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ひとりきりのクリスマス……独身男性が都内をさまよい、最後に辿り着いた「安息の地」

  • 2020.12.20
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東京で暮らし、働く男性たちは、日々何を見て何を思いながら過ごしているのでしょう。イラストレーターでライターのズズズ(zzz)さんが、自身の「何でもない今日」をイラストともに切り取ります。今回のテーマは「新橋のひとりクリスマス」。

ひとりぼっちを感じる夜に

2019年のクリスマス。私(ズズズ。イラストレーター、ライター)はコートのポケットに両手を入れて肩をすぼめながら少し早足で歩いていました。

平日の折り返し地点である水曜日の夜、新橋。

月曜から金曜日にかけてだんだんと盛り上がりを見せる典型的なオフィス街です。飲み屋から聞こえてくる楽しそうな声を聞くとお酒を飲みたい気分になりますが、明日の仕事に備えて控えたいところです。

それでもまだ家には帰りたくないという思いから、新橋駅から徒歩3分ほどの桜田公園(港区新橋)向かいのスターバックスへ立ち寄りました。

こちらのスターバックスは蔦屋書店が併設されていて、本を読みながら過ごすことができる「お酒を控えたいけど、帰りたくない夜」に最適なスポットです。私と同じような仕事帰りのサラリーマンがよく時間をつぶしています。

しかし、この日は店内に入ると違和感を覚えました。

陽気なクリスマスソングが流れていて、男女のペアが多い。胸を針で刺されたようなチクッとした痛みを感じ、「なるべく“クリスマス”に出合わないように暮らしていたのに……不覚だった」という思いが頭をよぎります。

これはまだ序の口で、例えば夕方に街を歩いていて不意にイルミネーションに出合ってしまうと悲惨です。周りを見渡すといつの間にか肩を寄せ合う恋人たちに囲まれていて、この世界にひとりぼっちなのは自分だけではないかという錯覚に陥ってしまいます。

逃れたいと思えば思うほど

クリスマスは普段と変わらない1日だと思って過ごす人もいますが、とはいえやっぱり恋仲の相手と楽しく過ごしたいという人もいるはずです。

クリスマス。街角にはイルミネーションがともり、カップルたちが肩を寄せ合う(画像:ズズズさん制作)

独り身でかつ後者の思考の人間にとって、クリスマス当日はもちろんですが、クリスマスが近づくにつれて高まる街や人のテンションには恐怖すら覚えるのではないでしょうか。 すぐに店を出て何とかクリスマスから離れたいと思い、スマホを片手に検索します。「クリスマス ひとり 過ごし方」。するとこのような記事が山のようにヒットするでしょう。

■クリぼっちの過ごし方・温泉で日頃の疲れを取りましょう!・アロママッサージで自分にご褒美を!・たまにはホテルでおいしい食事を!・仕事を詰め込もう!・家でゲームをして忘れよう!・街コンに参加して出会おう!

などなど。

お気付きでしょうか。クリスマスから離れたいと思っている時点でもうクリスマスからは逃れられないのです。これらの記事を書くライターさんに問いたい。本当にその過ごし方を心からおすすめしているのだろうか! と。

せめてホットコーヒーを買おうと近くのセブンイレブンに入る。商品の棚を見ることなくレジに直行し、ホットのレギュラーを注文しようと口を開いた瞬間、レジ横のおでんが目にとまり、私は無意識にこう言っていました。

寒空、小走りに向かった先

「おでん、お願いします。」

店員さんが笑顔で対応してくれる。大根、たまご、こんにゃく、あらびきウインナー巻、もち巾着――。

湯気の立ち上るおでんの容器を眺めながら無心で選ぶ時間は確実にクリスマスのことを忘れていました。ゆずこしょうとからしを手に取り、お会計を済ませる。

余談ですが、私は名古屋出身なので家でもコンビニでも味噌(みそ)おでんがデフォルトでした。

家だと「つけてみそ かけてみそ」という名の、名古屋で知らない人はいないくらいに有名な市販調味料をかけます。上京してからコンビニおでんを買おうと思ったとき、調味料のラインナップに味噌がないことにカルチャーショックを覚えたのを今でも覚えています。

温かいおでんと冷たいお茶を購入して小走りで桜田公園に向かいます。新橋サラリーマンの憩いの場です。

ブランコに揺られる中年男性、喫煙スペースで夜空を見上げながら煙草を吸う人、さまざまな人が集まり、それぞれの時間を過ごす場所。ベンチで肩を寄せ合う会社員カップルもいますが、ここでなら何となく「まあいいか」と許せてしまうから不思議です。

空いているベンチを見つけておでんのふたを開ける。寒空の下、立ち上る湯気はおでんのだしの香りをのせて空腹の私をあおってきます。だしの染みた大根を箸で四つに切り、からしにつけてから口の中に放り込む。

あふあふと口の中で大根を転がし熱気を冷ましながら空っぽの胃におさめていく。口の中に残った熱気は冷たいお茶で流し込む。これを繰り返し続けることで感じる至福の時間。

白い吐息は静かに消えた

夜空を見上げても星はなく、雲の向こう側にかすかな月明かりが見えるくらい。コートのポケットからイヤホンを取り出して耳に装着。何となく音楽を聴こうとスマートフォンを操作する。たまたまプレイリストの中で目にとまったのは……

ウルフルズ「笑えれば」

とにかく笑えれば、最後に笑えれば、情けない帰り道、ハハハと笑えれば、から始まる歌詞は普段よりも胸に響くような気がして、おでんの温かさで泣きそうになってきました。この曲を聴くと「あぁ、今日も良い1日だったな」と思えて、すべてがどうでも良くなります。

情けない帰り道に、ちょっと泣けて笑えたおでんの味(画像:ズズズさん制作)

たまごを1個そのまま口に放り込んでむせそうになる。バカだなぁと思いながら、笑えてきます。吐息は白く、曇った夜空に静かに消えていきました。

今年もあと数日で終わるのか。ゆっくりと1年の出来事を思い出しながら人生の棚卸をしていく。そんなクリスマスもたまには良いのかなと思わずにはいられない、そんな夜でした。

ズズズ(イラストレーター、ライター)

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