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「置いてあるだけで学習能力が低下」精神科医が語るスマホの"本当の怖さ"

  • 2021.1.14
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スマホやSNSを通じてネットの情報をいくらでも仕入れられるようになった。しかしどれくらいが頭に残っているだろうか。精神科医のアンデシュ・ハンセン氏は「スマホの使用により集中力や作業記憶が脅かされるだけでなく、学習能力も落ちる」と指摘する──。

※本稿は、アンデシュ・ハンセン『スマホ脳』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

在宅勤務
※写真はイメージです
スマホが置いてあるだけで学習能力が落ちる

スマホの使用に特に慎重になったほうがいいのは、学校や大学の教室内だ。そこで脅かされるのは集中力や作業記憶だけではない。長期記憶を作る能力にも悪影響が出る。スマホやパソコンがそばにあるだけで、学習能力が落ちるのだから。

ある研究で、2つの大学生のグループに同じ講義を聴かせた。片方のグループは自分のパソコンを持参し、もう片方は禁止されていた。パソコンを持参したグループが講義中に何をしているかを調べてみると、講義に関するウェブページをいくつも見ていて、そのついでにメールやフェイスブックもチェックしていた。講義の直後、パソコンを使った学生たちは、もう一方のグループほど講義の内容を覚えていなかった。学生に偏りがあったためではないのを確認するために、同じ実験を別の2グループでも行った。やはり結果は同じで、パソコンなしのグループの方がよく学習できていた。

手書きメモはPCに勝る

それなら、講義中にフェイスブックを開くのをやめればいいのでは? もちろん、それで確実に効果はある。しかし、SNSを見てしまう以外にもパソコンが人間の学習メカニズムに与える影響があるようなのだ。米国の研究では、学生にTEDトークを視聴させ、一部の学生には紙とペン、残りの学生にはパソコンでノートを取らせた。すると、紙に書いた学生の方が講義の内容をよく理解していた。必ずしも詳細を多数覚えていたわけではないが、トークの趣旨をよりよく理解できていた。この研究結果には、「ペンはキーボードよりも強し──パソコンより手書きでノートを取る利点」という雄弁なタイトルがついた。

精神科医アンデシュ・ハンセン氏(撮影=Stefan Tell)
精神科医アンデシュ・ハンセン氏(撮影=Stefan Tell)

これがどういう理由によるものなのかは正確にはわからないが、パソコンでノートを取ると、聴いた言葉をそのまま入力するだけになるからかもしれない、と研究者は推測する。ペンだとキーボードほど速く書けないため、何をメモするか優先順位をつけることになる。つまり、手書きの場合はいったん情報を処理する必要があり、内容を吸収しやすくなるのだ。

興味深いのは、スマホと一緒にいる時間が長いほど気が散ることだ。スマホを持って講演を聴いた参加者は、スマホを会場の外に置いてきた参加者と比べると、最初の15分の理解度は同じくらいだった。しかしその後は、講演から得られる情報がどんどん減っていった。15分間真剣に話を聴いたら、そのあとは集中が途切れやすくなるのは当然だ。そこでスマホが最後の一押しになるのかもしれない。

長期記憶をつくるのは脳にとって大仕事

何かを学ぶ、つまり新しい記憶を作るとき、脳の細胞間の繋がりに変化が起きる。短期記憶──短時間だけ残る記憶──を作るには、脳は既存の細胞間の繋がりを強化するだけでいい。だが数カ月、数年、あるいは一生残るような長期記憶を作ろうとすると、プロセスが複雑になる。脳細胞間に新しい繋がりを作らなければいけないのだ。記憶を維持し長く保たれるようにするためには、新たなタンパク質を合成しなければいけない。

だが、新しいタンパク質だけでは足りない。記憶の長期保存には、新しくできた繋がりを強化するために、そこを通る信号を何度も出さなければいけない。この作業は脳にとって大仕事な上に、エネルギーも必要になる。新しい長期記憶を作ること──専門用語では固定化と呼ぶのだが──は、脳が最もエネルギーを必要とする作業だ。これは私たちが眠っている間に行われるプロセスで、後でも見ていくが、人間が眠ることの大事な理由にもなってくる。

人工知能の概念
※写真はイメージです
スマホが長期記憶の邪魔になる

固定化がどのように行われるのか、もう少し詳しく見てみよう。私たちはまず「何か」に集中する。そうやって脳に「これは大事なことだ」と語りかける。エネルギーを費やす価値、つまり長期記憶を作る価値があるのだと。つまり、積極的にその「何か」に注目を向けなければ、このプロセスは機能しないのだ。昨日、仕事から帰って鍵をどこに置いたのか思い出せない。その原因は、あなたが集中せずに別のことを考えていたからだ。脳は、これが大事だという信号を受け取らず、鍵を置いた場所を記憶しなかった。だから翌朝、あなたは家じゅう探し回ることになる。

同じことが騒がしい部屋でテスト勉強するときにも言える。集中できないから脳は「これが大事」という信号をもらえないし、あなたは読んだ内容を覚えられない。これはつまり、記憶した情報は思い出すこともできなければいけないということだ。言った通り、記憶するためには、集中しなければいけない。そして次の段階で、情報を作業記憶に入れる。そこで初めて、脳は固定化によって長期記憶を作ることができる。ただし、インスタグラムやチャット、ツイート、メール、ニュース速報、フェイスブックを次々にチェックして、間断なく脳に印象を与え続けると、情報が記憶に変わるこのプロセスを妨げることになる。色々な形で邪魔が入るからだ。

絶えず新しい情報が顔を出せば、脳は特定の情報に集中する時間がなくなる上に、限られた作業記憶がいっぱいになってしまう。テレビがついている中で勉強しようとして、おまけにスマホもいじっている。脳はあらゆる情報を処理することに力を注ぎ、新しい長期記憶を作ることができなくなる。だから読んだ内容を覚えられないのだ。

デジタル情報が頭に残らないワケ

デジタルな娯楽の間を行ったり来たりするのは、情報を効率よく取り入れていると思いがちだ。だがそれはあくまで表面的なもので、情報がしっかり頭に入るわけではない。それなのに続けてしまう「原動力」は、そうすることが好きだから。そう、ドーパミンが放出されるからだ。

アンデシュ・ハンセン『スマホ脳』(新潮新書)
アンデシュ・ハンセン『スマホ脳』(新潮新書)

デジタルな(悪)習慣に、長期記憶を作る能力はどの程度脅かされるのだろうか。ある実験で、学生に自分のペースで本の1章を読ませ、その後、内容について質問をした。被験者の一部には読んでいる最中にスマホにメッセージが届き、それに返信しなくてはいけないようにした。返信するには時間がかかるから、読み終わるまでの時間も長くなる。その後、全員同じくらい内容を覚えていることが判明したが、メッセージに返信した学生たちのほうが読むのにかなり長く時間がかかっていた。メッセージを読んで返答した時間を差し引いても、同じ1章を読むのに長く時間がかかったのだ。

つまり、集中力を完全に回復させ、読んでいた箇所に戻るのには切替時間が必要なのだ。勉強中にメールやチャットに返信すると、読んでいる内容を覚えるのに時間がかかってしまう。スマホに費やした時間を差し引いてもだ。仕事や試験勉強でマルチタスクをしようとする人は、別の言いかたをすれば、二重に自分を騙しているのだ。理解が悪くなる上に、時間もかかる。チャットやメールをチェックするのは、例えば1時間に数分と決めてしまい、常にチェックしないのがいい方法かもしれない。

脳は近道が大好き

脳は身体の中で最もエネルギーを必要とする器官だ。成人で総消費エネルギーの2割を費やしている。10代の若者なら約3割。新生児など、エネルギーの実に5割が脳に使われているそうだ。今なら欲しいだけカロリーを身体に取り込めるが、石器時代にそれはできなかった。そのため、身体の他の部分と同じように、脳もエネルギーを節約し、できるだけ効率的に物事を進めようとする。つまり、近道をしようとするのだ。記憶に関しては特にそうだ。記憶を作るにはエネルギーがかかるのだから。

それが、デジタル社会で当然の結果を招く。ある実験で、被験者たちは様々な事実に関する文章を耳で聞き、一文ごとにパソコンに書くよう指示された。一部の人はパソコンに情報が残ると言われ、残りは情報は消去されると教えられた。文章をすべて書きこんだ後、覚えているかぎりのことを復唱してもらった。すると、パソコンに情報が残っていると思っていた人は、消されると思っていた人たちよりも覚えていた量が少なかった。

どのみち保存されるのに、なぜそれにエネルギーを浪費しないといけない? 脳はそう考えるようだ。驚くことでもない。作業の一部をパソコンに任せられるなら、そうするに決まっている。保存されるとわかっていれば、情報そのものよりも、情報がどこにあるかを覚えておくほうがいい。被験者たちがワード文書に文を書き留めた実験では、1つの文を1つのファイルにして異なったフォルダに保存してもらったが、翌日になると文の内容はあまり覚えていなかった。一方、どのフォルダにどの文書ファイルを入れたかは覚えていたのだ。

アンデシュ・ハンセン
精神科医
ノーベル賞選定で知られる名門カロリンスカ医科大学を卒業後、ストックホルム商科大学にて経営学修士(MBA)を取得。現在は王家が名誉院長を務めるストックホルムのソフィアヘメット病院に勤務しながら執筆活動を行う傍ら、有名テレビ番組でナビゲーターを務めるなど精力的にメディア活動を続ける。前作『一流の頭脳』は人口1000万人のスウェーデンで60万部が売れ、その後世界的ベストセラーに。

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