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“オーダーメイド焙煎”ができる、街の電気店?コーヒーショップ? 豊島園「志村電機珈琲焙煎所」

  • 2020.11.17
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8月31日をもって約1世紀の歴史に幕を下ろした老舗遊園地「としまえん」。園こそ閉園してしまったが、この街には地元民に愛される憩いの場が残っている。「志村電機珈琲焙煎所」は、キャッチーで不思議な店名の通り、街の電気店でありながらローカルなコミュニティが息づく喫茶店。その正体は、コアなコーヒーマニアも通う本気の自家焙煎コーヒー店だ。

駅から歩いて5分。豊島園通り沿いにある「志村電機珈琲焙煎所」を訪れると、平日の夕方にも関わらず多くの客で賑わっていた。幼いこどもを連れた家族連れに、仲睦まじげに甘いものをシェアする年配の夫婦、ひとりPC作業に没頭する若者までさまざまな客層だが、店主と親しそうに言葉をかわす様子を見ると地元客だろう。“電気”と“コーヒー焙煎”という一見不思議な取り合わせのこの店はその名の通り、志村さん夫妻が営む電気店であり自家焙煎コーヒー店である。

入り口のすぐ脇には数種類のコーヒー豆がずらりと並ぶ。焼き上がった茶色い豆ではなく、淡い緑色をした生豆とはなかなか珍しい。隣で絶賛稼働中の焙煎機があるところを見ると、ここで生豆から焙煎をしていることがわかる。コーヒーのいい香りが漂い、豆を挽いたりスチームドミルクを仕立てたりする音が響く様子は間違いなくコーヒー店なのだが、店の奥に目線を移すと、電池や電球、延長コードが並ぶ商品棚が共存する唯一無二の光景があるのがこの店だ。

電気とコーヒー焙煎のうち、“コーヒー焙煎の方”を切り盛りするのは、焙煎士の父を持つ妻の麗美(れみ)さん。昨今クリーニング店や家具店など、本業の傍らで、入店のきっかけづくりや認知度向上を目的としてカフェを取り入れるケースが少なくないが、志村電機珈琲焙煎所はその類とは異なるという。「ついででも電気店への入り口でもなく、コーヒー店として本気です(笑)」と、笑顔ながらもまっすぐな目で語る彼女は、幼稚園のアルバムに「コーヒー屋さんになりたい」と書くほど幼い頃から無類のコーヒー好き。電気店を家業とする志村家へ嫁いできたものの夢を諦めきれず、23年前に電気店の倉庫を借りて小さなコーヒーショップを始めた。

一方で、今年で創業50年目をむかえた“電気店業の方”を担うのは夫・大次郎さんだ。約半世紀も根付く街の電気店ともなれば、こちらも毎日、近所への納品や設置工事、修繕作業にと大忙し。実は20年近くの間、別々の店として営業していたが、子育てから手が離れたのをきっかけに2018年に統合し「志村電機珈琲焙煎所」と名を改めリニューアルした。志村電機珈琲焙煎所は、電気店のためのコーヒー店でも、コーヒー店のための電気店でもなく、“2つの軸を持つひとつの店”として再スタートしたのだ。

「コーヒーは、焙煎してから100時間後がもっとも美味しくなる飲み頃。その瞬間を逃してほしくないという気持ちが譲れなくて、開業ほどなくして“オーダー焙煎”を始めました」と語る麗美さんのコーヒー愛は一貫している。その年に収穫された新鮮な豆“ニュークロップ”を25〜30種類ほどを仕入れ、客のオーダーに合わせて5段階の焙煎度合いでオーダーメイド焙煎するのがこの店のスタイルだ。

都内には数え切れないほどの自家焙煎店があるが、生豆からオーダーメイドで焙煎をする店などほとんど聞いたことがない。コーヒー初心者の客の相談にも親身に応じ、丁寧に会話をして好みにあわせて豆や焙煎度合いなどを一緒に決めていく。このスタイルを20年も前から続けているというのだから、彼女の「本気」は本物だ。

焙煎・販売は100gから100g単位で可能。Harumari Inc.

しかしそんな“本気のコーヒー店”であるにも関わらず、志村電機珈琲焙煎所は常に多くの地元客で賑わう。ここまでコーヒーにこだわる店。噂を聞きつけて遠方からやって来るコーヒーマニアも少なくないし、ともすれば「うちはコーヒーマニアしか受け付けません」という壁が生じそうなものだが、そんなものは微塵も感じられない。不思議なほどまでにアットホームで、まるで昔ながらの喫茶店のように居心地がいいのだ。

「リニューアルのとき、直談判してまで好きな設計士さんにスタイリッシュに仕上げてもらったので、せっかくならかっこつけたい気持ちもなくはないのですが、どうも自分らしくなくて(笑)。地域の方と、気取らずリラックスしてコーヒーを飲みながら、コミュニケーションが楽しめる憩いの場でありたいと思っています」
客が入ってくるとすぐさま気さくに声をかけ、常に明るく接する彼女のスタンスがその空気を生み出しているのだろう。

ほのかな甘酸っぱさを残したブレンドでつくるラテは麗美さん自慢の一杯。Harumari Inc.
オリジナルのラテソフトクリームを載せた「コーヒーゼリーソフト」にはラム酒を添えて。Harumari Inc.

自家製コーヒーゼリーや韓国で人気のコーヒードリンクなど、年齢を問わず地域の客が気軽に楽しめるメニューを積極的に展開するのも、ここに確かなローカルコミュニティが築かれている理由のひとつだ。店自慢のエスプレッソを使った「ラテソフトクリーム」「コーヒーゼリーソフト」は、SNSを楽しむ学生たちから近所のおばあちゃんまで幅広い世代に人気。池袋の老舗洋菓子店「タカセ」から仕入れるスイーツをお目当てに訪れる客も多く、週末限定で登場するパンは、地元客たちの毎週の楽しみになっているという。

タカセが唯一お菓子やパンを卸すのがこの店。季節のケーキや焼き菓子が毎日数種類そろう。Harumari Inc.

「最近は大手家電量販店に行く方がほとんどで、特に若い方は“街の電気屋さん”に馴染みない人も多いようですが、ここにいるとちょっとした電気関係の相談事もたくさん聞きます。そういう意味では、電気店に触れるいいきっかけにもなっているのかもしれません」

地域の頼れる電気店でありながら、ローカルコミュニティが根付く喫茶店であり、さらには通の細かいオーダーにも応える超こだわりの自家焙煎珈琲店。どれがメインでサブでもなく、すべてが志村電機珈琲焙煎所の姿だ。マニアでなくともコーヒーに興味があるなら一度訪れてみるとよいだろう。他のコーヒー店ではちょっと聞きづらい初歩的なことでも、麗美さんが親切に教えてくれる。通い続ければ、自分だけのカスタマイズ焙煎も夢じゃない。豆を購入したあとは、100時間しっかり寝かせることをお忘れなく。

取材・文 : RIN

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