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穿き古しても捨てないで! エレン・マッカーサー財団が導くジーンズ革命。

  • 2020.11.19

原料を調達し、生産し、使用し、廃棄する、という直線型のバリューチェーンから脱却し、ファッション業界の循環型経済への移行を推進するエレン・マッカーサー財団が、この10月、新たなプロジェクトをローンチした。その名も「ジーンズ・リデザイン・プロジェクト」だ。

現在知られるところのジーンズが炭鉱夫のための丈夫で動きやすいワークウェアとして誕生したのは1850年。その後、ジェームズ・ディーンやマリリン・モンローなどのファッションアイコンたちによって、一躍「働くための服」からユースを象徴する「ファッション」へ、さらにはラグジュアリーなブランドデニムの台頭により「ハイファッション」にまで昇格した。一方で、ジーンズの文化的な記号性においてはある種の一貫性がある。誕生から170年が経った今でも、ある文脈においてそれは「権威主義への反抗」や「解放」を代弁するものであり続けているし、「自然体」とか「ノンシャランな洗練」の象徴でもある。

要はジーンズは、社会を分断するさまざまなカテゴライゼーション──例えば階級や富、人種など──を乗り越える民主的でユニバーサルなファッションアイテムの代表格となったわけだが、そんなアイテムが数年前から、最も地球にやさしくない衣服のひとつとして糾弾されはじめたのだから、穏やかではいられない。事実、ジーンズに欠かせない綿花を育てるために使用される水の量は、トマト栽培に比べてなんと10倍。さらにジーンズ地の染色や加工が河川や海に与えるインパクトも深刻だ。アジアの河川汚染の70%は、ジーンズを筆頭とした服の生産が原因とも言われている。

「ジーンズ・リデザイン・プロジェクト」はその意味で、文字通り皆に愛されるジーンズの汚名返上プロジェクトとも言える。

ハイウエストジーンズにポロシャツを合わせたマリリン・モンロー。1953年。Photo_ Bettmann
Marilyn Monroe with One Arm on Cabooseハイウエストジーンズにポロシャツを合わせたマリリン・モンロー。1953年。Photo: Bettmann

プロジェクトのはじまりは2019年2月。世界の有名ジーンズブランドや工場、生地メーカー、リサイクル企業、学術機関から約80名の専門家が集まり、循環型ジーンズのガイドラインの草案を作成した。その後、あまたのテストや実験を経て、今回の「ジーンズ・リデザイン・プロジェクト」ガイドラインが晴れてお披露目されたわけだ。現在までに、老舗デニム地メーカーのコーンデニムやギャップ(GAP)フレームデニム(FRAME DENIM)ゲス(GUESS)エイチアンドエム(H&M)リー(LEE)、アウターノウン、トミー ヒルフィガー(TOMMY HILFIGER)など60社が参加しており、2021年5月までには、各社がこのガイドラインに基づき生産したジーンズが市場に出回ることになっている。

リデザインという名が冠されている通り、このプロジェクトは、循環型ファッションのルールに基づきジーンズの再設計を呼びかけるガイドラインだ。プロジェクトを率いたエレン・マッカーサー財団「Make Fashion Circular」責任者のフランソワ・スーシェによれば、これは「捨てる必要のないデニムづくり」の大実験だという。スーシェは、そのためには以下の4原則を遵守する必要があるという(より詳細なガイドラインは専用サイトで確認されたい)。

1970年代のリーバイスの縫製工場の様子。Photo_ © Ted Streshinsky/CORBIS/Corbis via Getty Images
Sewing Jeans at Levi Strauss Plant1970年代のリーバイスの縫製工場の様子。Photo: © Ted Streshinsky/CORBIS/Corbis via Getty Images

1. 耐久性(Durability)

ガイドラインには、30回以上の洗濯を経たあとでも新品同様の品質を保てているかどうかが一つの指標になると書かれている。こうしたモノとしての物理的な耐久性に加え、「感情面での耐久性」も重要だとスーシェは語る。確かにどんなに丈夫でも、すぐに飽きてしまうデザインでは商品寿命をまっとうすることはできないからだ。また、「ジーンズ・リデザイン・プロジェクト」に参加する企業やブランドは、繊維の組成が示された品質表示タグなど消費者の目に届く場所に、洗濯回数を極力減らし、洗う際には30度以下で洗うこと、と明記することが義務付けられている。

2. 素材の健康(Material Health)

前述の通り、コットンの栽培は非常に環境負荷が高いことで有名だ。世界の耕作地に占める綿花の割合は2.5%であるのに対し、世界の農薬使用量のなんと16.5%が、この綿花栽培に宛てられているという(インドでは50%にも上る)。こうした有害物質が使用されたコットンは、使用後のリサイクルにも影響を与える。「捨てる必要のないジーンズ」をつくる最低限のルールとしてガイドラインが推奨するのは、リサイクルしやすいよう、オーガニックコットンなどリジェネラティブ農法(再生可能農法)で育てられたセルロース由来の繊維を使用すること(コットンのほかには麻やリヨセル、ヴィスコースが該当する)。そして、原料の栽培や加工などあらゆる生産過程において有害物質を使わないことだ。ストーンウォッシュやダメージ加工に用いられるサンドブラストなどは禁止されている。

3. 再生可能性(Recyclability)

コットン100%の無骨なリジッドデニムが脚光を浴びる時代もあれば、伸縮性を高めるためにエラスチンやポリエステルを混紡したスーパースキニーがもてはやされる時代もある。後者のようなトレンドは、「ジーンズ・リデザイン・プロジェクト」が目指す循環型ジーンズの実現の大きな障壁となる。なぜなら、二つ以上の原料が混紡された生地の場合、とたんにリサイクルが困難になるからだ。単一素材のリサイクル技術は劇的に進化したが、混紡素材のリサイクルにおいては、まだ産業化できるほどのイノベーションが生まれていないのが現状なのだ。

だからこそ、使用される生地の組成(ジッパーの布帛部分や糸なども含む)において、セルロース由来ではない繊維の使用は2%以下に抑えることが重要なのだとスーシェは強調する。また、落とし穴とも言えるのが、聞く限り「環境に良さそう」と思える再生素材だ。なぜなら、もとの素材に有害物質が含まれている可能性があり、それを追跡するのは容易ではない。さらに、ジーンズを定義づける重要な要素の一つとも言えるメタル製リベットやジッパーが使用されていると、リサイクルが極めて困難になる。ガイドラインでは、取り外し可能なものを用いるか、使用しないことを推奨している(通常のリサイクルでは、こうしたメタル製リベットやジッパーが含まれる部分は裁断して捨てざるを得ない)。

4. トレーサビリティ(Traceability)

ジーンズだけでなく、循環型のプロダクトをデザインする際に非常に重要なのが、原料の生産から製造に至るサプライチェーンのあらゆる過程が追跡可能であるかどうか。繊維組成を明示し、ヒトや環境に有害な物質を使用せず、環境負荷の低い方法・工程で生産されていることはもちろんだが、有害物質には該当しない化学薬品を使用する場合でも、何がどのように使われたかを追跡できなければいけない。つまり、すべてにおいて透明性が問われるわけだ。

エレン・マッカーサー財団「Make Fashion Circular」を率いるフランソワ・スーシェ。Photo_ Courtesy of Ellen MacArther Foundation
エレン・マッカーサー財団「Make Fashion Circular」を率いるフランソワ・スーシェ。Photo: Courtesy of Ellen MacArther Foundation

さて、ここまでは主に作り手の目線から4つの原則を見てきたわけだが、では私たち消費者は、スーシェらが目指す「100%リサイクル可能なジーンズの実現」まで、このワードローブの必需品から距離を置かなければならないのだろうか? 「もちろんそんなことはありません。循環型経済は一朝一夕で実現できるものではありませんから」とにっこり笑いながら、彼は次のように説明してくれた。

「ジーンズは経年変化を楽しめる数少ないファッションアイテムのひとつですが、ジーンズに限らずファッションを楽しむために何よりも大切なのが、これまで以上に商品を長く使うという意識を持つことです。さらに、たとえ商品寿命を全うした後でも、価値がなくなったわけではなく、いつだってさらに新しい活用法があると知ることが重要です。一番やってはいけないのは、捨てること。穴が空いてしまったり古くなったら、まずリペアできるかどうかを考えてください。あるいは、リセールサイトに売るのもいいでしょう。それらが難しければ、回収ボックスに持ち込みましょう」

シャーロット・ランプリング主演の映画『夏の日の体験(原題:Three)』(1969年)より。Photo_ Michael Ochs Archives/Getty Images
Threeシャーロット・ランプリング主演の映画『夏の日の体験(原題:Three)』(1969年)より。Photo: Michael Ochs Archives/Getty Images

確かに日本でも、回収ボックスを設置する店舗は随分と増えた印象だ。しかし、仮にもう穿けなくなったジーンズを回収ボックスに持ち込んだとして、その後ジーンズがどんな旅路をたどるのか気になる人もいるだろう。スーシェいわく、回収された服の5〜10%は再販され、(これには、さまざまな別の問題があると前置きした上で)40〜60%は途上国に輸出されるという。そして残りは、家具や建材の中綿に活用されたり、雑巾として自動車業界に持ち込まれるという。

「最終的に埋め立てられるのは、わずか1%です。つまり回収ボックスに入れれば、必ずほかの活用法があるわけです。ゴミ箱に捨てるのは、言語道断です」

では、新しい1本が必要になったときには、何に気をつけて購入すればいいのか。スーシェはこうアドバイスしてくれた。

「必ず品質表示を確認し、混紡素材の場合はコットンが98%以上のモノを選びましょう。オーガニックコットンであればなお良いですね。また、生産国や生産方法が開示されていなければ、ぜひブランドや企業に問い合わせてください。消費者の疑問をブランドに届けることは、ファッション業界をサステナブルに変革するためにとても大切なアクションです」

「ジーンズ・リデザイン・プロジェクト」が目指す完全に循環型のジーンズをつくるためには、今後も多数のイノベーションが必要だ。だが一つ確実なのは、私たち消費者一人ひとりの心がけ次第で、大量生産・大量消費のループを断ち切ることは十分に可能であるということ。スーシェは最後に、「2030年までの10年間は、作り手も消費者も、行動の10年であるべきです」と結んだ。

※J-Wave「START LINE」のVOGUE CHANGEコーナー(毎週金曜日16:50-16:55)にて、本インタビューから抜粋したフランソワ・スーシェのメッセージを聞くことができます。ぜひチェックを!

Text: Maya Nago

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