1. トップ
  2. ライフスタイル
  3. 洋服のS、M、Lサイズはどう決まる?生活に不可欠な「人体計測」とは

洋服のS、M、Lサイズはどう決まる?生活に不可欠な「人体計測」とは

  • 2020.10.4
  • 3708 views
S、M、L…洋服のサイズはどう決まる?
S、M、L…洋服のサイズはどう決まる?

突然ですが、もし、あなたが洋服メーカーの社長になり、1万枚のTシャツを生産することになったら、S、M、Lの各サイズは何枚ずつ作りますか? 同じ数ずつ? SSやLLはどうしますか? また、そもそも、各サイズの丈や幅はどうやって決めたらよいでしょうか?

そんな疑問をはじめ、私たちの生活や安全に関わりの深い、ある「学問」についてお話しします。

人の体をコツコツ測る「人体計測」

冒頭の質問に答えてくれるのが「人間工学」の最も古典的な分野である「人体計測」です。人間工学は、人間が自然な動きや状態で使えるよう物・環境を設計するための学問ですが、人体計測では、たくさんの人の、体の各部位の大きさ、力、感覚器官の感度など、およそ思いつく限りの事柄をひたすらコツコツ測って、人の体にどんな特徴があるか、その分布はどうなっているか、膨大な量のデータを蓄積しています。日本では、一般社団法人人間生活工学研究センター(大阪市)などがその役割を担っています。

まずはそのルーツですが、冒頭で出したような問題は、実は産業革命をきっかけに起こった問題です。それまで、洋服は既製サイズを大量生産するものではなく、家族の体形に合わせて、お母さんや職人さんが手作りしていました。

しかし、蒸気機関ができたり、ミシンが発明されたりして、「工場」なるものが世の中に登場し、そこで、さまざまな製品の大量生産が始まると、経営者たちは冒頭の問題に直面します。サイズ設定やそれぞれの生産量の調整が失敗すると、たくさんの売れ残りを出すことになってしまいます。こんな背景から、みんなの体を測り始めたのです。

人体計測のポイントは、たくさんの人のデータを取って、データの分布の特徴を明らかにしておくことです。すごく背が高い人やすごく背が低い人は少なく、平均的な身長の人はとてもたくさんいます。たくさんの人のデータに基づいて、横軸に身長などの値、縦軸に人数を取った「ヒストグラム」と呼ばれるグラフを描いてみると、身長のような自然界のデータは多くの場合、「正規分布」と呼ばれる、クリスマスツリーに飾るベルを横から見たような形になります。

データによって、この幅が広かったり狭かったりするのですが、この分布の形が分かると、平均値だけではなく、例えば「人口の何%がどの範囲に収まるか」を計算できるようになります。

ブレーキや照明…安全な生活にも不可欠

洋服のように、いくつかのサイズを用意して、なるべくたくさんの人に使ってもらうためのデータ利用方法もありますが、サイズ別で作らない製品を設計する際、ほとんどの人が安全で使いやすいものにするためにも、この分布のデータが使われます。

例えば、高い所の棚の高さは、背が低い人の目の高さぐらいまでにしておかないと、みんなが棚の奥にあるものが見えないし、奥行きは、手が短い人に合わせておかないと、みんなが奥のものを取ることができません。また、椅子はすごく重い人が座っても、壊れないようにしておかなければなりません。

製品によって、どのくらいの人が満足できる性能にするのかも変わってきます。棚の高さは例えば、人口の90%の人が使いやすいような高さにして、残りの10%の人には台に乗ってもらうということもできますが、公共の場所に置く椅子は、99%の人が座って壊れない強度ではまだ不十分かもしれません。こうした場合でも、人体計測の分布のデータを見れば、設計者が狙う確率に対して、どこまでの大きさや強度、性能を確保すればよいのかが分かります。

大きさや重さ以外のデータも使われています。例えば、車のブレーキペダルは、ペダルを踏み込む足の力の分布から、踏み込む力がとても弱い人でも十分な制動力が得られるよう設計されています。高速道路のトンネルの照明の明るさは、入り口付近と奥の方で違いますが、この変化の仕方を決めるのに、暗い所に人間の目が慣れていくスピードのデータが使われています。

このように、人体計測のデータは、私たちが普段何気なく使っている、実にたくさんのものの設計に使われていて、そのおかげで、私たちは使いやすい製品を安心して使うことができるのです。一方で、たまにすごく使いにくいものに出くわすことがありますが、こういう製品はデータに基づいた「最適化」がされていないのかもしれません。

皆さんも、身の回りの使いやすいものや使いにくいものを見つけたときに、なぜ、使いやすかったり使いにくかったりするのか、人間の体のどんなパラメータ(身長、体重などの変数)と合っていたり、合っていなかったりするのかを考えてみると、普段何気なく使っているものを「人間工学」的な視点で捉えられるようになりますよ。

名古屋大学未来社会創造機構特任准教授 島崎敢

元記事で読む
の記事をもっとみる