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わたしは愛される実験をはじめた。第59話「なにを考えているかわからない女がモテない理由」

  • 2020.8.24
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【読むだけでモテる恋愛小説59話】30代で彼氏にふられ、合コンの男にLINEは無視されて……そんな主人公が“愛される女”をめざす奮闘記。「あんたはモテないのを出会いがないと言い訳してるだけよ」と、ベニコさんが甘えた“パンケーキ女”に渇を入れまくります。恋愛認知学という禁断のモテテクを学べます。

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もちろん奢って貰うつもりなんてないから自分の財布を持って。

私たちは京都タワーサンドのフードコートのなかを歩いた。あちこちに寿司、焼き鳥、焼肉、ラーメン、蕎麦、ステーキ、餃子、エスニック、デザート、バーまで──京都の有名店の看板がならんでいた。大人のために作られた文化祭みたいだった。

「お、ステーキ」テラサキさんはいった。「最近、肉食べてないんだよな」

「お肉いいですよね」私はいった。「心もってかれてるじゃないですか」

「この鉄板とソースの香りがいい」

「こういうアメリカンなステーキって、たまに食べたくなりますよね」

「あるね」テラサキさんは笑った。「とりあえず一軒目から心を奪われてもしょうがないし──なんか他もみよっか」

そこで地下一階のフロアをまわった。個性派の各店舗のメニューをのぞきながら、あれもいいよね、これよくないですか、めっちゃ美味しそうだ、と盛りあがった。

正直、どれを食べるかなんてどうでもよかったけれど──イケメンとのデートより美味しいものなどこの太陽系第三惑星には存在しない──しっかり〝一緒に食事しても楽しい女アピール〟を忘れないようにした。

もちろん〝これさえすれば楽しい女だと思ってもらえる〟なんて魔法は存在しない。

細かなことの積み重ねだった。こちらから話題を持ちだすこと。あれこれと提案をすること。楽しませる側にまわること。そのために、どうすればいいか悩むこと。とにかく受け身にならないように気をつけた。パンケーキ女は卒業してやるんだ。

フロアの中央にバーカウンターがあった。いろんな色のボトルと、ぴかぴかのグラスがならんでいる。その場で買って、各自の席で飲むシステムらしかった。

「てか、とりあえず飲もうよ」と、テラサキさんはいった。「喉渇いてない?」

「え、あ、そうですね」食事をさがすモードだった私はビクッとなった。

このナチュラルに提案できる感じ。さすがタイガー(モテる男性)だなと思った。モテるオスは、いつだって、その場の空気をかっさらえるのだ。

レジの前で、私たちはメニューをながめた。ちょっとドキドキした。あいかわらず知らないカタカナが並んでいたから。飲んだことがあるお酒なんて、正直、この中の三、四種類くらいしかないかも。

「なにします?」私はいった。

「うん?」テラサキさんはいった。「普通にビールかな」

私もビールか、いつものようにカシスオレンジを頼もうかな。でも、次の瞬間、ぴこんと頭の奥にライトグリーンの光が浮かんだ。

「どうせなら」私はメニューの左端をゆびさした。「この京都の地ビールにしません? 味も名前もわからないけど、いつだってチャレンジは悪くないでしょ」

私はちらりとテラサキさんの顔をみあげた。何度見てもイケメンだった──いや、そんなことはどうでもいいんだけど。その整った目鼻だちの奥がすこしだけ輝いて、おっ、おもしろいこと言いだしたなこの女──みたいな空気を感じた。

「いいじゃん」テラサキさんはいった。なぜか財布をとりだして嬉しそうだった。「それ、後輩にきかせたいなと思った」

「マジですか」ここで謙遜するのは違うなと感じた。価値の高さをしめせたわけだから。逆に乗っかるときだった。「こんど一緒に説教します?」

テラサキさんは笑った。「マジで頼むよ。四人くらいまとめて頼みたい」

これは恋愛認知学の〝乗っかりメソッド〟だった。

基本的に褒められたときは──嫌味っぽくならないようにしつつ──そのイメージを保つために受け入れるべきなのだ。わざわざ、いやいやいやいや、と、手を左右にぶんぶんふって否定する必要はない。そして相手に〝価値の高い女の余裕だな〟と感じさせる。

それぞれ違う銘柄の地ビールを注文することになった。私はさっと自分のビールを注文して千円札を前においた。自分のぶんを払うのなんて当たり前でしょ、くらいの感じで。そこでも財布を手にしていたテラサキさんは、おっ、という顔をした。

店員さんが、サーバーから、ビールを注ぐのを横目に話を続けた。

「そんな後輩に困ってるんですか」私はレシートを四つ折りにした。授業中の秘密の手紙みたいに。送り先は不明だ。

「それな、めちゃくちゃね。ほんと指示するまで何もしないんだよ」

「自主性がないみたいな感じですか」

「毎朝、俺がテーブルふいてるのみても無視だからね」テラサキさんはバーカウンターに雑巾をかける真似をした。正直、なにこの可愛いしぐさ、と思った。

「え、手伝わないんですか。先輩、僕もやりますとかいって」

「ないない。なんかスマホゲームしてるよ」

「スマホ──やばくないですか?」

「お、わかってくれる? どうやったら変わってくれるのか、上司と頭を抱えてるんだよね」

これは〝ダークシェアメソッド〟だった。悪口をシェアすることで、ぐっと心を近づけられる。ここでは〝自主性のない後輩〟をダークシェアした。LINEでも使えるけど、デートの場では、めちゃくちゃトークを盛りあげられる必殺技になる。コツは「そういう人ってわかってくれないですよね」と、共犯者の視点に立つこと。

二分くらいでビールがやってきた。それぞれ茶色の濃さの違うビールを持って「一口だけフライングしません?」と、その場で乾杯した。一口だけ飲んだ。

「めちゃくちゃ美味しい」私はうなずいた。そのあとの〝あなたといるからです〟という言葉はもちろん白い泡と一緒に飲みこんだ。「チャレンジしてよかったパターン」

「それな」

「です」

「こんな銘柄あるんだな」と、テラサキさんはメニューをもう一度のぞきこんだ。そのあとスマホをとりだして写真を撮っていた。好きな男性のこういうところって、どうしてこうも愛おしいのだろう。私の胸の奥はキュンキュンしっぱなしだった。

「楽しいですね」

その感情をシンプルな言葉にした。いざ口にすると、すごく当たり前の言葉に感じた。でも、これが恋愛認知学のスーパーメソッドなのだった。



フランソア喫茶室で、このメソッドを教わったとき、すぐにはピンとこなかった。

「モテない女の特徴を教えてあげるわ」ベニコさんはカップをおいた。ぽっちゃり体型ながら、ワンカールした黒髪、欧米風メイク、あいかわらずアメリカンドラマのキャリアウーマンという感じだった。「それは〝なにを考えてるかわからない女〟なのよ」

「うん、どういうことですか」私は首をかしげた。

「いい?」ベニコさんはひとさし指をたてた。「そもそも、あんたたちパンケーキ女は〝なにを考えてるのかわからない近づき方〟をしすぎなのよ。わざわざ話をふっても〝どう思っているか〟を口にしない。毎晩のようにLINEを送るくせに〝なぜそんなことをするのか〟は隠そうとする。それである日、思いつめたように告白したり、もう恋は終わったみたいな顔をして、もう会うつもりはありませんと宣言したりする──男からすれば寝耳に水じゃない」

「それって、ちゃんとアプローチしてるってことじゃないですか」私は耳が熱くなった。なけなしのプライドのあまり反論せずにいられなかった。

「だから、あんたはパンケーキ女なのよ」

「なんかひさしぶりにいわれた気がする」

「そのホイップクリームのつまった頭で考えなさい」ベニコさんは息をすいこんだ。そのあと特大の大砲がやってくるだろうなと思った。「私は〝感情や考えていることは目にみえないから、ちゃんと言葉にしないと伝わらない〟という当たり前の話をしてるだけよ。そもそも人間にとって〝なにを考えてるかわからないやつ〟は恐怖の対象でしかない──本能的になにをするかわからない危険な感じがするから。だからこそ〝私はこういうことを考えて感じていますよ〟と伝えることで信頼感を勝ちとるのが大事なのよ。それを、あんたらパンケーキ女はもじもじ鴨川の土手にもぐりこんでる外来生物のヌートリアみたいにハッキリしない態度ばかりとって、それが可愛いと思ってる。それで女心を察してくれない男が悪い、なんて愚痴をこぼして満足してるわけ。もちろん本音を隠すのは恥ずかしさや、嫌われたくない気持ちからなのはわかるわ。でもね、ようするに、ほとんどの女は、コミュニケーションを〝相手に感情を察してもらう前提〟で作りすぎなの──パーフェクトにモテない女の特徴よ」

「ああああああ」と、私は胸をおさえた。スターウォーズの暗黒面におちた敵が持っている赤色のライトセーバーみたいにグサグサ心臓に刺さった。

確かに、いつも感情や考えていることを隠していたかも。それで、どうして男性って察しが悪いんだろう、スマートに女心を理解してくれる理想の男性はどこにいるのと、ため息ばかりこぼしていた──察してちゃんだった。

「でも──そうじゃなかった」私はいった。「大事なのは、私が、自分の感情を、男性にわかるように伝えることだったんですね?」

「真実はいつもシンプル」ベニコさんはワンカールしたボブをつまんだ。「女の感情を察することができる男はモテるわよね──気持ちよく付き合えるから」

「めっちゃ少ないんですけどね」

「コインの裏をみることね」ベニコさんはいった。「これは〝感情を男に説明できる女はモテる〟ということでもあるのよ。ライバルに差をつけられるわ──破壊的なほどにね。いまこそ女は感情を言葉にする勇気を持つべきよ。これは媚びることでも、上から目線でも、わがままでもなんでもない。たんにあなたの意志を表明すること。そして他人に理解されること。これが恋愛認知学の〝トーク・イット・ストレート・セオリー〟よ」

私はカップにスプーンをつっこんだまま十五秒かたまった。「なんか、どうしよ、すごい恥ずかしいです。頭がくらくらします。自信がなかったのかな。なにも言わなかったせいで、いろんなものを逃してきた気がする。過去にもどって、いろいろやりなおしたいくらいです」

「エクセレント」

「はい?」私は首をかしげた。

「いま素直に感じたことを言葉にできたでしょう?」ベニコさんの声はやさしかった。「だから私はパンケーキちゃんの感じていることがわかった。求めているものを理解できた。もっと恋愛認知学を教えてあげたいと思った──コミュニケーションってそういうものよ」

私はスプーンをかきまぜた。珈琲がゆらゆらゆれた。

またひとつ、なにかを教わった気がした。すごく、すごく大事なことを。けれど本当にすべて理解できたかはわからなかった。なかなかとけない砂糖のように。それでもスプーンをかきまぜるのをやめなかった。もっともっと愛される女になりたかったから。

■今日の恋愛認知学メモ

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・【乗っかりメソッド】褒められたときに、そのイメージを保つために受け入れる。

・なにを考えているかわからなくて不審がられる女はモテない。

・女の感情を察することができる男はモテる=感情を男に説明できる女はモテる

・【トーク・イット・ストレート・セオリー】考えていることや感情を言葉にして伝える。

・ちゃんと言葉にする勇気をもちたいな。

【エピソード】

浅田悠介さんの連載『わたしは愛される実験をはじめた。』の小説化・漫画化が決定しました。

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