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クリエイターが選ぶ、私を救ってくれたこの一冊、この映画。

  • 2020.12.31
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突然、濃い霧の中に投げ出されたような2020年。仕事も人間関係も価値観も大きな変化を求められながら、そう簡単に心まで変えられるものではなくモヤモヤの日々。デザイナー、フォトグラファー、編集者の4人の女性たちにとって、かつて一歩を踏み出す契機となった本と映画から、新しい景色を手に入れるヒントをつかんで。

力強く、美しい一篇の詩を前に、立ち止まった時のこと。01. 『茨木のり子』|推薦人:牛島暁美(エディター、ライター)

MUJI BOOKS 人と物5『茨木のり子』茨木のり子著良品計画刊¥550

みたび出合い、その3度の出合いの時をいまでも忘れないのは、よほど、この一篇の詩が私の何かと呼応するからかもしれない。本書に収蔵されている『自分の感受性くらい』との最初の出合いは中学3年生の頃で、黄色いスヌーピーの手帳に万年筆でこの詩を書き写し、毎日眺めた。発表されて1年後のことだ。2度目は、女性誌の編集者として仕事をしていた頃。忙しさの中にあって楽しさも多く、思い上がりも出てきて、上司との意見の食い違いに我慢もなくかっとすることが多かった。ある時、突然、その上司の口からこの詩が飛び出した。3度目はつい最近。話題のHSP(Highly Sensitive Person)という言葉を自分のこととして受け止めた時だ。『自分の感受性くらい』の有名な冒頭「ぱさぱさに乾いてゆく心をひとのせいにはするなみずから水やりを怠っておいて」そして、「頼りない生牡蠣のような感受性それらを鍛える必要は少しもなかったのだな」(同茨木のり子収蔵『汲む――Y.Yに――』)が、いくつになっても他人との意見の違いや摩擦に傷つく私に、自己嫌悪の暗い淵から踵を返すよう促してくれる。

<推薦人>牛島暁美エディター&ライター。「フィガロジャポン」「フィガロヴォヤージュ」ほか女性誌、書籍の編集に携わった後、2020年にフリーランスとして活動スタート。本と甘いものが大好き。

迷ってもへこんでいても、観終えたら、どんどん歩きたくなる。02. 『ビッグ・リトル・ファーム理想の暮らしのつくり方』|推薦人:中山路子(ミュベールデザイナー)

時々、途方もなく迷子になってしまうことがある。この映画は、そんな時、心に気持ちよく寄り添ってくれるドキュメンタリー。どんなに難しいと思われる夢も、愛や努力、希望、そして信念で叶えられるんだ。可能性を広げるのは自分自身を信じきれるかどうかなんだ! と、何度観てもそのたびに、感動と勇気をもらうことができる。知識も経験もない夫婦ふたりが8年かけて荒地を人、動物、植物が助け合う農場へと創り上げていく。動物と対話し、知恵を絞り、ともに喜び、ともに戦う。いかに自分が人間第一で、強欲に生きてしまっているのかも、同時に反省しちゃう。いまの時代、そしてこれからの時代にとても大切で、とびきり気持ちも映像も美しい映画。観終えたら、やさしく、すがすがしく、そして前向きになれてしまう。いい空気を思いっきり吸いたくなり、おいしい野菜をモグモグほおばりたくなり、土の上をどんどん歩きたくなる。

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『ビッグ・リトル・ファーム理想の暮らしのつくり方』●監督/ジョン・チェスター●出演/ジョン・チェスター、モリー・チェスター、愛犬トッド、動物たち●2018年、アメリカ映画●本編91分●自主上映会実施中。詳細は、公式HPで確認を。https://synca.jp/biglittle© 2018 FarmLore Films, LLC

<推薦人>中山路子MUVEILを2007-08年よりスタート、17年に新ブランド「M」を発表。madame FIGARO.jpでは「PRIVATE DAYS」を連載中。https://muveil.com/Instagram:@michiko_m_nakayama

厳しい現実をつづりながらも、なぜかセラピーのように響く。03. 『子どもたちの階級闘争ブロークン・ブリテンの無料託児所から』|推薦人:金 玖美(写真家)

幼少期に読んだ本を契機に英国に憧憬を抱き、現在にいたる。大人になるにつれ空想よりも現実をつづったものへと嗜好は変わったが、やはり英国に関する読み物が好きだ。本書は保育士をしていた著者が、託児所での日常をミクロな視点でつづりながら、社会のマクロな問題へと複眼的に切り込んでゆく。多種多様な国々からの移民や、いわば下層階級に生きる英国人家族の話はあまりに生々しく、五感を刺激する。地べたからの目線と俯瞰を繰り返しつつ結構キッツイ話を読み進めていると、ふと文中に美しい人間の情景が現れる。不意を突かれ、顔がおのずと泣き笑いになっていくのだ。移民の端くれでもある私は、英国の多様性や寛容性に惹かれ写真を撮り続けているが、著者の本に出合い、もしかして私の思うところの多様性とは表層的でお花畑的だったのかも?と背筋が伸びる思いがした。絶望的とも思える地べたの社会をリアルにつづる著者の言葉には、温度があり救いがある。著者のアナーキズムが、凝り固まりがちな価値観を軟化し視野を広げてくれるだけでなく、時にセラピーのように響くのだ。

<推薦人>金玖美ファッションやポートレートの分野で国内外の広告や雑誌で活動。2019年に写真集『EXIT』を上梓。個展を10カ所以上で行った。現在、新作を準備中。http://koomikim.comInstagram : @koomikim_photo

人生の輝ける瞬間や時間を、味わいなおすことの意味。04. 『バベットの晩餐会』|推薦人:編集KIM(フィガロ編集部)

この映画はとても静かだ。寒村、歳を重ねた姉妹、そして姉妹に仕える流れ者の女性。日常を慎ましく生きる老姉妹に、一度だけ、この使用人の女性が腕を振るって豪華絢爛なガストロノミックな料理をふるまう。実はそれだけの物語。パリで気鋭のシェフとして注目されていた女性は、家族も地位も失い、デンマークの海辺にたどり着く。映画は淡々とした語り口で登場人物たちを映し、元シェフの使用人女性の悲しみもつづらなければ、老姉妹との心の交流を強調もしない。けれど情熱を懸けてやり遂げてきた料理人の仕事への誇りが、静かな映像からあふれ出すよう。どんなに辛いことがあったとしても、人生という「時」は流れ続ける。燃え尽きそうなくらい心を傾けたSOMETHINGが人生においてあったのだ、という記憶は、いつまでも魂を支え続ける。現在の自分自身の感じ方・ものの見方が人生に起きた出来事からつくられているのだとしたら、自分自身の中に残り宿っている「輝けるもの」を味わいなおすことも人の心を助けてくれるはず――私がそんな気持ちになれた一作。

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『バベットの晩餐会』●監督/ガブリエル・アクセル●出演/ステファーヌ・オードラン、ビアギッテ・フェダースピール●1987年、デンマーク映画●本編103分●Blu-ray¥5,280 DVD¥3,850●発売:是空/TCエンタテインメント●販売:TCエンタテインメント

<推薦人>編集KIM「フィガロジャポン」編集長代理。映画のためなら寝不足も幸せ、という編集部イチの映画好き。madame FIGARO.jpでは「編集KIMのシネマに片想い」を連載中。

生き方を見つめ直したい時に読みたい本、観たい映画。

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