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アフリカの果てで出会った「タジン鍋」|世界の煮込み料理①

  • 2021.1.9
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2021年2月号の特集テーマは「煮込む。」です。タジン鍋と聞くと、ヘルシーかつ簡単に美味しい煮込みが食べられるというイメージが日本では強いですが、本場のモロッコではちょっと違うようです。旅行作家の石田さんがであった本場のタジン鍋とは――。

アフリカの果てで出会った「タジン鍋」|世界の煮込み料理①

■こってりこてこてなモロッコの国民食

モロッコにタジンという煮込み料理がある。専用の鍋がおもしろい。陶製の平たい鍋で、蓋は北斎が描く富士山のようなのっぽの円錐形。食材の旨味や栄養を逃さない形らしい。そのヘルシーさが日本で受けて、数年前に流行ったのだが(今でも使っている人はどれだけいるだろう?)、現地モロッコのタジンはヘルシーなイメージからは程遠かった。

肉、あるいは魚と野菜を煮込んだ、ひとことでいえば黄色いシチューだ。サフラン、ウコン、クミンなどのスパイスのほか、フルーツや蜂蜜が入っている。
モロッコに入った初日にこれを食べたときは、思わず微笑んだ。スパイスが絡み合ったマイルドな味で、甘味とコクがあって、実に旨い。これが国民料理なら大歓迎だ。毎日でもいける。

と思った3日後には飽きた。脂っこすぎるのだ。食材からにじみ出る脂だけでなく、コクを出すために食用油も相当入っているんじゃないか。それに、コクと甘味の強い味というのは、わかりやすいおいしさである反面、何日も続くと辛いものがあった。
しかし、ほかの料理を食べようにもなかなか見つからないのだ。大きな町ならいろんな選択肢があるが、自転車旅行だから大半は田舎にいる。するとタジンをしょっちゅう食べるはめになる。

ある日、西サハラに入った。抗争が長年続いている地域だ。西サハラは独立を宣言しているが、支配国のモロッコはそれを認めておらず、実質モロッコの一地域のようになっている。
海沿いの砂漠に白いテントがいくつも張られているところがあった。まるでテント村だ。ここだな、と思い、ナンナという男を訪ねた。道中出会った人から紹介された人物だ。
ナンナはすぐに見つかった。顔中に皺が刻まれ、老人のように見えたが、あるいは40代半ばぐらいかもしれない。彼は僕をテントに招いた。

中はサーカス小屋のような空間になっていて、10人は座れそうだった。地面にはじゅうたんが敷かれている。
人が入れ代わり立ち代わりやってきて、僕に笑顔で挨拶した。みんなサハラウィ(西サハラ人)だ。アラブ特有のゆったりした民族衣装を着ている。
テント村は、外見は難民キャンプのようだが、彼らの服装を見ても、テントの中の家具やじゅうたんを見ても、生活に困っているわけじゃなさそうだった。でも放牧している様子もないし、漁をしている風でもない。どうやって生活しているんだろう。

お茶会が始まった。
彼ら同士はアラビア語で話をしているが、僕にはフランス語を話した。フランス人の友人宅に長くいたので、限定的な会話ならなんとかできる。
会話はやがてモロッコとの対立の話になった。戦闘は散発的に起こっており、近年はモロッコ軍の爆撃で1000人ものサハラウィが亡くなったとナンナは言う。初めて聞く話だったので驚いたが、紛争は世界各地で絶えず起こっており、自分の知らないところでたくさんの命が失われているということか。
「俺の兄貴もモロッコ軍との戦闘で亡くなったんだ。もう20年も前のことだよ」
ナンナは淡々とそう語った。

仕事の話になった。何を生業としているのか。その問いにナンナはこう答えた。
「何もしていないよ。『漁師をやっている』と言えば、俺たちサハラウィはモロッコ政府から支給金がもらえるんだ」
聞けば、なんとか暮らしが保てそうな支給額だった。
「政府は俺たちが蜂起しないように"飴"を与えているのさ」
「それでも独立したい?」
「もちろんだよ」
皺が深く刻まれた顔の中で、彼の目が鋭く光った。

日が沈むと、大きな鍋を出してきた。鯛のタジンだ。ナンナは「マンジェ(食べろ)、マンジェ」と勧めてきた。
6人で鍋を囲み、彼らと同じように手づかみで鯛の身や野菜をちぎって食べる。
あれ?と意外な思いがした。いつものタジンと全然違う。さっぱりしている。脂だけでなく甘味も控えめで、鯛や野菜の旨味が前面に出ていた。これと比べると、店のタジンは脂のコクと甘味の強い味付けでごまかしているような気がしてくる。おそらく、西サハラのタジンだから味が違うというのではなく、モロッコでも人々がふだん家で食べているタジンはこうなのではないか。
「セボン(旨い)」と言うと、みんなの微笑がろうそくの明かりに浮かんだ。ひとつの鍋を一緒に囲んで食べる効用はやはり大きいのだ。僕は彼らの仲間に入れてもらえたような気分にさえなっていた。

ナンナがラジカセにテープを入れた。ボブ・ディランの声が流れる。学生時代によく聴いていたアルバムだった。当時住んでいた安アパートの部屋や、友人たちと飲んでいるシーンが次々に脳裏に浮かんだ。
束の間、過去に浸ったあと、現在に帰ってきた。目の前に民族衣装を着たサハラウィたちがいる。アフリカ大陸の果てで、褐色の肌をした彼らと一緒にタジンを手づかみで食べている自分がいた。胸が膨らむような思いがした。なんと遠くまで来たんだろう。

ボブ・ディランのかすれた声とギターの音が、夜の砂漠に朗々と浮かんでいた。『風に吹かれて』がかかると、みんなで口ずさんだ。
どれだけ死んだら、やりすぎたとわかるんだ、友よ、答えは風に舞っている――。
反戦をまっすぐ唱えているように感じていたその曲が、昔とはまた違ったように聞こえた。

文・写真:石田ゆうすけ

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