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ロン毛と中間テスト【彼氏の顔が覚えられません 第29話】

  • 2015.5.28
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5月の下旬、まだ五月病は癒えない。「はぁ。やる気しない」そうつぶやく。

「何をおっしゃってるんですの、ヤマナシ先輩。中間テスト、赤点になっても知りませんわよ」

と、コモリに怒られる。スタバで文化人類学の勉強中。中間試験なんて、わけのわからないもののために。まるで中学か高校だ。

そもそもこの科目、『となりのトトロ』に出てくるお父さんみたいな、のほほんとした人がやる科目じゃないのか。期末とレポートで十分だ。なのに、なぜ金八先生みたいな熱血教師が教鞭を握っているんだろう。「いいですかー。人という字は…」って、やめてください、それウソですから! つい授業中に叫びそうになってしまった。

「いーよ。どうせ必修科目じゃないし。落としたって、別の教科で補えば」

挙げ句、ついこの間の私だったら考えられないようなことを口にしている。タナカ先輩の悪い影響が出ている。コモリはバカにした感じで、はぁとため息をつく。それを悔しいとすら思えない。

タナカ先輩はと言えば。連休前に彼の過去を知って、自分でも驚くくらいまったく興味のない話で、やっぱり彼と仲睦まじくなるのはムリなような気がした。

結局、先輩はお金持ちの家に生まれて、将来も約束されていて。それなのにそのレールに乗ることから逃げてるだけの、ワガママな子どものように思えてしまったのだ。

一方コモリは、彼が読モ時代を「黒歴史」だと片づけても、やっぱり憧れは消えていなくて。あれから、日々先輩のことを追っかけているらしい。

「早く押し倒して、キスとかしちゃえばいいのに」

ふいに言うと、コーヒーをすすっている最中だったコモリは漫画みたいにむせた。ぶっふぉっ、ぶっふぉっ。ふだんのお嬢様口調が台無しになってしまうような野太い咳こみ方だ。

「ちょっ…いきなり何をおっしゃるのっ!? ハレンチなっ! わたくしと先輩は、そういう邪な間柄じゃありませんことよっ…もっと神聖な…魂と魂で惹かれあう運命的な間柄なのですわっ!!」

魂で惹かれあう、ねぇ。ピュアすぎて、何を勘違いしているのやら。「またコモリちゃんが追っかけてきたよー…何とかしてよー…」と先輩は毎日のように私にLINEしてくる。惹かれあうどころか、ただの一方通行だ。

勘違いは、私に対してもある。あの先輩の過去を聞いた日。私がふたりを置いて先に出ていってしまったのは、コモリに対して気を遣ってのことだったと思っているみたいだ。

「タナカ先輩と巡り合わせてくださったこと、そのあとふたりにしてくださったこと。一生、感謝しきれませんわ」なんて。やれやれ、とは思わないけど。初対面のときみたく恨まれるよりはマシか。

これからしばらく彼女とつるむことになるのだろうか。かつて、ユイやカズヤとつるんでたみたいに。やがて彼女もまた私の元を離れるときがくるのだろうか。

今は彼女の方から寄ってきてくれる。近くまできてくれて、見覚えのあるおでこが判別できたら、あ、コモリだ、とわかる。もし彼女の方から寄ってこなくなったら、二度と彼女を判別できない。

私という人間はそんな風に、どうしようもない問題を抱えている。ひょっとしたらユイもカズヤも、実はすぐそばにいるのかもしれない。気づかないだけだ。私が思うより世界は狭いのかもしれない。いたずらに、広く広く感じているだけだ。

例えば、正面の席に座っているあのロン毛の男性。髪型さえ変えれば、体型はカズヤそのものだ。あ、目が合った。なんだかこっちに向かってきているようだが、気のせいだ。きっと私の後ろの席に、知り合いがいるのを見つけたか何かなんだろう。

でも、声をかけてきたら? よぉ、イズミって。そんな、あんなに髪が伸び放題なのに、イヤだ。てか、なんでカズヤなんて思ったんだろう。似ても似つかない髪型なのに…。

「よぉ、イズミ」

え。

男性は私の頭に手を置く。その手の感触に覚えがある。コモリも、彼のことを見ている。

「…タニムラ先輩!?」

コモリが言う。タニムラって、カズヤの苗字だし…ってか、知り合いなの?

やっぱり私が思うより、世界はずっとずっと狭い。

(つづく)

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(平原 学)