1. トップ
  2. グルメ
  3. まんまるおめめに鋭い歯 伊豆諸島で密かに人気上昇中、謎の美味魚「シャビ」とは

まんまるおめめに鋭い歯 伊豆諸島で密かに人気上昇中、謎の美味魚「シャビ」とは

  • 2020.11.20

黒い見た目が悪かったり、小骨が多かったりで伊豆諸島の地元民すら敬遠していた謎の魚「シャビ」。実は大変美味でした。その魅力について、伊豆諸島紀行作家の斎藤潤さんが解説します。

食べると美味、でも見た目が……

伊豆大島の元町地区にある、「雑魚や紀洋丸」(大島町元町馬の背)という郷土料理を出す店で献立を眺めていたところ、焼き魚の欄に「島魚(タカベ・サビなど)」と書かれていました。

タカベは伊豆諸島を代表する夏の魚ですが、サビが分かりません。しかし、サビとは恐らく「錆」のことで、きっとアイツに違いないという心当たりはありました。各地でひそかに愛好されている隠れた人気魚に大島でも巡り合えるかもしれないと、胸が弾みます。 早速どんな魚かおかみに聞いたところ、

「食べるとおいしいんですが、黒くて見た目が悪かったり小骨が多かったりで、島でも限られた人しか食べていなかったんです。最近ですね、うちでも出すようになったのは」

正体に関する確信は深まりましたが、今日は肝心のサビが入荷していないとか。

翌日、大島から帰るために島の北部にある岡田港へ行き、遅い昼食をとることにしました。サビ恋しの気分を引きずったまま、港の前のK食堂(最近廃業)に入り、早くできるものを聞いたところ刺し身定食をすすめられました。刺し身定食は当たり外れが大きいので、内容を確認したほうが無難です。

すると今日はシャビが中心で、刺し身、たたき、べっこう(漬け)の3種類もついてくるとのこと。シャビとは、もちろんサビです。それ以外は、クロムツ、アオリイカ、アジだという。もちろん、即断即決です。

奥の右がシャビのたたき、左が刺身、手前の右から2番目がシャビのべっこう(画像:斎藤潤)

注文後、壁の手書きメニューにシャビの肝煮まで発見して、慌てて追加注文しました。そうだ、もしかしたら、

「済みません。もし、さばいていないシャビがあったら見せてもらえませんか」「ここにはないので、ちょっと待っててもらえますか」

意外にあっさりしているけれど、かみしめて舌の上で転がせば深い味のシャビ肝をさかなにビールを飲んでいると、「お客さん」と声をかけられました。付いていくと厨房(ちゅうぼう)のまな板の上で、皮の色がさびたようなすすけたような全長80cmくらいはあろうという大きく細長い魚が、バットからはみだしています。

クロシビカマスに間違いありません。八丈移民が開拓した南大東島ではナワキリ、紀州ではヨロリ、小田原周辺ではスミヤキと呼ばれていたあの魚でした。

しょうゆをはじくほどの脂が乗った身

澄んだつぶらな目は、ギロリ。牙のように長く突き出した歯が、恐ろしげです。刺し身定食には、刺し身6種類のほかに、小皿8品とシャビのあら汁まで並び大満足。

シャビの肝煮(画像:斎藤潤)

シャビの刺し身は少し小骨が気になりましたが、しょうゆをはじくほど脂がよく乗っています。小骨ごとたたいたたたきは、とろりと口の中でとろけそう。これを、汁に入れてツミレのようにするとまたうまいと聞き、間違いなくそうだろうと確信しました。

島唐辛子が効いたしょうゆに漬け込んだべっこうは、ねっとりしたうまみが口に広がります。この味を知ってしまった人たちの間で、人気が高まるのは当たり前でしょう。

シャビのことが気になって、他の島でも機会があると話題にしました。三宅島の阿古で、釣りが好きだという宿の主人にたずねたところ、

「ツリッキリのことだろう。時々桟橋で釣りをしていると懸かるけど、誰も食わない。歯が鋭くて、釣り糸をかみ切ってしまうから、ツリッキリっていうだじ」

夜になると浅いところまで揚がってくるが、基本的には深場の魚だそうです。そして、東京都水産試験場が2004(平成16)年に発行した『魚名について―伊豆・小笠原諸島の魚たち』という資料を見せてくれました。

それによれば、シャビの標準和名はクロシビカマス。それ以外に、伊豆諸島では

・オキサワラ・オキザワラ・キキ・ゲドウ・サビ・スミヤキ・タチウオ・ナワキリ・ヒキキリ

などと呼ばれていると書かれていました。しかし、ツリッキリは載っていません。恐らく、微妙に違う呼び方がもっとたくさんあるのでしょう。

神津島でも密かに愛されていた魚

別の機会に訪れた大島でも、またシャビが話題にのぼりました。

1泊2食ひとり2万円ほど、地元食材にこだわる「ホテル&リゾート・マシオ」(大島町元町大洞)という宿で、どんな地魚を出すのか、何か珍しい魚は並ぶのか聞いたところ、「サビという魚が、けっこう人気があるんですよ。今日は残念ながら揚がりませんでしたが。カルパッチョや刺し身、つみれ汁のようにしてお出ししています」

岡田地区の人に言わせると、

「シャビは岡田の魚だったのに、最近よその村の者まで食べるようになったので、迷惑している。昔はタダでもらえることも多かったし、買うにしてもほとんどタダだった。それが今では、一人前の値段で地元スーパーに売られるようになってしまった」

神津島で島生まれ島育ちの友人と話題にしたら、さっきSさんがそれをさかなにしながら晩酌をしていたという。

「えーっと、それに間違いないが、名前はなんだったけかな。昔から漁師のSはうまいと言っていたけれど、見た目が気持ち悪いし、小骨も多いから手を出さなかった。でも料理してもらいだまされたと思って食べてみたら、これがうまいのなんのって。名前は……」「もしかして、ナワキリ?」「そうそう、ナワキリ。ナワキリだよ」

結局、まだ一杯やっていたSさん宅に押しかけて、ナワキリ(シャビ)の塩焼きを食べさせてもらいました。

神津島で食べた脂がにじむナワキリ(シャビ)の塩焼き(画像:斎藤潤)

すっかり冷えていたけれど、それでも思いの外おいしい。脂が強い魚にちょうどよい、ややきつめの塩加減だからでしょうか。

旬は11月から2月頃まで

まあ、さかなだけというのもなんだからとビールがでてきて、気がつくと地元の焼酎盛若が注がれ、さらに焼きたて熱々の脂がにじむナワキリも並んでいました。

明日は早起きして沖にでる予定なのに大丈夫だろうかと思いつつも、ナワキリと焼酎の魅力に勝とうと努力する気にはなれませんでした。

地元でも知名度はすっかり高まっていますが、まだまだ一般的な魚ではありません。旬は、11月から2月頃にかけて。興味のある人は、伊豆諸島へ出掛ける前に宿や食堂に確認するといいでしょう。天然魚なので、出会えれば幸運くらいに思いながら。

斎藤潤(紀行作家)

元記事で読む
の記事をもっとみる