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わたしは愛される実験をはじめた。第60話「モテる女の脈ありサイン徹底解説」

  • 2020.10.3

【読むだけでモテる恋愛小説60話】30代で彼氏にふられ、合コンの男にLINEは無視されて……そんな主人公が“愛される女”をめざす奮闘記。「あんたはモテないのを出会いがないと言い訳してるだけよ」と、ベニコさんが甘えた“パンケーキ女”に渇を入れまくります。恋愛認知学という禁断のモテテクを学べます。

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心を引きしめた。とにかくパンケーキ女にならないように。

とはいえデートだからと改めて襟をただす必要はない。お互いプレッシャーになるし疲れるから──そんなデートに次はおとずれないだろう。むしろ〝異性として魅力を感じあっている男女がラフに集まる感じ〟を醸しだすべきなのだ。

一回目のデートの目標は次のデートにつなげること。そのためには、むしろ肩の力をぬいた空気を作ること。なんでも言い合えるノリを保つこと。まさに恋愛認知学の〝フランクシップ〟だった。

大人のフードコート〝京都タワーサンド〟のテーブルには焼き鳥と天ぷらのセットが並んだ。あとは「ステーキが焼きあがったら鳴りますので」と手わたされたブザー。

「乾杯しよっか」テラサキさんは笑った。「もう一口飲んじゃってるけど」

私たちは色違いのクラフトビールで乾杯した。冷たくて美味しかった、気がした。真正面に好きな人がいて、正直、ちゃんと料理やお酒を味わえる女子はいないと思う。

テラサキさんは続けて、もう一口ビールを飲むと「ふう暑いな」とかいって、袖口のボタンを外すと軽くシャツの袖をまくった。すると手首の筋と血管がのぞいた。わお。いきなり心臓が赤いカエルみたいに口から飛びでるかと思った。

五秒後、私は、イケメンの血管に釘づけになっている自分に気づいた。そこで「空調ですかねえ」と、ごにょごにょいってビールを口に運びながら、この心臓のエイトビートのドキドキ音がもれてませんようにと願った。いや、ビートの種類なんて詳しくないんですけど。

この瞬間、気をつけたのは〝好き好き節約の法則〟だった。とにかく「あなたのことが好きでたまりません」という〝脈ありサイン〟をださないように気をつけること。

脈ありサインは、相手が自分を好きかどうかを見抜くものであり、同時に、不用意に相手にむけて出してはならないものだから。

ついついキュンキュンするからと脈ありサインを出しすぎると「この子はめちゃくちゃ俺のことを好きなんだろうな(すぐ男にふりまわされるモテない女なんだろうな)」とポジションが下になってしまうから。女たるもの脈ありサインが何かを理解して、例え目の前の男性のことを死ぬほど好きでも、ぐっと我慢しないといけないときがあるわけだ。

・相手の顔や身体をぼうっとみつめる
・声のトーンをあげる
・目をうるませたり顔を赤くする(防ぐのは難しいけど)
・相手の何気ない話にもクスクス笑う
・ずっと側にいようとする
・先走ってはしゃぐ
・こちらからばかり質問する
・プライベートを詮索しすぎる
・無条件にほめちぎる
・「モテそうだね」という発言

具体的には、こうした脈ありサインを我慢することになる。

これを知ったときは、アラビアンナイトに登場するような盗賊が持っている半月みたいに太くて丸みを帯びた刀くらいの切れ味で、心のド真ん中に突き刺さった。

それじゃデートの段階から振り回される恋にまっしぐらだ。付き合えても相手の思うがままになるだろう──どうせ俺のこと好きなんだから、と。だから相手のこうした脈ありサインを観察しながらも、同時に、自分は出さないように気をつけなくてはいけない。

あくまで恋愛を上手に運ぶとは「たぶん誘ってくるから好意はあるんだろうけど、余裕そうだし、いまいち言動も読めなくてわからないな(価値の高い女なんだろうな)」と感じさせることなのだ。そのポジションをキープしながらデートを続けたい。

微妙に手に入らない女を演じること。その〝手に入りそうで手に入らない感じ〟が男性の本能をくすぐることになるから。そして「あれ? そんなこと考えてるうちに俺の方が意識しはじめてる……?」と思わせられたら最高だ。

ある意味、恋愛をドライに言い換えると「女性は脈ありサインを(魚釣りのルアーくらいの感じで)小出しにしながら、徐々に、男性の脈ありサインを引きだす作業」だともいえる。

私はささみワサビ焼きの串をひと口かじった。つんとした緑の辛味で自分をいじめて、テラサキさんをみつめすぎないように気をひきしめた。

「ここまで名店ぞろいだと、全部のお店まわりたくなりますね」私は周囲をみまわした。休日だからなのか私服のお客さんが多かった。「たぶん一回じゃ無理だけど」

「すごい大食いならギリいけそうじゃない?」

「ざんねん。私、少食なんで」

「大丈夫。ミホちゃんならいける。信じてる」

「なんでですか」私は笑った。「むしろ手伝ってくださいよ」

「よし、チーム戦でいくか」テラサキさんは天ぷらのレンコンをかじった。「チーム戦」

「ていうか、むしろ、さっきの説教するとかいってた後輩連れてきましょう。それで口答えするたびにひと皿食べさせましょう」私は会話を盛り上げるために、ひとまず言い訳ばかりで仕事をしない後輩をダークシェアした。

「完全にパワハラ」テラサキさんは笑った。「俺の後輩の扱いの酷さよ」

フードコートの間接照明のもとで他愛もない会話を続けた──この、じゃれあう感じ。私は熱したカマンベールチーズみたいに表情筋がデレデレたれそうになるのをこらえた。あくまで大人の会話を楽しんでるだけで、あなたに惚れまくってるわけじゃありませんから──実際は骨ぬきパンケーキ女なんだけど──という空気を作りたかった。

「てか、ミホちゃんさ」ネギマの塩焼きをはずした串を皿の上において、テラサキさんは声のトーンを落とした。急にみつめられて体温が0.2℃上がった。「モテそうだよね」

ドキっとした。

おもわず手にしていたクラフトビールを頭からかぶりそうになった。まさか聞かれることがあるなんて。これは「異性として高い価値を感じていますよ」という軽い脈ありサインだったから──このチャンスを逃すわけにいかなかった。

「かもですね」私はふふんという顔をつくった。

イエスでもノーでもない返答をした──万が一のために用意していた返答だった。ここは正解を求められる面接試験じゃない。勝てばなんでもアリの恋愛バトルなのだ。はぐらかしたり謎めかせることで気を惹くべし。まさに恋愛認知学の〝乗っかりメソッド(褒められたときに謙遜せずに、そのイメージを保つために進んで乗っかるというもの)〟の応用だった。

間違っても「モテそうだね」に、ロウソクの火でも消すかのように、手を左右にぶんぶんふりながら「いえいえモテないんですよ」などと語ってはいけない。

そのモテない(からアプローチしてくださいよ)発言はポジションを下げるから。むしろ余裕をみせて「俺も手にいれたいな……」と錯覚させるべきだ。モテると答えてるわけじゃないけど、そう受け取られても仕方ないリアクションはできるはずだから。

「お、余裕だね」グラスを手に、テラサキさんはにやっと笑った。

その瞬間、あ、なにか認められたのかも、という気がした。その感覚は「お互い簡単にふりまわされる恋愛は卒業してるみたいだな」と、了承しあったみたいな感じだった。

そこで、さっきの「モテそうだね」は脈ありサインと同時に〝捕食生物テスト〟だったのかと気づいた。これはタイガー(モテる男性)が無意識にくりだすものだ。いわゆる〝対等に付き合ってもいい価値の高い女〟か〝簡単に振り回せる価値の低い女〟なのかを判断するもの。

たぶん落第していたら、一気に、振り回していい女にカテゴライズされていたのだろう。いまになって背筋がぞわぞわした。

「合コンのときも感じてたけど」テラサキさんはいった。「ちょっと雰囲気違うよね」

「バレました?」私はなんでもない顔をつくった。

でも内心は真逆だった。いままでの私だったらイケメンとのデートに鼻の下をのばしていただろう──完全なるパンケーキ女みたいに。でも今となっては楽しいデートの裏で、どれほどの心理戦が繰り広げられているかを感じて頭がくらくらするばかりだった。

テーブルの下で、ふるえる両手をにぎりしめた。

■今日の恋愛認知学メモ

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・デートは「異性として魅力を感じあっている男女がラフに集まる感じ」を醸しだす。

・脈ありサインには二種類の目的がある。①相手が自分を好きかを見抜くもの。②相手にむけて出さないように気をつけるもの。

・手に入りそうで手に入らない感じが男性の本能をくすぐる。

・男性の「モテそうだね」を必死に否定してはいけない。

・【好き好き節約の法則】脈ありサインをださないように気をつけること。

・【捕食生物テスト】タイガーが無意識にくりだす〝対等に付き合ってもいい価値の高い女〟か〝簡単に振り回せる価値の低い女〟を判別するテスト。

・正直、ちょっと、このデートに怖気づいているかも……。

【エピソード】

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