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「順序を踏まないと踊れない」バレエと知財の密接な関係/草刈民代インタビュー(1)

  • 2020.11.25
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音楽、本、テレビ、映画、ゲームなど、暮らしの中には、多くの知的財産(知財)があるのをご存知だろうか?

華やかなバレエの舞台にも、音楽、美術、衣装をはじめ、踊り(振付)など、たくさんの知財が存在している。そこで、BOOKウォッチ編集部では、世界的にもプリマ・バレリーナとして活躍し、現在も女優として観る人を魅了し続ける草刈民代さんに、知財について話を聞いた。

草刈さんは、知財について書かれた書籍『すごいぞ! はたらく知財』(内田朋子 萩原理史 田口壮輔 島林秀行 監修:桑野雄一郎(高樹町法律事務所)、晶文社)の中で、"振付家の著作権とダンサーの権利"について解説している。実務では、自ら権利交渉なども行った実績のある草刈さん。本書は、その経験を生かした記述になっている。

本稿では、草刈民代さんと著者の内田朋子さん(共同通信社・編集局ニュースセンター)による対談インタビューを全2回に分けて実施。第1回では、草刈さんが今までに経験したバレエに関わる権利交渉について注目している。

内田 草刈さんは、女優として数々の作品に出演し活躍の場を広げていらっしゃいますが、最近はWeb上での活動も増えていますね。その中で、不特定多数へ向けたSNSの使い方にリスクを感じているとか。

草刈 今の世の中、自分の発言が意図しない方向に解釈されて、面白おかしく記事化されたり、もっと深刻な事態に引っ張られてしまうことが頻繁に起こっています。 TwitterやInstagramなどで「不特定多数に対して発信をすること」自体に大きなリスクを感じることがあります。

SNSでは、「面倒くさいことになってしまいそうだから、書くのはここまで」という意識を持って投稿してしまったり、投稿自体を躊躇することもあります。

内田 リスクに目を向けている、ということですね。 その意識の高さは、バレリーナ時代のさまざまな経験から来ているようにも感じます。ところで、バレエの舞台には多くの権利が存在しますが、当時から草刈さんは、それらの権利についてたくさんの知識がありましたよね。

草刈 そういった権利やそれに伴うリスクについて触れるようになったのは、19、20歳の頃。故ジョージ・バランシンさん (※1904年〜1983年 ロシア生まれのジョージア人振付家。アメリカに移住し、ニューヨーク・シティ・バレエ団を創設するなどした)の作品を上演するにあたって、バランシン財団の許可や作品の買い取りが必要ということを目の当たりにしたことがきっかけです。

その中で、作品やダンサーは権利と密接に関わっていて「きちんとした順序を踏まないと踊れない」という意識も自然と生まれたのだと思います。

内田 私もメディア関係の記事、写真についての権利の知識はあったのですが、草刈さんに教えてもらうまでは、「一定の権利をクリアしないとバレエ作品を上演することができないこと」を詳しくは 知りませんでした。「踊りの振り付けは著作物である」ことを知ったのは、草刈さんのおかげです。

「バレエ」と「知財」は密接な関係にある

草刈 特に、存命している振付家の作品を上演する場合、本人から上演許可をもらうことが必要になるので、ダンサーにとっては「踊りたい作品があるけれど(振付家本人の)許可が取れるのか?」というところがポイントになるのです。

世界的に有名な故ローラン・プティ先生 (※1924年〜2011年 フランスの振付家 )は、どの国で作品が上演されても、主要なキャストはすべてご自身で決められていました。彼が認めたダンサーしか使わなかったのです。そういったことを意識するうちに、作品上演に関わる権利についても意識するようになったのでしょうね。
当時は、これが「知的財産」に値するとまでは理解していませんでしたが......(笑)。

内田 草刈さんは、バレリーナ時代から公演プロデュースの仕事にも挑戦していますよね。
2005年に愛知県で開催された国際博覧会(愛知万博)の野外公演をはじめ、2006年には世界3都市と国内7都市 で上演された舞台「ソワレ」のために、権利を巡る交渉の仕事も経験されていました。

草刈 若い頃から、先生方が権利関係について話しているのを聞いているうちに「この作品は、 何をクリアすれば踊ることができるのか」ということを実践的に理解することができるようになったのだと思います。プロデュース時の権利交渉も負担に思わず担うことが出来ました。

公演上演のため、自ら「権利交渉」に奔走

内田 ご自身の中で交渉内容が整理されているからこそ出来た「権利交渉」だと思います。
引退公演「Esprit〜ローラン・プティの世界」の舞台裏を追ったドキュメンタリーでは、Skypeを通じて振付指導者のルイジ・ボニーノ氏と打ち合わせをする姿が印象的でした。

草刈 引退公演「Esprit〜ローラン・プティの世界」のキャストには当時英国ロイヤル・バレエに所属していたタマラ・ロホさん、中国中央バレエ団に所属するワン・チーミンさん、そして私の後輩である田中祐子さんに出演していただきました。

皆さん、とてもクオリティの高いダンスを見せてくれました。実は、このプログラムを決めた時、ローラン・プティ先生からは「今までのローラン・プティ・ガラのなかでいちばん良いプログラムだ」と言っていただいていたのです。

内田 草刈さんの交渉力なくしては、日本であれだけのプティ作品の傑作の数々を見ることができなかったとも思っています。

草刈 そういっていただけると、とても嬉しいです。特にロシアのイーゴリ・コルプさんは、この公演に出演したことが、その後のキャリアにも大きく影響したそうです。

この公演を経験して、私は改めて「環境が整えば能力のある人はさらに能力を発揮する」と実感しました。同時に「まず、その環境を作ることが大事」ということも痛感しましたね。

バレエの舞台には音楽、美術、衣装などいくつもの権利が発生しているが、今日、草刈さんが話されていた権利交渉は下記の「著作権」にあたる部分。
踊りは「著作物」ではなく「実演」として与えられる権利のため「著作隣接権」と定義されている。

草刈さんは10代からバレリーナとして身を以て得た知識が、自身のプロデュース公演で活きて、国際博覧会(愛知万博)の野外公演、舞台「ソワレ」などが上演され、日本にバレエを根付かせるきっかけとなったようだ。

(第2回につづく)

※第2回は12月上旬公開予定

プロフィール

草刈民代
東京都生まれ。牧阿佐美バレエ団の主要バレリーナとして活躍、1987年全国舞踊コンクール第1部第1位、文部大臣奨励賞をはじめ、数多くの賞を受賞してきた。バレリーナとしては10年前に引退したが、国内外の公演でプロデューサーとして、アーティストとして活躍し続けている。96年の映画『Shall we ダンス?』(周防正行監督)の主演を機に、映画やドラマでも活躍。

内田朋子
東京都生まれ。青山学院大学経営学部卒業後、共同通信社に入社。編集局写真企画部、写真データ部で撮影取材、データベース業務、デジタル戦略本部企画開発室委員としてデジタル事業に携わる。編集局ニュースセンター校閲部委員。日本新聞協会では著作権関連の委員会、研究会の委員を長年務めた。「知財とメディア」をテーマに、雑誌記事寄稿、ラジオ番組などのメディア出演、講演、セミナー、シンポジウム、トークショー、各大学講義のゲスト講師として登壇多数。京都芸術大学非常勤講師(情報リテラシー論)。著書に「すごいぞ! はたらく知財~14歳からの知的財産入門~」(晶文社)。

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