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「凶暴な私も認めていい」作家・高橋久美子さんの描く女性像

  • 2020.10.6
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元チャットモンチー・ドラマーで、作家・作詞家の高橋久美子さんによる詩画集『今夜 凶暴だから わたし』が昨年発売されました。そこに描かれるのは、私たちがいつも感じている心のさざめき、情熱と葛藤、日々の喜び。「とくに30代の女性からの共感の声が多かったんです」と言う高橋さんに「今、詩の中でしか伝えられないこと」をお聞きしました。

髙橋久美子さん

作家・作詞家。1982年愛媛県生まれ。チャットモンチーのドラマー・作詞家を経て2012年より作家に。様々なアーティストに歌詞提供を行う他、詩の朗読、ラジオDJなど表現の幅を広げている。著書にエッセイ集『いっぴき』(ちくま文庫)、絵本『赤い金魚と赤いとうがらし』(millebooks)、『あしたが きらいな うさぎ』(マイクロマガジン社)など。翻訳絵本『おかあさんはね』(マイクロマガジン社)でようちえん絵本大賞受賞。

❝お月さまや、お月さま。 三十五歳の女は どんなことを考えていたら 普通なのだろうか❞

(「お月さまや、」より)

 

―この本を手に取ったとき、最初に目に入ってきたのは「お月さまや、」のこのフレーズでした。

 

結婚、出産、仕事、最近はその全てを手に入れる人も多いですが、自由だからこそ、選択できるからこその悩みも生まれてくるのかもしれません。ある日、ひと昔前の当たり前をちらつかせてくる年配の男性がいて、サクッと柔らかいところを刺された気がして。「ああ、普通の35歳って何だろう?」と思ったんです。ただ、それだけの詩なんです。

 

―ひと昔前の当たり前って、「結婚して早く子どもを産んで」というような?

 

そうです。何気なく話をしているとき「普段はどんなことしてるの?」と聞かれて。「旅によく行きます」と言ったら、「へえ? 子育てとかはせずに?」と言われて。

 

あ、ベトナムをバックパッカーで旅してるときにも現地の女性に、「30代後半でまだこんなことしてるの? クレイジーね(笑)」と言われたので、日本だけではなくてアジア圏はまだまだ保守的な部分が大きいのかもしれないですが、女としての「当たり前」を突きつけられたとき、それをしなきゃいけないみたいな強迫観念が、正義の顔をしてやってくる。

 

みんな少なからずどこかで経験があるんじゃないかな。多様化という言葉が広まってから10年20年は経っているはずですが。いろんな生き方は許されつつあるけれど、「正義はこっちだ」という矢印は依然あって、要所要所でその矢印にちくちく刺されてる感じはありますよね。

 

 

❝浮気したい タバコ吸いたい お酒飲みたい クラブ行きたい 覚醒 カプサイシン 官能的 な 空ららら 知ってる人とすれ違ったけど 声かけない 今夜 凶暴だから わたし❞

(「夜中の散歩」より)

 

―確かに、いろいろな選択肢があるだろうけれど、「まっとうなのはこちら」という空気を感じます。その中で「今夜 凶暴だから……」という「夜中の散歩」が印象的でした。

 

こんなの載せて大丈夫かなって最後まで悩んだのですが、この詩に共感するという声がすごく多かったんです。結婚して子どものいる大学の先輩からも、この詩が一番ぐっときたと感想をもらって。「わかるよ。その気持ち。子どもがふたりいてもわかるよ。そういうときあるもん」と言われて驚きました。

 

みんな幸せそうに見えてももんもんとしたものは抱えているんだなと改めて思いました。女の人は皆、生きていく中で棘が刺さっても、自分でそれを抜いて自分で絆創膏を貼って何でもないような顔して過ごしてるんだと思うんですよ。この詩はみんなが言いたいけど言えなかったことだったんじゃないかな。

 

奥さんだってお母さんだって凶暴になるときはあると思うし、その感情を否定しなくていいと思うんです。今は、清く正しくおとなしく生きている人が多いように感じています。本当は夜中に家抜け出してわーっと叫びながらチャリとばしたい人いっぱいいるんやないかな。だからこの詩に共感が集まったのかなと思うのです。

 

―普段の生活の中でどんなときに詩が浮かぶのでしょうか。実体験に基づいた詩が多いですか?

 

みんなが素通りしていく瞬間を切り取りたいと思うときがあります。誰にも見向きもされない道端の風景、些細な違和感、そして別に誰にも言わない小さな傷とか棘みたいなもの。勝手にかさぶたになっていくような、そういう小さなため息を日々書き集めているんだと思います。

 

ほとんどが実体験の中から生まれた詩です。道を歩いたり、電車の中とか、料理をしているときとか、ある程度客観的に自分を見ていて、思い浮かぶというよりは、そこに転がっていたり出くわしたりという感じですよね。見つけるという感じかな。詩は、自分の感情を書くというよりは、道端に転がっている奇跡を「発見すること」なんだなと思います。

 

―以前、新聞の取材では「結婚し、独身のときとは異なるさまざまな層の女性たちと触れ合う中で、おとなしそうに見えても女性の内面には沸きたつようなエネルギーが秘められていると感じるようになった」とおっしゃっていました。

 

外から見ていたらごく普通の奥さんでありお母さんが、一対一で話をするとすんごく面白かったり、仲良くなるにつれ、「やだそんな過去があったの?」みたいなことってあって。人ってわかんないなあ……というより人っていろいろあって当たり前なんだなって思うようになりました。そういうのを外からは見えないように上手くオブラートにくるんで生きている奥さん、お母さんの顔みたいなのが格好いいなとも思いました。

 

だから、女性って詩を書いたら絶対みんな面白いと思う。ぎょっとするようなものが出来上がると思う。詩って日常を掘り起こすことだから。同じ景色見ててもその人の経験とか見方によって全然違う詩になりますもんね。

 

 

―「え、そんな過去があったの?」って気になります(笑)。聞いてもいいですか。

 

普段は仕事で2週間くらい家の中に引きこもっていたり、かと思えば、近所の子どもと紙飛行機飛ばして遊んでいたり、周囲にほとんど素性を明かしていないので「あの人何をしている人なんだろう?」と思われているかもしれません。

 

私は田舎で、地域の人みんなで子どもを育てるような環境で育ちました。親だけが必死になって育児するよりも、正体不明のお隣さんがいて子どもを見てくれたりして、お母さんがのびのびはめを外せるような場所があればいいのになと思っています。

 

そんな中で家族ぐるみで仲良くなった友人がいるのですが、「あの頃何してた?」みたいな話になったとき、「ああ、そのころはいろいろあって旦那と別居してたから」って言われて、「え?」って。素敵な家に住んでいて、子どもが3人いて、余裕があっておしゃれで……セ〇スイハイムのCMに出てきそうなご家庭なんですが。「何があって元に戻ったんや?」というのはさすがに聞けなかったけれど、他人の家庭の中ってすべて見ることはできないからスタンダードとか普通って本当は存在しないんでしょうね。

 

あのCMに出てくる幸せ家族にだってきっと裏面があるんだろうなって思うようになりました。CMソングが終わったら、メタルがダダダって流れてお母さんはライブハウスで叫んでダイブしてたりしてね。

 

結ばれた瞬間に 取れてしまったボタン

私が最後に糸を 結ばなかったから

(「ボタン」より)

 

―「ボタン」も何やら意味深な詩ですね。

 

結婚したとき、一生添い遂げなくてはとは思わなかったし。それぞれの人生を懸命に生きることの方が大事じゃないかって。そう思って作った詩です。気持ちが完全に一致することなんて親子でも夫婦でもないはず。それこそが個としてのアイデンティティでしょうから、糸なんて結ばなくていいんじゃないかと思いました。

 

誰かの描いた理想をひな型にするのはおかしいし、誓いの言葉とか薬指の指輪とかいったい誰がやりはじめたんだーって自分の結婚式のときに感じていました。その上で結婚って何なんだろう。今、一緒にいることがベストだからこうしているけれど、人って変わっていくものだから、10年後も20年後も同じパートナーといられるかはわからない。あえて糸は結ばないで、ぽろっとボタンが取れてしまうならそれで卒業のタイミングなのかもしれません。

 

 

―同じく新聞取材で「モラルに厳しい時代の中で、普段は言えないような心の叫びを詩の中にちりばめた」とも。

 

例えば、「浮気したい」なんて言葉はこの時代、詩の中でもないと言えないと思う。でも、何もかも投げ出して逃げ出したい気分になる自分も肯定してあげてもいいんじゃないかと思うんですよね。「常に品行方正に」なんて息苦しくていつか爆発するから、どこかで自分の凶暴な部分を認めて「お、来た来た!」って面白がっていられる余裕みたいなものがあるといいなって思うんです。

『今夜 凶暴だから わたし』

 

作詞家・高橋久美子の約10年ぶりとなる待望の詩画集!

鋭く繊細な詩とイラストレーター濱愛子の奔放な絵が織りなす珠玉の30篇を収録。

高橋久美子・詩/濱 愛子・絵(¥2,400+税)ちいさいミシマ社

 

撮影/M 取材・文/髙田翔子 編集/フォレスト・ガンプJr.

*VERY2020年8月号「元チャットモンチー・ドラマー『今夜 凶暴だから わたし』著者・高橋久美子さんインタビュー 心の叫びは詩の中でしか伝えられない」より。
*掲載中の情報は、誌面掲載時のものです。

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