡単です。今の時代なら「失言が多いから」「こちらが正義だから」と黙らせることもできるでしょう。しかし、それは問題の根本的解決を遠ざけます。

「どうすれば同じような男性を変えられるか」考える材料

女性を当然のように見下す姿勢はどうつくられてきたのか、彼らはどんな世界を生きているのか、どうすればそうした男性を変えられるのか。森氏の発言をきっかけに、この3点をあらためて考えるべきだと思います。

この社会には他にも同じ考え方の男性がいて、そういう人たちに対処していかざるを得ない人もたくさんいます。適切な対処方法を探る上でも、森氏の論理や感覚はもっと知っておかなければ。今の段階で沈黙されてしまうとそこが果たせないので、森会長には引き続き発言の場が与えられるよう期待しています。

構成=辻村 洋子

田中 俊之(たなか・としゆき)
大正大学心理社会学部人間科学科准教授
1975年生まれ。博士(社会学)。武蔵大学人文学部社会学科卒業、同大学大学院博士課程単位取得退学。社会学・男性学・キャリア教育論を主な研究分野とする。男性学の視点から男性の生き方の見直しをすすめる論客として、各メディアで活躍中。著書に、『〈40男〉はなぜ嫌われるか』(イースト新書)、『男がつらいよ 絶望の時代の希望の男性学』(KADOKAWA)『中年男ルネッサンス』(イースト新書)など。

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